宇宙から紙飛行機を飛ばしたい-。一見、子供の夢のようなハナシだが、真面目に取り組んでいる人達がいる。日本折り紙ヒコーキ協会の戸田拓夫さんと東京大学工学系研究科航空宇宙工学教授鈴木真二さんだ。紙飛行機をスペースシャトルで国際宇宙ステーションに持って行き、 船外活動する宇宙飛行士に飛ばしてもらうよう計画中とのこと。そして、宇宙ステーションから飛ばした紙飛行機が無事に地球に帰還することを目指している。なんともエキサイティングでロマンあふれる実験だ。

これが極超音速高エンタルピー風洞。大きな部屋に工場のようなパイプが張り巡らされている。空気をマッハ7のスピードで流すためには、高圧のタンクから真空のタンクへ空気を流し、途中加熱してさらに加速する。そのタンクは外にあるというのだから、とても大掛かりな装置であることが分かる

この夢を実現させるために1月17日、マッハ7(マッハ1は音速)の空気の流れに紙飛行機の機体が耐えられるかどうか実験が行なわれた。場所は東京大学柏キャンパス、極超音速高エンタルピー風洞。高高度を超高速で飛行する物体のまわりの空気の流れ(つまり、ちょうど大気圏再突入時の状況)を観察するための施設で、普通では出せない高速で空気を吹きつけることができる。

マッハ7というのがどのくらいのスピードかというと、普通のジェット旅客機がマッハ1未満、コンコルドでマッハ2、戦闘機でもマッハ3くらいだというから随分速い。宇宙ステーションは高度約400km地点をマッハ20くらいの速度でぐるぐる回っている。これは、地球の引力(高度によって決まる)と回る遠心力(速度によって決まる)のバランスがとれている状態だ。引力>遠心力にするには速度を遅くする必要があるので、宇宙ステーションから進行方向とは逆向きに飛ばす。

それでも最初はマッハ20近くの速度で地球の周りをぐるぐる回ることになるだろう。そして、周りながら少しずつスピードが下がっていき高度も下がり、大気が濃くなってくる高度150キロくらいより滑空し始め、 大気圏再突入直後(高度約80キロ)にはマッハ5程度までスピードが落ちていると予想される。このあたりから空気の影響が大きくなり、空気との摩擦熱や断熱圧縮による空力加熱で小さな隕石なら燃え尽きてしまうほどになる。つまり、この宇宙ステーションから地面までの間で一番過酷な大気圏再突入直後を壊れず燃えず耐え切れるなら、宇宙から無事に帰還できる可能性があるということなのだ。

戸田さんはこれまでも様々な種類の紙飛行機を作っており、折り方を説明した著書も多数出版されている。子供番組やまんが雑誌にも出演したことがあるので、子供たちには特に有名な"紙飛行機おじさん"だ。戸田さんの折る紙飛行機は必ず1枚の紙から折り出される。切り取ったり貼り足したりしないのがポリシーだ。

その戸田さんが今回の実験に選んだのは立体的な形に折られている、その名も「スペースシャトル」。立体的になっている方が空気抵抗を受けて減速しやすいのでこの形を採用したということだ。使われている紙は、折り紙ヒコーキ協会認定紙のバガス紙(サトウキビ繊維で、たとえ木に引っかかって取れなくなっても自然に戻りやすい)。これをホウ酸水に浸し乾燥させ燃えにくくし、スペースシャトル型に折った後に超越液(液体ガラス)をスプレーして、熱、水、油、摩擦に強い「超越紙」に仕上げたということだ。

超越紙のすごいところは、ガラスのもつ性質を持ちながらもしなやかで紙として扱えるという点。触ってみると少し硬くコシがある感じではあるが、普通に折ることができる。これで長さ7センチほどの小さな紙飛行機を作って風洞の中にセットする。

風洞の内部。ここに紙ひこうきをセットして実験する

制御室。風洞の状態がわかる制御パネルの他、風洞内の様子を普通のビデオカメラで撮影した映像や、空気の流れ方がかげろうのように見えるよう撮影されたシュリーレン映像のモニタがある

風洞にせっとする紙ひこうき。7センチほどのスペースシャトル 型で、耐熱加工した超越紙で作られている

風洞内に紙ひこうきがセットされたところ。制御室で見る映像とは逆の窓から撮影した

実験の様子は制御室にて映像で観察することができる。普通のビデオカメラによる映像と、空気の流れ方がかげろうのように見えるよう撮影されたシュリーレン映像の2種類だ。リアルタイムでは、ほんの十数秒のことなのであっという間でどうなったのか分かりにくかったのだが、テレビなどで報道された時にはスローモーションで解説を挿みながら見ることができたのでよく分かった。シュリーレン映像の方はどこに衝撃波が発生しているのかが見てとれる。

実験は公開実験を含め、4モデルを使い5回行なわれ、紙飛行機の翼の形状が微妙に異なっているモデルが使われた。1、2回目の実験では計測後の気流停止時に後方から衝撃波が戻ってきてしまい機体が壊れてしまった。この後方から衝撃波は狭い風洞ならではのもので、実際の宇宙からの帰還時には起こらないのだが、実験後の機体を観察したり同じ機体を繰り返し実験に使ったりができない。そこで、3回目以降では10秒間計測したら気流から下方へ外すことで壊れることを回避した。こうして、4回目の実験では3回目に 使ったモデルを再度使い、合計20秒耐えることができた。そして、5回目の公開実験も安定した状態で無事成功。実験に使われたモデルには、風洞内のごみが当たって小さな穴がたくさんあいており、改めてマッハ7の凄さを感じさせられたとのことだった。また、機体の温度は推定200℃に達したが、1,600℃以上にも達するスペースシャトルと比べると耐熱対策が簡単に済むことがわかる。今回実験で得られたデータは、帰還軌道を計算したり、宇宙ステーションから飛ばす紙飛行機を設計するのに利用するとのことである。

もし紙飛行機が本当に地球に還ってくることができるとなれば、宇宙から地球にあまり高温にならずに軽いものを降ろすことができるいうことである。たとえば、大気圏のデータを取りながらゆっくり下降してくる紙飛行機なんてのが想像される。他の大気ある惑星の探査にも役に立つのではないだろうか。ぜひこの分野の研究が進むよう期待したい。