小泉澄夫さん

世界遺産写真家の小泉澄夫さんは、これまでに世界中100カ所以上の世界遺産を撮影している。そんなプロ中のプロから見ると、各地の世界遺産で出会うアマチュアカメラマンたちには、ヒヤヒヤ・ドキドキさせられることばかり。それは彼らが、あまりにも非常識だったり、撮影のマナーを知らないからだという。今回の極意は、撮影テクニックより大切なこと、世界遺産を撮影する際のマナーや心構えについて伺った。

世界遺産の撮影は謙虚に、敬意を払って

「カメラを持つと、人はふしぎと粗野になるんですね」と、小泉さんはいう。気持ちが大きくなるのか、それとも何か特権でも与えられた気になるのか。ふだんはおとなしい人が、写真を撮るときには思いも寄らぬ振る舞いをすることがあるそうだ。「たとえば、ヨーロッパの多くの教会では堂内で三脚の使用が許されています。だからといって、大きな音を立てて三脚を立てれば、祈りを捧げている人々の邪魔になることは明らかです」と小泉さん。ところが、辺り構わず騒音を出す人をよく見かけるそうだ。そこは本来祈りの場であって、写真スタジオではない。「写真を撮らせていただいているという謙虚さ、祈っている人々への気配りを忘れてはいけません」と、小泉さんはいう。

静かに三脚を立てても、それで床や壁、あるいは備品を傷つけるようなことがあってはならない。「何しろ、建物全体が貴重な芸術品です。誤って世界遺産を傷つけるかもしれない機材の扱いには、細心の注意を払う必要があります」と、小泉さんはそこが世界遺産であることを忘れぬように注意を促す。手ブレを防ぐためによくカメラを何かに添えて撮ることがあるが、ふだんの調子でつい近くの柱や調度にカメラを添えて撮影してしまうことも控えるようにと、小泉さんはいう。「その柱や調度は、貴重な美術品なのです。万が一、カメラや腕時計でそれらにキズをつけるようなことがあったら、もう取り返しがつきません」。

「撮影が許可されているといっても、『誰でも勝手に写真を撮っていい』ということではないのです」と、小泉さんは考える。世界遺産には、長い歴史があり、それを育んできた人々の思いや暮らしがある。それらを尊重して、世界遺産を傷つけたり、人々の暮らしを乱してはならない。「世界遺産を管理している人にも、そこで祈っている人にも、あなたがそのことを充分理解して、敬意を払って写真を撮っていると態度でわかってもらえて初めて、撮影が許されるのです」という。数多くの撮影体験から生まれた小泉さんの哲学だ。

フランスのモン・サン=ミッチェル修道院。こうした場所ではマナーをわきまえた撮影が暗黙ルール

日本の常識が外国では非常識になることも

日本では当たり前のことが、どの国でも通用するとは限らない。国や宗教によって、常識や価値観は大いに異なる。写真を撮るときにも、このことに注意しないと、思わぬトラブルを招きかねない。「海外の世界遺産に行く際には、事前にその国の風習や習慣をよく調べて、知識として理解しておく必要があります」と、小泉さんは助言する。

また、日本人が不注意になりがちなこととして小泉さんが指摘するのは、子どもの撮影だ。子どもたちの笑顔や遊び姿は実に絵になる上、お国柄をよく表すテーマとして、好まれる被写体だ。海外旅行へ行き、赤ちゃんがあまりに可愛らしくて、保護者の許可も得ず勝手に撮影した覚えはないだろうか。「こんな写真の撮り方は失礼なだけでなく、最近では犯罪に結びつく可能性もあり、危険視されています。絶対にやめてください」と、小泉さんは注意を呼びかける。そもそも、人には肖像権があり、勝手に写真を撮ってはならない。「了承も得ずにカメラを向けて写真を撮ることは、それもの・その人に土足で踏み込む行為だということをよく肝に銘じておくべきです」と、小泉さんは強調する。やはり要は、被写体に対する謙虚さと敬意を払うということにつながるのだろう。