秋葉原駅に程近いダイビルの13階にある東京大学の秋葉原拠点で、バートン・スミス博士の講演が行われた。博士は、1980年に出荷を開始したDenelcor社のHEPというスーパーコンピュータの設計者である。HEP(Heterogeneous Element Processor)は物理的には1個のプロセサで、最大64のスレッドを命令単位で切り替えながら並行して実行するという画期的なアーキテクチャであった。このアーキテクチャは、あるスレッドでメモリのリードアクセスが生じても、次々と他のスレッドの命令を実行していくので、次にそのスレッドに実行の順番が廻ってきたときにはメモリからデータが既に到着しており、キャッシュが無くてもメモリレーテンシを隠蔽できるという大きな利点がある。

しかし、筆者には、HEPマシンのどこがHeterogeneousなのか理解できなかったので、スミス博士に質問すると、これには面白い話があると前置きして、次の話を教えてくれた。このマシンの政府調達のコンペに際して、他社とは違うことを強調するため目立つ名前を付ける必要があり、こういう名前になった。名前には特に意味は無く、私はこの命名には関与していなかったということである。

その後、博士は1988年にTera Computer社を創立し、会長とチーフサイエンティストを務め、1990年には1プロセサが128スレッドを実行するMTAマシンを作った。そして、Tera Computerは、2000年3月に財政的に苦境にあったCRAY Researchを買収したが、会社名としてはネームバリューの高いCRAYを利用して、CRAYと名前を変え、博士は新生CRAYのチーフサイエンティスト兼役員となった。

それ以降、博士はCRAYの開発をリードして来たが、2006年10月には博士がCRAYを辞めマイクロソフトに移るというニュースがスパコン界を驚かせた。それ以来、博士はマイクロソフトのTechnical Fellowという地位にある。また、スミス博士は、2003年には、スパコン界の最高の栄誉であるSeymour Cray賞を受けられたスパコン界の巨人である。

「Reinventing Computing」バートン・スミス博士が秋葉原で講演

そのスミス博士が、このほど来日し、8月27日に東大の秋葉原拠点でReinventing Computingと題して講演を行った。実は、博士は翌日の8月28日に富士通のHPCフォーラム(同社の科学技術系システムのユーザ会の主催で、会員向けのイベントであるが、一般参加も自由であり、競合他社の人も情報収集に顔を見せるという)での講演が予定されており、今回、博士を招聘したのは富士通で、それに東大が便乗して講演を依頼したようである。

秋葉原のダイビルにある東京大学の拠点の会議室で講演が行われる予定であったが、主催者の「参加者は最大30人程度」という予想は大きく外れて、60人以上が詰めかけ、急遽、実験室の端の広い空きスペースのようなところに椅子だけを持ち込んで密集して座り、スライドは壁に投影するという形態に変更された。

講演者のBurton Smith博士(右)を紹介する主催者側の東大の平木教授(左)

博士は、講演の最初で、皆さんが一番聞きたいのは、私がマイクロソフトで何をしているのかだろうと述べ、マルチコア化が進む世の中で、マイクロソフトのソフト開発がその方向を誤らないようにすることが仕事と述べ、この任務は概ね、上手く行っているという認識を述べた。また、同社のメインのOSであるWindowsは、着実に並列処理向けの改善を続けると述べた。

博士の講演は、「Reinventing Computing」と題して、コンピューティングのやり方を再発明する必要があると、現状のコンピュータ業界のあり方に警鐘を鳴らすものであった。