未だ存在しない新しい考え方や事業に挑戦する人に話を聞いていく本連載。第2回はビッグデータを使った新しい経済指標の開発に挑戦するナウキャスト 辻中さんと、金融の民主化に挑むFinatext 高橋さんのお二人にお話を伺いました。

辻中 仁士(つじなか・まさし)

株式会社ナウキャスト シニアアナリスト兼セールスマネージャー
京都大学 経済学部卒。卒業後、日本銀行調査統計局、下関支店及び企画局を経て現職。

リアルタイムの経済指標を作る

伊藤:まずはナウキャストについて、辻中さんにお伺いさせていただきます。新しい経済指標を作るとお聞きしましたが、どのような事業を展開されているんですか?

辻中:経済の"今"を知る経済指標、すなわちナウキャスティングを提供する事業です。従来、経済を知る方法は1カ月以上前のデータに基づく経済指標か、予測(フォーキャスト)しか存在しなかったんです。我々はビッグデータを使って、すべての経済情報をリアルタイムに正しく計測する新しい経済指標を提供したいと考えています。

伊藤:なるほど。だから"ナウキャスト"なんですね。従来の経済指標ってアンケートとかをベースにしているから、公表するまで大体1カ月以上のタイムラグがありますよね。リアルタイムの経済指標は、どうやって実現するものなんですか?

辻中:独自につなぎこんだビッグデータを使って、リアルタイムで計算処理をしています。例えば、最初に作った「日経CPINow(旧東大日次物価指数)」は日経のPOSデータをつなぎ込んで処理をかけることで、常に商品の価格の変動が認識できるようになっています。国の場合だと、紙の調査票を郵送して書き込んでもらって人の手で集計をしていくので、どう頑張っても1カ月以上かかってしまいます。我々は人の手が介在していないので、2日前のデータを提供できます。

伊藤:ビッグデータ時代の経済指標、非常に面白い取り組みですね。これは社会的にはどういう意義があると考えるべきでしょうか?

辻中:経済の実態を素早く正しく理解することって、すごく重要なんです。実態が掴めていないと、適した政策を打つことができないわけですから。例えば、日銀の黒田総裁は非常に積極的な金融政策を進めていらっしゃいますが、同時にハイパーインフレのリスクが無いとも言えません。物価の異常な上昇に気づけないとドイツやジンバブエのような子供が札束で遊ぶような異常事態に陥りかねない。我々のリアルタイム経済指標があれば、物価の異常な上昇をリアルタイムで知ることができるのですぐに政策を打つことができるようになります。指数を公開してから大体3年くらいになるのですが、すでに黒田総裁の政策判断に活用いただいているほか、国会答弁にも利用されています。

ビッグデータがアダム・スミスを超える

伊藤:確かに、施策を打つのに正しいデータを持つことは必要不可欠ですね。調べてみたら、紀元前3800年代にはバビロン王朝で国勢調査が始まっていたらしいですね。聖書ではキリストが生まれたのは、マリアがローマ帝国の国勢調査に向かう途中となっています。実際は、紀元元年あたりでは実施されていなかったらしいですが(笑)。

辻中:それは知らなかったですね(笑)。

伊藤:脱線してすみません(笑)。でもともかく、どれだけ素早く・正しく経済実態を掴めるかというのは重要そうですね。

辻中:そうです。どこの大学でも経済学部には「経済政策論」っていう授業があるのですが、教科書の最初に「経済状態に合わせた政策判断には認知ラグ、決定ラグ、効果ラグの3つのタイムラグがある」と書かれています。アダム・スミス以来、ずっとこれが常識だったんです。我々の経済指標はそのうち状況知るまでの認知ラグを潰すことができる。つまり、教科書を変えることができるんです

伊藤:素晴らしいですね。最初にお話を聞いたとき、それが最高に面白いと思ったんです。

辻中:歴史でいうと、豊臣秀吉は太閤検知を皮切りに商業の発展に政策を対応できるようになったとか、士農工商の身分制の管理ができるようになったとか、色々あるじゃないですか。データは社会を変えていくと思うんですよ。それをやっていきたいと考えています。

伊藤:今後はどう発展させていかれるつもりですか?

辻中:もっと国や金融機関・事業会社のリサーチをされている方々、個人投資家の皆様等幅広くご活用いただけるように発展させていきたいと思っています。弊社の技術顧問の渡辺努東大教授や、西村清彦東大教授は総務省統計委員会をはじめ、国の様々な統計に関する議論に参加していまして、政府のIoT、ビッグデータへの対応も積極的にお手伝いしています。

伊藤:具体的にはどういう点が問題だと?

辻中:タイムラグと精度の2点ですね。例えば、個人消費動向を表す「家計調査」はアンケート形式で行っているのですが、スピードが遅いうえに回答してくれるのはおじいちゃんや専業主婦、若者層では時間を持て余している人。つまり、景気にあまり関係のない人です。これではいくら景気がよくなっても、統計上は消費活動が増えていないように見えてしまいます。

伊藤:ナウキャストが今の経済指標のスピードと精度を高めていくことで、より経済実態を掴めるようにしていくということですね。

辻中:そうです。今後は、こういう指標のカバー範囲を拡げていきたいと考えています。

Finatextとの融合で投資を民主化する

高橋 充(たかはし・みつる)

株式会社Finatext 経営企画室
慶應義塾大学 総合政策学部卒。卒業後、ITベンチャー2社を経て現職。

伊藤:次に、Finatextとの融合に話を進めさせてください。まず、Finatextはどのような事業をしていらっしゃるのでしょうか?

高橋:Finatextは、コンシューマー向けの金融サービスを提供している会社です。例えば「かるFX」というアプリは、リアルタイムで流れる為替チャートを見ながらデモトレードをしてFX取引を体験したり、FXについてユーザー同士がコメントで盛り上がることができ、多くのユーザーに支持されています。同じくFXアプリで「FXクルー」もまたFXを勉強したい人には好評です。また「あすかぶ!」は、我々が独自のアルゴリズム持っていて、1日1企業注目の株というのが出てくるんです。その注目銘柄の明日の株価をユーザー同士で予測しつつ、タイムライン上のコメントで盛り上がろう、というものです。三菱東京UFJ銀行様と一緒にやらせていただいている「Fundect」というアプリでは、いくつかの質問に回答してもらうことで、投資信託を提案してくれるサービスを提供しています。ちょっと実際に「かるFX」を見てみましょう。

Fundectは誰でも簡単に答えられる質問で投資の方向性を判定してくれる

伊藤:ちょっと想像以上に柔らかいですね(笑)

辻中:そうですね(笑)。投資に詳しくない方を対象にしているので、どちらかというと、かわいいデザインになっています。

高橋:Finatextの強みの一つが、こういったUXの構成力やアプリを通じて蓄積したソーシャルデータです。UXの構成力は非常に好評をいただいており、株やFXに興味ない人でも手軽に簡単に金融に触れることができます。ソーシャルデータに関しては、独自のシグナルを提供するところまで進んできています。こういった人々のマインドに関するデータは貴重なので、ヘッジファンドなどもお客様になってもらっています。

辻中:従来ナウキャストは、ファンダメンタルデータを国や金融事業者に提供していたのですが、その中でソーシャルデータってないの?と聞かれることがしばしばありました。そこで、Finatextと組んでいくことで、両方をワンストップで提供できる体制が実現できると考えています。

伊藤:株価は人気投票とファンダメンタルで決まる。投資判断はそのデータを分析したうえで、個人のリスク許容度と照らしあわせて実施するものですよね。Finatextとナウキャストの融合は、それをワンストップでサポートできる体制を提供しよう、というものなわけですね。

辻中/高橋:その通りです。

伊藤:今まで、一般人では取得が難しいを持つプロと素人の情報格差が生み出す”ムリゲー感”が、一般人に投資を敬遠させる一つの原因になっていたように感じます。例えば、プロの方々は決算発表前に経営陣に状況聞きに行って投資判断したりするわけですが、一般投資家としては「そんなことされたら勝てないじゃん」ってなりますよね。

辻中:おっしゃるとおりプロと素人の情報格差は現状、かなりあると思います。これはまさに金融業界でも問題視され始めているところです。実力では補えない情報格差が勝負を左右してしまうのは金融市場の健全な発展を阻害しかねません。

伊藤:Finatextとナウキャストがデータを提供することでその格差を減らそうということですね。

辻中:そうです。完全に無料にはできないですが、少なくともナウキャストにお金を払ってくれれば情報格差をなくせるという状況を作りたいと思っています。そこにFinatextのUX構成力を加えることで、一般の方でも投資で成功できる環境を作りたいと思っています。究極的にはプロとかアマチュアの区別がなくなくなっていってくのではないかと思っています。

伊藤:なるほど。今回の取り組みで金融市場の発展に寄与することができる、ということですね。素晴らしい。 もっとこのへん深掘りしたいですね。みんなが同じ水準のロボアドを持ったとき株価の動きってどうなるんだろう、とか今後投資環境がどうなるかすごく興味あります。ただ、ちょっとマニアックになりそうなので今日はこのへんで次の話題に進みましょう…(笑)。

高難易度ベンチャーは”東大力”で立ち上げる

伊藤:この事業ってどうやって始まったんですか? 私には「そうだ、経済指標を作ろう!」なんて発想は一生出てくる気がしないし、はじめようとしても難易度高すぎて、「?」ってなっちゃいます。

辻中:ナウキャストの発祥は、東京大学 経済学部の研究開発プロジェクトにあります。日本の最大の課題であるデフレの原因を追求することを目指していたところ、アテになるデータがないから、「じゃあ自分で作っちゃえ!」って東大の渡辺努教授が考えたのがきっかけです。それが2012年11月くらいなんですが、2013年5月に日銀の黒田総裁のインフレターゲット導入されたことで注目を浴びて、一気に事業化していったという感じです。

伊藤:なるほど。東大の研究が起点だから、こんなマニアックな視点の事業なんですね。納得しました(笑)。Finatextの事業は思いつくとこまではいたとしても立ち上げが相当難しくて敬遠しがちな領域ですが、どうやって立ち上がったんですか?

高橋:Finatextというのは、もともと経済ニュースを解析して投資判断の材料を提供するサービスの名前なんです。そのあと「Stocky」というサービスも出したのですが、いずれも難しすぎて全然理解してもらえなかったんです。じゃあアホみたいにわかりやすくしていかなきゃ、という着想を得てサービスを発展させていったという経緯です。だから、メンバーは金融系と技術系に加えてデザイン系がいるようなチーム構成です。ほとんどが東大出の金融や技術系のバックグラウンドなんですが、私は元々ゲーム業界だったりします。

伊藤:なるほど、漠然と「やりたくても簡単には挑戦できない領域だよな~」と思っていたんですが、やっぱり東大卒が多いんですね。

高橋:そうですね。ナウキャストも東大研究室発なので、大体8割くらいが東大卒です。ネットワークもあるので。

伊藤:東大研究室からのリクルーティングってずるいなぁー(笑)。やっぱりそういうバックグラウンドだからこそ立ち上げやすい、っていう領域ありますよね。 ある程度立ち上がってきたいま、今後はどういう人に来てもらいたいって思っていますか?

高橋:やっぱりエンジニア、データサイエンティストですね。若くてやる気がある人だったら誰でもウェルカムです。もし関心があれば、是非こちら(http://finatext.com/?lan=jp#career)から先ずはご連絡してもらいたいです。

伊藤:今のメンバーって、どういう雰囲気なんですか?

高橋:地に足がついているけど、自分のやりたいことには貪欲に学んでいって、好奇心に従っていろんなことを吸収していく人が多いですね。採用の候補者が来るたびにいいますが、よくある「ITベンチャーイェーイ」って人とは逆側にいます。実直に、楽しく自分の興味のあることを学んでいく人が多いですね。

辻中:私とかそうですけど、小さな所帯だけど、地に足をつけつつ大きなことやるっていう事に魅力を感じているんじゃないかな。金融は国境もないし、世の中にとって重要なパートを占めているし、そこに対して楽しく何か新しいことをやっているというのが面白いんじゃないかと。

伊藤:やっぱりこういう深い世界の人のモチベーションって、好奇心なんですかね。ちょっと前まではストックオプションのためにって感じでしたが、今後は基礎研究系のベンチャーが増えていくなかで、もう少し純粋なモチベーションで仕事するベンチャーが多くなりそうな気がしてきますね。この辺は今後もっと深めていきたいですね。

取材を終えて

ビッグデータは「バズワード」に分類され、実際ただデータを集めているだけだったり、面白いだけの取り組みが多く見られます。ただ、Finatextとナウキャストの取り組みは間違いなく違いました。明らかに地に足がついているし、何よりもそれを推進できる日本有数の頭脳が揃っている。

9月6日、都内で開かれたFinatextとナウキャストの記者発表会ではカブドットコム証券と個人投資家向けアドバイザリーサービスを開始することを発表。9月13日にはサクソバンク証券の顧客向けに独自レポートを配信することが発表されました。

今後、一気に花開くことが期待されるFintech市場。その先頭はFinatextとナウキャストが開いていくことでしょう。

執筆者紹介

伊藤 圭史

Leonis & Co.共同代表
および トランスコスモス オムニチャネル推進室 室長

上智大学卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現 : 日本IBM)に入社。2011年12月、オムニチャネルに特化したシステムとコンサルティングサービスを提供するLeonis & Co.を設立。通信社や大手百貨店、大手スーパー等、新しい流通の仕組みに挑戦する様々な企業の取り組みを支援。また、世界初のスマートフォンに直接押印できる「電子スタンプ」の発明や、スマートフォンマーケティングシステム「OFFERs」の展開など、事業家としても新しい世界への挑戦を行っている。