モエレ沼公園にある「テトラマウンド」は、光の変化によって様々な表情を見せる

美術館というと「敷居が高くて入りづらい」、「自分にはちょっと堅苦しい」なんて思っている人もいるかもしれない。しかし、それは大いなる誤解である。絵画や彫刻などを楽しむのに、実は難しい知識など必要ないのだ。

理屈など一切抜きに、見る人の心にまっすぐ語りかけてくるのが芸術作品。肩の力を抜いて気軽に楽しむことで、心がより豊かになるものである。全国にある数多くの美術館の中から、今回は北海道と東北にスポットを当てて紹介したい。

美術館はそれぞれ個性がある。所蔵している作品はもちろん、立地場所や規模、施設の造りなど、どの美術館にも個々の特徴がある。北海道や東北の美術館は、美しい自然や広大な田園地帯に溶け込むように趣向を凝らされた建築も特徴的だ。土地の風土、魅力、息遣いに包まれながら芸術作品を鑑賞する時間は、えもいわれぬ風情があるもの。そこで、実際に北海道・東北の美術館を訪れ、そんなぜいたくな時間に身を委ねてきた。

美術館のチョイスには、道内で長きにわたり芸術家育成をリードしてきた、北海道造形デザイン専門学校の栗谷川悠(くりやがわゆう)理事長にもアドバイスをいただいた。同校は今年で開校50年を迎える名門。これまでにも、多くの逸材を輩出してきた。教壇に立つ栗谷川先生はもちろん、国内外の美術館に精通している。

北海道では自然と一体化した芸術を体感すべし

北海道には大小様々な美術館がある。札幌だと、希代の天才であるピカソに多大な影響を与えたエコール・ド・パリの作家のひとりであるジュル・パスキン、北海道第一号の芸術家とされる林竹次郎などの作品が所蔵されている「北海道立近代美術館」。または、巨大な公園自体が作品の集合体である「モエレ沼公園」などがオススメだ。

そして、これぞ北海道を代表する美術館といえるのが「札幌芸術の森」。当館は広大な森の中に40ヘクタールもの敷地を有している。屋内外に様々な作品を展示しており、さながら芸術作品のテーマパークのような趣がある。風景と見事に融合した作品を鑑賞する内に、いつしか観賞している自分までもが自然と一体化していくような不思議な感覚を覚えるはずだ。

道内には札幌以外にも、たくさんの美術館がある。ユニークなのは、上富良野町にある「上富良野トリックアート美術館」。あっと驚くトリックアートや思わず吹き出してしまうような作品など、数多く展示されている。

周囲の緑と美しく調和した札幌芸術の森

幻想的なモエレ沼公園

北東北では、歴史と人々の営みが生む作品に触れる

常設作品などに関係なく、理屈抜きに土地の雰囲気やにおいを感じられること…それこそ、美術館の魅力のひとつかもしれない。東北には歴史や人の営みを感じさせてくれる美術館が多いというのが、個人的な感想だ。

「青森県立美術館」では、棟方志功(むなかたしこう)や寺山修二といった、地元が排出した多くの個性的な芸術家の作品を、一同に鑑賞できるのが魅力だ。また、シャガールやレンブラント、ピカソなど海外の有名作家の作品も所蔵されており、様々なタイプの名作に触れたい人にはぴったりである。

同じく青森にある「十和田市現代美術館」は地域と連携して、美術館の近隣一帯をアーティスティックな景観に仕立てるプロジェクトをスタートし、2010年に完成した。芸術が十和田の美しい自然と人の営みを一体にする橋渡し役として機能した、世界的にも珍しい空間になっている。

「秋田県立近代美術館」には、解体新書の挿絵を担当した画家・小田野直武の作品をはじめとした、様々な作風の日本画が所蔵されている。同じ日本人でもその時代や手法・センスによって、作風はガラリと変わる。そんな違いを比較してみるのも面白いかもしれない。

「横手市増田まんが美術館」は「秋田県立近代美術館」と同じ横手市にある、全国で初めての漫画をテーマにした本格的な美術館。『釣りキチ三平』で知られる、郷土が生んだ漫画家・矢口高雄氏のフィールドワークをはじめ、著名な漫画家の多彩な作品が展示されている。気軽に楽しめる漫画を中心とした美術館だけに、より親しみやすさを感じることできるだろう。

「岩手県立美術館」には、岩手が排出した萬鐵五郎(よろずてつごろう)や、岩手に縁の深い松本俊介などの作品を所蔵している。絵画が好きな人でなければ2人の名前はあまり聞いたことがないかもしれないが、見る人の心に残る見事な作品が多数展示されている。

十和田市現代美術館に隣接するホテルもアーティスティック

独自の収蔵でより個性的な南東北の美術館

南東北にも魅力的な美術館が多数ある。北東北と同じく、どの美術館も地域の風土や息づかいを感じながら作品を心に印象付けることができる。

まずは山形から。1964年にオープンした「山形美術館」には、ロダンやモネ、ルノワールなどが描いたフランスの近代絵画を代表する作品のほか、与謝蕪村、松尾芭蕉が描いたびょうぶや短冊など貴重な作品が多数展示されている。

「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」の芭蕉の句で知られる山寺にある「山寺後藤美術館」。ここには、実業家である後藤季次郎氏が収集した欧州の絵画やガラス工芸、陶版画などが数多く収蔵されている。ヨーロッパ絵画が転換期を迎える時期のアカデミズム、バルビゾン派の作品が主体のほか、欧州各地の工芸品など貴重なコレクションを鑑賞できる。

大きな三角屋根が特徴の山形美術館

仙台市にある「宮城県美術館」では、地元・宮城県や東北にゆかりのある作品が幅広くコレクションされているほか、ロートレックやパウル・クレーなど海外の著名なアーティストの作品も鑑賞できる。竹久夢二(たけひさゆめじ)の作品などもあり、こちらも幅広いタイプの作品に触れることができる。

福島には個性的な美術館が多数ある。ルノワール、モネ、ゴーギャンなどの海外作品や幅広いジャンルの日本画、洋画がそろう「福島県立美術館」がオススメだ。ユニークさを求めるなら、数多くのグラフィックアートを所蔵している「現代グラフィックアートセンター」もいい。また、「諸橋(もろはし)近代美術館」には、一度見たら忘れることができない幻想的な作風が特徴のダリの作品を中心に、ピカソ、ローランサン、シャガールなど著名なアーティストの作品が数多く収蔵されている。

幅広い作品に出合える宮城県美術館

諸橋近代美術館が誇るダリの作品群は必見

北海道・東北だけを見ても、まだまだ魅力的な美術館が数多くある。各美術館のウェブサイトでは、所蔵している作品の一例を見ることができる。サイト上で心の琴線に触れる作品を発見したら、迷わずその美術館に行ってみよう。

印象に残る作品に出合えたら、今度はその作者の他の作品、あるいは画風を追っていけば、知らず知らずのうちに芸術への世界が広がっていくはず。そうしたら、次は別の作者の作品へどうぞ。そう、芸術作品というものは、マイペースで楽しむ内に自然と自分の世界を広げてくれるものである。

また、住んでいる地域にある美術館に訪れるだけでなく、旅先で出合った美術館に立ち寄ってみることもオススメだ。その土地についてより深く理解することができる。まずは、北海道・東北の美術館を巡る旅からはじめてみてはいかがだろうか。