吉浦康裕
1980年生まれ。九州芸術工科大学にて芸術工学専攻。在学中に『我ハ機ナリ』、『キクマナ』など、個人制作のアニメーション作品を発表。2003年に発表した『水のコトバ』で、東京国際アニメフェア・アニメ作品部門優秀作品賞受賞。大学卒業後、2006年に初のDVD作品『ペイル・コクーン』発売。個人制作とは思えない高いクオリティで注目を集める。2008年8月より最新作『イヴの時間』を日本及び北米を中心に世界配信開始

Yahoo!動画にて無料配信されている『イヴの時間』(全6話 現在2話まで配信中)というSFアニメーションをご存知だろうか? 3DCGで描かれた美しい背景。それとまったく違和感なく自然に溶け合っている2Dキャラクターで成立した映像世界に、まずは目を奪われる。そんな美しい映像で描かれる1話約15分の物語も非常に魅力的だ。近未来を舞台に、「人間とアンドロイドの関係」というSFとしてはかなりクラシカルで壮大なテーマを、あくまでも日常の目線から描いた作品だ。

この作品の監督を務める吉浦康裕は、大学在学中からPCを駆使して、ほぼ個人制作というスタイルにも関わらず、優秀なアニメ作品を作り続けてきた人物。数々の賞を受賞してきた吉浦監督が大学卒業後、本格的に制作体制を整えて世に放つ力作がこの『イヴの時間』だ。得意のデジタル作画を武器に、クオリティの高い作品を生み出し続ける吉浦監督に話を訊いた。

初期作品は、ほとんど個人制作

――『イヴの時間』の動画配信が始まっていますが、本作は吉浦さんが学生時代に制作された『水のコトバ』(2003年)が原形となってますね。

吉浦康裕(以下、吉浦)「『水のコトバ』は大学4年生のころに作りました。まぁ、あれは趣味ですね」

――「趣味」といっても、とてもクオリティの高い作品でした。大学在学中にアニメーション制作を始めたときは、どういった制作体制でやっていたんですか?

吉浦「もう完全に趣味の個人制作でした。最初に作ったのが確か大学2年生くらいのときで、大学の上映会で仲間内に見せるだけだったんですが、『卒業して社会に出るまでに、アピールできるような作品を何本か作っておきたい」という風に気持ちが変わってきたんです」

――その時点でプロの世界でやっていきたいっていう確固たる想いがあったんですか?

吉浦「最初はやっぱり、そういうのを作った上で、どこかの映像プロダクションとか、アニメプロダクションに入るとか、そういう考えでしたね」

――業界に入るために、名刺代わりのアニメ作品を個人で制作するというのも、凄い覚悟ですよね。

吉浦「僕の通っていた大学は音響学科もありまして、先輩で良い音楽作っていたり、あと技術的にも効果音とかを作れる人がいたので、そういう人にも力を貸していただきました。声優にしても知人の演劇やってる仲間に頼んだり……。、そういう面では、集団制作でもあるんですけど、映像に関しては、ずっとひとりでやってました。理由は単純で九州芸術工科大学っていう大学は、いわゆるアニメ研究会とか、そういうのがなかったんです。だから必然的にひとりでやらざるを得なかったんです」

――今回の『イヴの時間』では、制作体制が変わりましたね

吉浦「元々、ひとりでやりたかったというより、流れで作ってたんで、『いつか、もっと人を増やしてグループ制作に移行したいな』という風に思っていたんです。それが今回、ようやく実現したという感じですね」

イヴの時間

アンドロイドが実用化されている近未来、頭上のリング以外、外見はまったく人間と変わらないアンドロイドに依存したり、特別な感情を持つ人々が「ドリ系」と呼ばれ社会問題になっていた。高校生のリクオは、自宅のアンドロイド・サミィの行動記録に疑問を抱く。サミィは、密かに「アンドロイドと人間を区別しない」というルールを掲げたカフェに出入りしていたのだ。リクオは友人のマサキと共に、このカフェに向かうのだが……
(C)Yasuhiro YOSHIURA/DIRECTIONS,Inc.

――個人制作というスタイルにこだわっているわけではないんですね。

吉浦「前作『ペイル・コクーン』(2006年)という作品に関しては、『ほしのこえ -The voices of a distant star-』(※新海誠が20002年にほぼひとりで制作したフルデジタルのアニメーション作品。そのクオリティの高さで、業界の内外から高い評価を受けた)を観て"ひとり制作はこれが最後"と区切りをつけた上で、"ひとりでどこまでできるかやってみよう"と思い作った作品です。それ、以降はこだわりはないですね」

――以前の吉浦さんのようにひとりに近い体制で作ったり、全然ジャンルは違うんですが、Flashを使い完全にひとりで作品を仕上げるクリエイターが増えてると思います。そういう現状に対しては、どう思われますか?

吉浦「やっぱり観る人が何を観たいかと考えると、必ずしも集団作業の人海戦術でクオリティをあげていくというだけではないと思います。特にFlash作品とかは、面白さの根源だけを抽出して作っているようなタイプの作品が多いと思います。そういうものを作る上ではやっぱり個人体制もいいと思います。ただ、実はですね、いわゆるFlashアニメ作家の作品と、作画系個人制作アニメはやっぱり根本が違うと思うんです。というのは『ほしのこえ』に続く作品ってあんまりないんですよね。やっぱり、あのレベルの作品を作るのは、かなり難しいとは思うんです。僕も『ペイル・コクーン』では、『ほしのこえ』をかなり参考にして作っています。それは作風ではなくて、作品を成立させる枠組みたいなものを見習わせていただいたんですが」

――具体的にその枠組みとは、どんなものですか?

吉浦「DVD化を前提して個人制作したんです。ただ、時代的にそれほど売れないだろうとも思ってたんです。それでも、『どうやったら注目されるか』と考えたとき、まず最低でもテレビアニメ1話分に相当する20分以上のものをひとりで作る。それも、20分に相応しいスケールの物語ではダメだと思ったんですね。作品は20分なんだけれど、それ以上の長さを感じられるような壮大な話にしないと、『小粒な作品』という扱いで終わってしまうと感じたんです。あと、テレビアニメ程の作画技術もないですから、企画・脚本の段階で何か仕掛けを作っておこうと。そうやって作らないとダメだなと思っていました」

――そうして作られた『ペイル・コクーン』の反響はいかがでした?

吉浦「実はあまり反応がなかったんですよ(笑)。むしろ最近になって『イヴの時間』をWebで発表した後に、感想が寄せられたり、"『ペイル・コクーン』買いました"っていう声をいただけるようになりました」

――『イヴの時間』を1話ごとに無料配信という形で発表するというスタイルも、見せ方として、何か意図はあるんですか?

吉浦「色々な意見を加味しての発表形態なんですけど、まずひとつがDVDが今売れなくなってきているというのもあります。やッぱりお金を出して2980円のものを家で観るっていうことに対してハードルがいくつかあるんですよね。買うことや観ること、お金を出すことに対して……。そう考えた場合、とりあえずまずは、観てもらうことが先決かなと思ったんです。特に今回は連作なので、気軽に連続で見せるのに適しているかと思ったんです。だから将来的なことも考えて、まずは『こういうものを作っている人がいるんだよ、とにかく観てください』っていうことを優先した結果ですね」

――誰でも観れる無料配信ということで、やはり反響は違いますか?

吉浦「反応はもう段違いですね。メイルなり、掲示板の書き込みだとか、あちこちのニュースサイトに取り上げられたりとか……。海外メディアからの取材もあったりして『ペイル・コクーン』の頃とは段違いですね」

2Dのキャラクターと3DCGの背景が自然に溶け合う『イヴの時間』
(C)Yasuhiro YOSHIURA/DIRECTIONS,Inc.