日本計画研究所(JPI)は19日、ネット社会の変化がメディア・ビジネスに対してどのような影響があるかを探るセミナー「パソコンから携帯へシフトするネット社会の新ビジネスチャンス」を、東京都千代田区で開いた。同セミナーで講演した野村総合研究所 システムコンサルティング事業本部 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員の山崎秀夫氏は「広告費のネットシフトと各種サービスへの無料化圧力で、情報関連ビジネスに大きな変革の波が押し寄せている」と話し、今後もこうした動きが加速すると強調した。

ナンバーポータビリティがSNSユーザーの携帯シフト促す

山崎氏は、現代のソーシャルメディア・ビジネスの構造について、「制度変更とIT技術進歩による仕組みの変革が、ネットビジネスを変える時代に突入した」とし、制度変更がネットビジネスに大きな影響を与えた例として、2006年に始まった携帯電話のナンバーポータビリティ制度を挙げた。

ナンバーポータビリティ制度は結果として、GREEユーザーの携帯シフトと参加人数拡大をもたらした

同制度の実施により、携帯電話各社の競争が激化し、その競争の過程で携帯各社はパケット料金定額制を相次いで導入。その結果、従来パソコンでSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)に参加していたユーザーが一気に携帯にシフトし、国内の大手SNSであるGREEでは、ナンバーポータビリティ制度実施前は約30万人だったGREE参加者が、実施後の2007年8月には約210万人にまで拡大。そのうち9割が携帯電話からのアクセスとなった。同じく、大手SNSであるミクシィでも、携帯電話からのアクセスがパソコンからのアクセスよりも多くなっているという。

また、携帯ゲームサイトのモバゲータウンでも、こうした傾向は顕著で、2006年8月に約140万人だった会員数が今年9月には約743万人にまで拡大。山崎氏はモバゲータウンの会員数増加についても、「明らかにパケット代定額制の影響」と指摘。国による制度変更の影響が、パソコンから携帯へのユーザーのシフトに大きく影響しているとした。

野村総合研究所 システムコンサルティング事業本部 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫氏

さらに山崎氏は、今月総務省が携帯電話各社に対し、未成年者が携帯電話の出会い系サイトなど有害サイトを閲覧できないようにするフィルタリングサービスに原則加入するように要請したことについても、「大きな影響がすでに出ている」と指摘。パケット代のフラット化で急増した携帯電話を通じたSNSユーザーが、今度は逆に減少する恐れも否定できないとの見方を示した。

また、山崎氏は、携帯かパソコンかという流れとは別のトピックとして、SNSやブログなどによる新しいインターネットの波について、「ネット広告費の増大とボランティア精神による"電網共産主義"という2つの流れが、ソフトウェアのライセンスビジネスへの無料化圧力を生み出している。また、それと同時に、旧来の著作権ビジネスの変革も促している」と説明した。

ライセンスビジネスを脅かす"無料化圧力"

山崎氏によると、マイクロソフトなどのソフトウェアライセンスによるビジネスモデルは、無料のオフィスサービスにより、「無料化圧力」を受けていると説明。こうした流れに乗らなければ、増大するネット広告費を、無料サービスを提供するグーグルなどに奪われかねない危機的状況になっているとし、「(ライセンスビジネスを確立した)ビル・ゲイツが2008年に日常業務から手を引き、後継者に道を譲ることを決断したのも、(現在の状況に対応するには自分はふさわしくない)という危機感が背景にあったのではないか」と述べた。

山崎氏によれば、"無料化圧力"により、マイクロソフトよりグーグルが優位に立っているという

また、著作権の問題も、米国ではすでに放送局などと動画投稿サイトとの間で「著作権の侵害はある程度大目に見る代わり、広告で得られる収入の一部を還元する」という方向で妥協が成立しつつあると指摘。「民間の知恵を草の根レベルで結集しビジネスモデルを作っていく米国と異なり、日本はお上頼みの傾向が強い。文化庁における違法動画対策の議論においても、深い議論がなされていない」と日本の現状に苦言を呈した。

こうした大きな変革の波について山崎氏は「Web2.0とはボランティアと広告費が支える無償経済」と定義。この流れはマイクロソフトなどのソフトウェアライセンス企業や放送局だけでなく、音楽、電話、書籍、映画などあらゆるメディア企業に影響を与え、その収入は「分与される広告費」によってまかなわれる時代がすぐそこに来ていると予測した。

山崎氏は「Web2.0はネット広告費とボランティアが支える無償経済」と指摘した

このほかにも山崎氏は、グーグルなどによるSNSや3Dバーチャルワールドの標準化、オープン化にも言及。各サービスが囲い込んでいたネット広告の流れが多様化することで、3DバーチャルワールドやSNS、Web2.0サイトとの融合が加速するのではないかと述べた。