ベニー・チャン監督がこだわりる香港アクションとは

現在公開中の香港映画『インビジブル・ターゲット』。香港を舞台に、凶悪な犯罪集団と、彼らを追跡する3人の警察官たちが、文字通り死闘を繰り広げるアクション大作だ。この映画を監督した香港アクション映画界の重鎮・ベニー・チャン監督が緊急来日。「スタント一切なし!」という『インビジブル・ターゲット』の過激なアクションを語り尽くす。

ベニー・チャン
『アンディ・ラウの逃避行』(1990年)で映画監督デビュー。ジャッキー・チェンにアクション演出の才能を認められ、『WHO AM I? /フー・アム・アイ?』(1999年)では共同監督を務める。『香港国際警察/NEW POLICE STORY』(2004年)、『プロジェクトBB』(2006年)と、ジャッキー・チェン主演作品を連続して監督。現在、香港アクション映画界最高のヒットメイカーである

――『インビジブル・ターゲット』は、銃撃戦や爆破シーンだけでなく、とにかく生身のアクションが凄い映画ですね。

ベニー・チャン監督(以下、チャン)「私はジャッキー・チェンやジェット・リー、サモハン・キンポーやユン・ピョウが生身でアクション映画の限界に挑んでいた1980年代から1990年代の香港アクションが好きなんです。ところが、現在は生身のカンフーアクションが出来る役者が減っている。現在、当時と同じことをやろうとしても難しい。この作品ではあえてそれに挑みました」

――激しい殴り合い以外にも、ビルの3階から地上に飛び降りる、車にはねられる、高いビルの屋上から屋上に次々と飛び移る、燃え盛る炎の上で転げまわるなど、有り得ない映像の連続でした。正直CGかと思ってしまったのですが……。

チャン「すべてCGではありません。またスタントマンも使っていません。すべて俳優自身が演じています」

――主演の3人は本当に過酷なアクションに挑んだのですね。

チャン「どの俳優も期待通りのアクションを見せてくれました。ニコラス・ツェーはアクション俳優になりたいというぐらいなので、必死になって演じてくれました。ショーン・ユーは、本格的なアクションはこの映画が始めてでしたが、頑張ってくれました。かなり怪我もしていましたけど(笑)。ジェイシー・チェンはお父さんと違ってアクション嫌いなので(※ジェイシー・チェンの父親はあのジャッキー・チェン)、台本では比較的アクションシーンは少なめだったのですが、3階から飛び降りるという過激なアクションをスタントなしでこなしてくれました」

スタントなしで過激なアクションを演じた3人。写真左から、ジェイシー・チェン、ニコラス・ツェー、ショーン・ユー

――この映画で活躍しているような若い世代の香港アクション俳優たちと、彼らの先駆者であるジャッキー・チェンとの違いを教えてください。

チャン「ジャッキーと比べると3人ともまだ若いから多少の心配はあります。それは、過激なアクションが出来ないという意味ではなく、経験が少ない分、無茶をし過ぎて怪我をしてしまう可能性があるのです。『インビジブル・ターゲット』でも、前半のほうでニコラスがバスにはねられるシーンがあるのですが、あの撮影はかなり危険でした。本当にバスと激突しているので……」

ふたりの刑事の服に注目。ここまでボロボロになってしまうほど、激しい格闘シーンと爆破シーンが全編続きます

遊園地大爆発! これ以外にも、警察署大爆発、幼児満載のスクールバスに時限爆弾、検問所の警官皆殺しなど、容赦ないバイオレンス描写の嵐

――ここまで、激しいアクション映画を見せていただくと、監督の世界進出にも期待してしまうのですが……。

チャン「もちろんそれは意識していますし、ハリウッドからオファーが来た事もあります。ところが、色々と問題があるんです。香港から世界進出して成功した監督は、はっきり言ってジョン・ウーだけです。他はみんな香港に戻っています。理由はハリウッド映画には自由がないからです。ハリウッド映画はアクションの撮影などに制限が多すぎて、香港の映画監督が本領を発揮できるような土壌がありません。良い方向で撮影できるチャンスがあれば、私もやってみたいです」

――具体的にハリウッドにおけるアクション映画の撮影には、どんな問題点があるのでしょうか?

チャン「スタントにしても、この映画をハリウッドで撮影しようとしたら、倍以上の時間がかかります。アクションシーンに関しては、確実に俳優本人には演じさせないでしょう。保険など様々な契約上の問題で、少しでも危険な撮影は無理なのです。やはりアクション映画の撮影には、制約の少ない香港がベストだと思います」

――最後に、この映画を観る日本の読者にひと言お願いします。

チャン「香港アクション映画の最良の時代である、1980年代~1999年代の名作に敬意を表してこの『インビジブル・ターゲット』を監督しました。この作品は、香港アクション映画の最良の部分を受け継いだ新世代の香港アクション映画です。そこを楽しんで欲しいですね」

この映画で楽しめるのは、まさに限界ギリギリのアクション。生身の人間には、ここまでの事が出来る。『インビジブル・ターゲット』を観ているとその事実に、ただ感動してしまう。こんな熱い作品を作り上げたベニー・チャン監督は、自身の作品とは対照的に物静かで冷静な人物だった。周囲の高い評価に浮かれる事もなく、自身のハリウッド進出におけるメリットとデメリットを冷静に分析しているチャン監督。それでもなお、チャン監督によるハリウッド産アクション映画をいつか観てみたいと思うのは、贅沢な願いだろうか。

インビジブル・ターゲット

現金輸送車襲撃事件で婚約者を失ったチャン刑事(ニコラス・ツェー)。その実行犯たちに襲われ重傷を負ったフォン警部補(ショーン・ユー)。事件の容疑者となった兄の汚名を晴らそうとするワイ巡査(ジェイシー・チェン)。この3人が犯人を追い詰めた時、香港は戦場と化すのだった

『インビジブル・ターゲット』はシネマスクエアとうきゅうほか全国ロードショー中

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インタビュー撮影:中村浩二