名古屋工業大学(名工大)は1月15日、環境への懸念がある有機フッ素化合物「パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物」(PFAS)規制に該当しない、自然界で分解する「テトラフルオロスルファニル」(SF4)もしくは「ペンタフルオロスルファニル」(SF5)基を有する環境負荷の低いフッ化ビニル化合物の合成に成功したことを発表した。

  • フッ化ビニル化合物の化学構造

    フッ化ビニル化合物の化学構造。フッ化ビニル類(左2例)と、今回開発されたSF4-およびSF5-フッ化ビニル(右2例)(出所:名工大Webサイト)

同成果は、名工大大学院 工学研究科の村田裕祐大学院生、同・羽田謙志郎大学院生、同・柴田哲男教授らの研究チームによるもの。詳細は、独国化学会の刊行する機関学術誌の国際版「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

エチレンなどのビニル化合物にフッ素が結合したフッ化ビニル類は、耐熱性・耐薬品性・耐候性に優れたフッ素樹脂の合成において欠かすことができない。また高い反応性から、機能性材料や医薬品、農薬などの合成原料としても優秀だ。しかしこうしたPFAS(フッ素と炭素で構成される有機化合物の総称)は、高い安定性が仇となって環境中での分解が難しい上、生物に取り込まれると蓄積されることから、環境やヒトを含めた生物の健康に悪影響を及ぼすことが知られおり、最近では環境持続性の懸念が高まっており、世界的にも規制強化が進んでいる。

  • ビニル化合物の化学構造

    ビニル化合物の化学構造(出所:名工大Webサイト)

そこで研究チームは今回、PFASが持つ炭素-フッ素結合(C-F)を持たないため、分解が容易であり、環境にやさしい代替品としての潜在的な価値を持つ可能性があることから、規制の対象外であるSF4/SF5化合物の開発に焦点を当てたという。

  • PFASおよびSF4化合物、SF5化合物の一般式

    PFASおよびSF4化合物、SF5化合物の一般式。(PFASにはC-F結合が存在するが、SF4化合物、SF5化合物にはない)(出所:名工大Webサイト)

SF4/SF5化合物は発見から60年以上の時間が経つが、その合成法には制約があった。そうした中、研究チームは2024年1月4日にSF4-アセチレンの合成に成功したことを発表。今回はその直接的な関連成果であり、そのSF4-アセチレンにフッ化水素(HF)を取り込むことで、SF4-フッ化ビニルの合成が可能であることが確認された。また、このフッ化水素を付加する技術はSF5-アセチレンにも適用可能であり、SF5-フッ化ビニルの合成も可能とした。これらの成果は、新たなフッ素化ポリマーの開発において重要なモノマーユニットとして応用されることが期待されるとする。

  • SF4アセチレンおよびSF5アセチレンへのフッ化水素の付加

    SF4アセチレンおよびSF5アセチレンへのフッ化水素の付加(今回の研究)(出所:名工大Webサイト)

さらに、フッ化ビニル構造はアミド構造の生物学的等価体としての機能を持つことが確認されており、SF4-およびSF5-フッ化ビニル化合物の医薬品や農薬開発への応用も有望だという。とりわけCF3農薬が席巻している農薬開発の分野で、パラダイムシフトを促す可能性があるとしている。

SF4-フッ化ビニル化合物は、具体的にはにテトラブチルアンモニウムフロリド/3水和物(TBAF/3H2O)を室温下でTHF溶媒中に添加することにより簡便に合成することが可能だ。一般的にフッ化ビニルの合成は、アセチレン化合物へのフッ素水素の付加反応で合成されるが、その際、アセチレン部位を活性化するため、金属触媒やルイス酸を加えることが必要である。ところが、今回の手法ではSF4基由来の強力な電子求引性作用によりアセチレン部位の反応性が高まっており、触媒を必要とせず、フッ素化剤を添加するだけで、環境に優しい条件で反応が進行する点もメリットだという。

  • アセチレンへのフッ化水素の付加方法

    アセチレンへのフッ化水素の付加方法。(A)今回の手法(遷移金属触媒&強酸不要)。(B)従来の手法(遷移金属触媒&強酸必要)(出所:名工大Webサイト)

また、今回の手法は幅広い基質に適用可能である点も特徴で、末端のベンゼン環上に電子求引性基や電子供与性基を持つ基質、複素環、さらには複雑な構造や生物活性物質構造を持つSF4-アセチレンに対しても効果的に反応が進行するとのことだ。

  • 今回開発されたSF4-フッ化ビニルの合成手法

    今回開発されたSF4-フッ化ビニルの合成手法(出所:名工大Webサイト)

SF5-アセチレンに対しても同様に、TBAF/3H2Oを室温下でTHF溶媒中に添加することにより、SF5-フッ化ビニル化合物を簡便に合成することができるという。この場合も、電子供与性基や電子求引性基、ハロゲンを含む広範な基質に対して今回の反応が成功しているとする。

  • 今回開発されたSF5-フッ化ビニルの合成手法

    今回開発されたSF5-フッ化ビニルの合成手法(出所:名工大Webサイト)

PFASの規制は環境保護のために必要不可欠だが、完全に規制してしまうと、多くの含フッ素製品の開発に制約を課すことになり、日常生活や多くの産業に深刻な影響を及ぼす可能性がある。それに対し、今回開発されたSF4/SF5-フッ化ビニル化合物は、多くのSF4/SF5化合物の合成原料として活用され、産業界においてPFAS規制の影響を受けずに、環境に配慮した含フッ素製品の開発を促進するのに貢献できるとしている。

研究チームは現在、SF4/SF5化合物の潜在的な能力を最大限に引き出すため、新たな合成法や応用法の開発に取り組んでおり、産業界との協力を通じて革新的な製品の創出を目指しているとのこと。この取り組みは、未来の環境への貢献と共に、産業界の持続可能な成長を促進することで、社会全体に利益をもたらすと考えているとした。