そんな苦難を乗り越え、2007年11月には新しい蔵を完成させる。現在はほぼ震災前の生産量へとなり、これを契機に復興の象徴として日本酒「特別純米酒・山古志」を本格発売することになったのだという(2,657円 / 1.8L・1,365円 / 720ml)。

棚田での刈り取りは手作業も必要となる

旧山古志村のテロワール

酒造米は山古志村の米を100%使用。JAの佐藤さんは「山古志村は湧き水と雨、つまり天然の水だけで米づくりをしています」と語る。つまり、日本酒「特別純米酒・山古志」は旧山古志村の米と麓の水によって醸し出される、風土(テロワール)を100%反映した味だといえるのではないだろうか。

「特別純米酒・山古志」は10日に発売され、1升瓶で34,055本の数量限定販売となる。新潟というと淡麗辛口を思い浮かべるが、山古志村は標高400mにある。どちらかと言えば、山間の酒に分類される。山間の酒というものを簡単に述べてしまうと、濃厚で野太いタイプである。詳しい解説は、記者発表会に特別ゲストとして呼ばれた居酒屋評論家でデザイナーでもある太田和彦さんの言葉を借りよう。

居酒屋評論家でデザイナーでもある太田和彦さん

「このお酒は口当たりがやわらか。つきたての餅の匂い、粘りを感じます。秋の野山の匂いもありますね。私は信州の山奥で育ったから、懐かしく感じます。毎日晩酌しても飽きない。常温がぴったりでしょう」。

太田さんは全国の居酒屋を飲み歩き、日本酒のラベルデザインを手掛けるなど、造詣が深い。料理との相性にも言及した。「昔から海縁の酒なら魚介類、山間の酒なら山の幸と言われます。このお酒の肴には焼き海苔とか納豆、漬け物、生味噌かな。根菜類もいいし、柿の種なんかも合う。もし魚を合わせるなら、干物などがよいでしょう。例えば、ニシンの山椒漬け、といった具合です」

発表会当日、日本酒「山古志」と共に新潟の神楽南蛮味噌も用意されていた。お酒の感想はマイルドでふっくら、うっすら霞がかったようなタイプ。ピリ辛の南蛮味噌を食べた後に飲むと、秋の果物の果汁が滴るような、やさしい甘さを感じた(太田和彦さんは「あけびのような……」と表現していた)。

杜氏の中野義一さん。言葉の端々に地元やお酒への愛情が感じられる

試飲用に用意された「山古志」は約1年熟成したもの。今年で60歳を迎える杜氏の中野義一さん(昨年までは副杜氏)は、「まろみがあるでしょう。今が飲み頃ですよ」と温かい笑顔を訪れた記者に向けていた。

新しい蔵での仕込みもスタートしたということで、中野さんは「これからはインパクトのある酒を造りたい」と意気込む。最後にお福酒造の岸さんは、次のように話していた。「農業や棚田の復興のために使っていただこうという思いから、この売上の一部を長岡市に寄付しています」。

震災という悲惨な出来事も、歴史の1ページとして刻まれていく。日本酒「特別純米酒・山古志」にも、この地域の歴史や人々の営みが映し出されているのだった。