J-SOX法(金融商品取引法)の施行で、内部統制とIT装備の強化がいっそう重要になっているなか、中小企業に対しても、内部統制、システム基盤の整備や再構築を促す潮流が徐々に活発化しはじめている。このほど、独立行政法人の中小企業基盤整備機構(中小機構)とSAPジャパンは、中小企業に対するIT化の促進を目的として、中小企業を対象とする支援活動などについて、共同で業務協力していくことで合意、覚書を締結した。中小企業のシステム統制、経営基準の国際化、経営基盤の強化を促進することを目指し、イベント、セミナーの開催など両者が協力する。

中小企業のIT化促進、ITによる経営革新への支援を推進し、IT化による内部統制への対応のための有効な手段のひとつとして、統合基幹業務システム(ERP)の導入が有効であると中小機構は考えており、ERPの有力ベンダとして実績のあるSAPジャパンと協調することとなった。今回の提携関係は排他的なものではなく、同機構では「趣旨に賛同してくれる企業があれば、他社との協力も」考えている。

中小機構は、中小企業をさまざまな側面から支援することを目的としており、専門家による経営支援や人材育成、ベンチャーファンドの活動促進、共済事業の推進、産業用地の整備や賃貸施設の整備・運営、債務保証や出資といったの資金供給面での業務などを実施してきている。

今回の合意の下で、両者は今後、中小企業向けのイベントなどについて共同で企画立案、実施するとともに、中小機構が開催するイベント、セミナーにSAPが参加/協力する。また、SAPあるいは同社のパートナーが主催する中小企業向けのイベント、セミナーの告知について、中小企業基盤整備機構が協力する。

中小機構の鈴木孝男理事長は「日本では、中小企業のIT化がなかなか進んでいない状況であり、政府が期待していている通りにはなっていない。IT化の支援はより具体的に、生きた教材を使うとわかりやすいと考え、SAPの協力を得た。中小企業の視点に立った、多岐にわたった支援をしていきたい」と話す。

SAPジャパンの八剱洋一郎社長兼CEOは「中堅/中小企業は、ルールの変更や、海外からの影響などにより、さまざまな悩みを抱えている。従来、企業の業務システムは、企業内の情報システム部門の要員が最適なものを選んでいたが、今後、特に基幹業務システムを選ぶのには慎重さが求められる。中堅/中小企業にも、(企業のIT化についての全体構想、企画、立案の中心となる)CIO(Chief Information Officer)の役割が重要になってくる。システムの選択には、標準的な技術の採用が重要なことなどを広く伝えていきたい」としている。

中小企業基盤整備機構の鈴木孝男理事長(右)と、SAPジャパンの八剱洋一郎社長兼CEO

中小企業のIT化を推進する同機構としては、内部統制強化への取り組みをきっかけとし、そのための機能を備えるERPを呼び水としていくことが有効と判断したわけだが、一方、これに協力し、イベントやセミナーに参画することにより「SAPの知名度を上げる」(SAP関係者)ことができるSAPにも利点がある。同機構の鈴木理事長は「当機構は公的機関として社会的責任があるが、中小企業にITを導入していけば、システムが改善され、市場も拡大することになる」と述べている。

IT化が遅れているとされる中小企業にとって、今回のJSOX法の始動は、ITの積極導入に向け、背中を押す力になってきているようだが、さらにもうひとつの要因がある。海外市場への参入だ。鈴木理事長は「産業のグローバル化がどんどん進んでおり、日本の中小企業も、海外に進出するようになった。世界的な標準技術を理解することが望ましい」と語り、この観点からも、標準に基づいたIT化を勧めている。

中小企業に対しIT化を促進するために、非常に重要な鍵となるのは、やはり「人」だ。「中小企業にとってもCIOの役割が重要になる」(八剱社長)時代だが、「中小企業にはCIOはいない」(鈴木理事長)のが現状だ。鈴木理事長は、中小企業のIT化がなかなか進捗しない利用の一つとして人材不足を挙げ、「中小企業は、いろいろと悩みがあるが、それを相談できる人材がいない。当機構にもほとんどいなかった」と語り、人材育成が急務であるとの認識を示す。今回の協業による施策は、まだ詳細が決まっていないが、人材育成も柱のひとつと位置づけられる模様だ。

中小企業のIT化は、古くて新しい課題といえるだろう。何年も前から叫ばれ、論議されるとともに、さまざま方策が打ち出され、ITベンダも動いてきたが、なかなか十分には達成されない、一筋縄ではいかない難問だ。いわゆる、従来の「電子化」、コンピュータ処理の導入はされていても、標準ではない独自技術が未だに存在していたり、ネットワーク化が未対応であったりと、ハードルはいくつもある。公的機関とITベンダが手を組んだ、今回のような試みが、どこまでIT化への「障害物」を崩せるか、注目される。