「管理職や経営者の役割は、会社の方向性を示すリーダーシップにこそある。管理・監督が求められる時代は終わった」──iモード育ての親として知られ、現在、慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授やドワンゴ顧問などを務める夏野剛氏は、東京中小企業投資育成が11月28日に開催したセミナーの講演でそう語り、経営者や管理職は、IT革命によって自身の役割が大きく変化していることをあらためて認識すべきだと説いた。

慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授 ドワンゴ顧問 夏野剛氏

夏野氏は講演の冒頭、「IT革命という言葉が登場してから10年近く経過し、我々の生活を取り巻く環境は大きく変化した」と指摘。実際に、各種統計や市場調査の結果を示しながら、音楽系コンテンツ配信の市場規模が2003年の約1100億円から2007年の約2100億円へと2倍近く伸びていることや、オンライン・ショッピングの市場規模が2003年の約6700億円から2007年の2兆1900億円へと3倍近く伸びていることを説明した。

こうした変化は、最近では特に、電子書籍(ケータイ小説)、電子マネー、モバイル・オークション、オンライン・ゲームなどでも顕著に見られる。例えば、ケータイ小説は、昨年の文芸部門の年間ベストセラー10冊のうち5冊を占めたほか、電子コミックは、2005年に立ち上がり34億円だった市場規模が2007年に255億円へと急拡大している。

夏野氏によると、IT革命によって何が変わったのかについては、大きく、技術のコモディティ化、情報流通スピードの「超」高速化、すべてが「流通」する時代へ、という3点にまとめられるという。

「情報システムについても言えることだが、技術がコモディティ化し、汎用品を市場から調達することが容易になった。企業にとっては、研究開発力より、ビジネスモデルの構想力のほうが重要な要素になっている。また、情報が瞬時に即時に伝わることで、消費者の行動の予測やコントロールは不能になった。市場で競争するうえでは、亀がウサギに勝つということは絶対にないと言い切れる。さらには、情報・技術にかぎらず、ヒト、カネ、会社など、あらゆるものが流通し、それがどこにあるのかが簡単に発見できるようになった。企業活動にかかわるものは、なんでもオークションで手に入るといったような状況だ」

夏野氏は、「こうした変化の中では、情報は個人が直接的に入手できるようになるので、情報の非対称性を前提とした仕組みは不要になる」と指摘。例えば、有権者が知り得る代議士の情報に差があることを前提とした「間接選挙」や、有識者が持つ知見の差を前提とした「諮問委員会」、官報の情報を周知することを前提とした「記者クラブ」、さらには、社員が役職ごとに持ちうる情報量の差を前提とした「多段階役職」(社長、副社長、専務、常務、取締役、執行役員、部長、担当部長、課長、係長、一般社員)は不要になるものだ。

「情報が階層に基づいて上がってくる組織体制では、管理・監督という役割は重要だった。だが、現在では、役職に関係なく、簡単にかつ瞬時に情報を把握できるようになっている。特に、情報量の差に基づいて社員を管理・監督する中間管理職のような存在は、必要性がなくなりつつあると言える」

そのうえで、同氏は、現代の経営者・管理職に求められる最重要の役割として、自らが率先して組織をリードし、会社の方向性を示すというリーダーシップを挙げる。IT革命が進展した現在では、何かビジネスを立ち上げようとすると、リスクに関する情報やリターンに関する情報など、集まりすぎるほど集まる。「かつては合議制で議論を尽くせば結果がでたが、今は議論をすればするほど結論がでなくなっている。だからこそ、右か左かの決断を下すリーダーシップが求められている」わけだ。

だが、企業の経営者・管理職の多くは、そのことに気づいていない、あるいは、気づいていても重要性を深く認識していないという。

「ありがちなのは、新規ビジネスの立ち上げの際に、数多くのリスク情報とポテンシャルを並べ上げたうえ、『より一層精査しよう』という意思決定をしてしまうこと。これでは前にすら進まない。結果責任を伴ったかたちで意思決定を行い、失敗したら退場するくらいの心づもりで臨む必要がある」

そのうえで、夏野氏は、「IT革命は道半ばだ」と強調。例えば、eコマースの流通総額は約6兆円とされるが、経産省の試算では全流通に占める割合は1.5%に過ぎない。また、民間最終消費支出の約300兆円と比較しても5%にとどまる。音楽系コンテンツ配信や電子書籍などについても、全体の販売額に占める割合がまだまだ少ないのが現状だ。「IT革命によって、社会は大きく変化したが、実経済にはまだ反映されておらず、経済的な効果が出てくるのはこれからだ。では、今後、変わりそうな業界、モノ、サービス、組織、制度は何か。それがビジネスチャンスになる」と語った。