【特集】

超漢字の世界 - 多漢字だけじゃないその個性

4 Windowsと比較した「超漢字」の特徴 - OSの仕組み(2)

美崎 薫  [2001/07/18]

○Windowsと比較した「超漢字」の特徴 - OSの仕組み(2)

「超漢字」を使って、従来のWindowsともっとも異なると感じる点は、アプリケーションの起動方法と保存方法にある。

Windowsでアプリケーションを起動するためには、(1)スタートボタンやアイコンからアプリケーションを起動するか、(2)データファイルを使ってアプリケーションを起動するか、ふたつのやり方から選ぶことができる。

これに対して「超漢字」では、アプリケーションは常にデータファイルのアイコンから起動する。「超漢字」は、単独でアプリケーションを起動する、というやり方をとらず、常にデータを処理する道具としてアプリケーションを位置づけているのである。この起動用の短冊型のアイコンを「超漢字」では仮身(かしん)と呼んでいる。

「超漢字」では、リンクである仮身をダブルクリックすると、その仮身の実体である実身がウィンドウに開いて編集できるようになる。アプリケーションを起動する、というような意識はほとんどもたずにすむ

たいていコンピュータでは、「複数の方法から選べる」というのは、ひとつしかなくて選べない、ということよりも上位に評価されるものであるが、このアプリケーションの起動方式に関しては、「超漢字」のやりかたのほうがスマートだといえる。いってみれば、アプリケーションという夾雑物が存在しないので、「超漢字」の画面には、データしかない。これに対して、Windowsでは画面のなかにデータとアプリケーションが混在しているのだ。

ことに初心者にとっては、データだけしかない「超漢字」と、データとアプリケーションが入り混じったWindowsとでは、「超漢字」のほうがシンプルに思えるものであり、実際シンプルでもある。Windowsのスタートボタンは、たいへんわかりやすい発明だといえるが、スタートボタンを押すところまではわかっても、そこから先は五里霧中で次になにをしたらよいのか、混乱は深まるばかりだ。

特に、階層型のファイル構造をもつWindowsでは、ファイルを保存するときに、否応なしに、階層型のファイル構造と、ファイルの保存場所を意識させられてしまうことになる。階層型のファイル構造を理解できないと、Windowsでは、ファイルの保存がままならないのだ。

Windowsは、ファイルの起動や整理はアイコンを使ってマルチウィンドウで行えるが、ファイルを保存する場合には、ファイルの階層構造を理解しなければ使えない。「超漢字」の場合には、実身は仮身をおいたその場所からリンクできる。仮身は表のなかでも、文章中でも、どこにでも置けるので、階層構造などを意識する必要はまったくない。というか、そもそも「超漢字」のデータ構造は、ハイパーリンク型のネットワーク構造なので、階層構造などもっていないのだ

いっぽうの「超漢字」では、アプリケーションはデータを示す仮身(アイコン)から起動する。したがって、保存したデータは、いつもその仮身から呼び出すことができる。首尾整然とした一貫性が保たれているので、アプリケーションはデータから起動する、という考え方に慣れてしまえば、階層を意識したり、アプリケーションを起動したりする、というめんどうなことを覚える必要はない。

とはいえ、現時点でいえば、ほとんどのコンピュータユーザーのコンピュータ体験は、Windowsから始まっている。初心者を第一優先で設計した「超漢字」の設計思想は、Windowsユーザーが大半であるという現状には、そぐわないようにも見える。Windowsを使っていたユーザーが「超漢字」を使い始める場合に、最初に抱く疑問のひとつが、「アプリケーションの起動方法がわからない」なのである。

Windowsでも、データが増えてくれば、自分なりにデータを整理して、データからアプリケーションを起動することも増えてくるのではないだろうか。このような使い方をしている場合には、Windowsから「超漢字」への移行は比較的スムーズにいくと考えられる。

「超漢字」は、データを示す仮身を開いてデータを編集する、というデータ中心の操作体系をもつ。アプリケーションは、そのデータを編集するための道具という位置づけにある。従来のWindows的な思想が、OSとアプリケーション中心にできているとすれば、ちょうど逆の発想でできている。「超漢字」は、シンプル&直感的な操作体系をめざして作られているのだ。

Windowsと併用する「超漢字」を使い始めるユーザーの多くが、この逆転の発想にとまどうようである。このとまどいに輪をかけるのが、「超漢字」のアプリケーションの少なさである。

通常のOSの場合には、やりたいことを実現するためには、アプリケーションの種類の豊富さが不可欠である。もちろん「超漢字」にしても、まったく新規の動作をするためには、アプリケーションは欠かせないが、「超漢字」の場合には、やや事情も違っている。

「超漢字」は、基本的なシステムがハイパーリンクシステムを実現しているので、ひとつのアプリケーションを、さまざまなシーンに応用することが可能である。たとえば、ファイルの整理にカード型データベースを使うとか、表計算を使うとか、文章エディタを使うというようなこともできる。いってみれば、基本的な道具を組み合わせるだけで、さまざまな応用ができるのだ。

ファイル整理を文章で行えば、ファイルごとのコメントを書き加えておくことができる。ファイル整理を表計算で行えば、並べ換えなどが自由にできる。ファイル整理をデータベースで行えば、検索などが自由になる。

用途×アプリケーション数の組み合わせで、「できること」が決まるとすれば、「超漢字」のできることをアプリケーションの数だけで計算するのは間違えている。

従来のOSの場合には、アプリケーションの数は多くても、それぞれのアプリケーションの用途は比較的限定されていた。簡単にいえば、Windowsでファイル整理をする場合には、ファイラーソフト(エクスプローラー等)を使うのであって、WordやExcelでファイル整理はしないだろう。

ところが、「超漢字」では、用途に応じて自由にアプリケーションを選択できるので、単純にアプリケーションの数=できることという図式にはならないのだ。実際、文章エディタを使ってファイル整理をする、というのは、筆者にとっては比較的日常的な作業のひとつになっている。

基本的なアプリケーションが明確な用途をもたず、幅広く応用できるためには、「超漢字」には、もうひとつ重要な特徴があるためである。それは、ファイルフォーマットとしてのTAD(たっど)だ。

たとえば、文章データでデータを整理しているところ。新しいソフトを日付順に並べて、コメントを書いて整理している
表計算を使ってデータを整理しているところ。メールアドレスを整理し、メールじたいを貼りつけてある。メールを読むときには、ここにはってある読みたいメールの仮身をダブルクリックすればよい

データベースで文章ファイル(=文章実身)を整理し、その文章のなかに原稿を日付順に整理しているところ。ハイパーリンクを自在に扱えるので、データベース、文章を使ってファイル整理をすることができる。ほとんど制限ということを感じない使い勝手を実現しているといえる

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