皆さんは日頃から本を読んでいるだろうか? 速読術を学んでもっと多くの本を読みたいと思っている? 多くの本の中からどの本を読めばいいのかわからない? 内容が難しくて最後まで読めない本が多い? 英語の本にチャレンジして挫折したことがある?

最近は、速読法など読書法に関する本、とくにビジネス書の読み方に関する本が多数出版されている。その中でも今回紹介する加藤周一著の『読書術』は1962年に出版されて以来のロングセラーで、ある意味、この分野の古典と呼べる一冊だ。私見だが、すべての読書人は一読しなければならない本だと思う。

本書は50年近く前の本ではあるが、書かれてある内容は驚くほど新鮮で、現在でも通用する読書術だ。その理由は、本という姿形が50年間変わっていないことと、知識を得るためのメディアとしての本の価値は現在でも変わっていないことであろう。

何十年前の書籍でも「面白いものは面白い」と実感する

本書は古典文学、自然科学、社会科学、歴史、哲学、新聞/雑誌、外国語……といった広い範囲のジャンルを対象にし、「本をどのように読むか」という視点でさまざまな「読書術」が披露されている。

「おそく読む「精読術」」の章では、古典について書かれてある。速読術を学びたい人は多いと思うが、"急がば回れ"ということわざの教えのように、ゆっくりと繰り返し読むべき本がある。それが古典だ。日本を理解するためには論語、仏教の経典、古事記や万葉集などの古典文学を、そして西洋を理解するためには聖書とギリシャ哲学を読まなければならないとある。これらを知らないと日本と西洋の根本を理解することはできない。それも1回ではなく、繰り返しゆっくりと読むのだ。いわゆる"教科書"の類もゆっくりと何度も読むべきものである。教科書に書かれている基礎を十分に理解しておくことで、その後にトライする専門書を読むスピードが早くなるのだ。

「はやく読む「速読術」」の章では、最近はやりの"○○○リーディング"のような話は50年前の本だからさすがに書かれていない。だが、全体像を早くつかむためには、前からor後ろからor中間から読む、というとばし読みの方法や、一度に数冊同時に読みながら気分を変える方法などが提唱されている。これらは現在もよく聞く話ではある。

「本を読まない「読書術」」の章では、逆説的ではあるが、一生のうち読める本の数というのは限られているのだから、読むべき本は厳選しなければならない、そのためには読まない本をどのように選ぶかについて書かれてある。要は書評やダイジェストで済ますということなのだが、インターネットで多くの書評が読める時代である。今あなたが読んでいるこの書評だけで本を読んだことにして、実際の本を読まないのも立派な「本を読まない「読書術」」だ。

「外国語の本を読む「解読術」」の章では、50年前も今も外国語についての日本人の悩みは変わっていないことを痛感させられた。外国語の本を読むコツはまず興味がある本を読むことである。学生時代の英語のテキストがつまらなかったことを覚えているだろうか? おそらく、つまらなすぎて内容は覚えていないだろう。高校生が読んで面白いと思う内容をたくさん読ませるようにすれば日本人の英語力ももっと向上するのではないだろうか。あなたが社会人ならば仕事関係の外国語の本(つまり実用的な本)を読んだほうがよい。そこで使われている語彙は専門用語かもしれないが、文章自体は難しくない。新聞/雑誌はジャーナリズムの視点の違いを見るために外国語のものを読む価値はある。しかし小説は一般に難しいので翻訳で十分である。このあたりは妥当な線であろう。

「新聞・雑誌を読む「看破術」」の章では、著者の加藤周一氏は新聞に対して疑いの目を持っているらしく批判的である。立場の違う新聞を2誌読まなければならない、というのはよいとして、見出しだけを読んではいけないという教えは新鮮であった。見出しの付け方は新聞によりバイアスがかかるので鵜呑みにしてはならない、2つの新聞の見出しを比較しなければならない、などは納得である。また、ある新聞/雑誌が信用できるかの試金石として、自分の専門分野の記事の正確性を見るとよいという。たしかに私も自分の専門分野に関する日本の有名新聞の記事の不正確さにあきれる場合があるが、他の分野もこの程度なのだろうかと疑ってみなければいけないのだろう。

「むずかしい本を読む「読破術」」、これが最もためになった章である。読んで難しい本には2つの理由がある。ひとつは書き手が悪い場合。文章が悪い、書き手自身も何を書いているのかわかっていない場合がある。こんな本は読んではいけない。もうひとつは読み手の問題。専門用語がわかっていない場合がまずあり、これは教科書や百科事典で言葉の理解をしてから再度チャレンジする。また読み手の経験が足りない場合がある。旅行記が良い例だが、旅の前よりも後のほうが面白く読めるのは自分の経験したことだから面白く感じるためだ。文学、音楽、芸術などの本では自分の経験していないことは理解が難しい。子供が恋愛小説を読んでも言葉はわかるが恋愛感情の機微については理解できないというものだ。

本は人を選ぶともいえる。読み手が正しく待ち受けていなければ本の良さを理解することは難しい。つまり日ごろからいろいろなことを考えていることが大事だ。悶々とする中で手に取った本が自分の心に引っ掛かっていることの答えをくれることも多い。現在NHK BS2で放送中の「私の100冊 日本の100冊」という番組での作家の丸谷才一さんの言葉で締めくくりたい。

「面白い本を読まなければならない。つまらない本をねじり鉢巻して読むから読書が面白くなくなる。面白くなるためには、自分が不思議だなと思うことをたくさん貯めることだ」

※加藤周一氏は12月5日、89歳で永眠されました。ご冥福をお祈りします。

読書術

加藤周一 著 岩波書店 発行
2000年11月16日 発売
A6判/232ページ(岩波現代文庫)
ISBN4-00-603024-X
定価: 945円(本体: 900円)