【連載】

嫁は萌えているか?――いつか誰かに聞いた結婚の話

10 不躾なモテない質問、美しく燃える銛の女

10/12

歯に衣うまく着せられない

私がまだ独身で恋人も長くいなかった時期、一週間にする自慰行為の回数を訊いてくる人間など、ほとんどいなかった。特定のパートナーと法的に結婚した今、一週間にするセックスの回数を訊くような質問を投げかけてくる人が、とても増えたように感じる。個人で耽る自慰行為についてならまだしも、セックスは相手がいて初めて成立する行為で、ビジネスマンが取引先の情報を第三者へ迂闊に漏らしたりしないのと同様、片方の一存で話せることには限りがあり、非常に答えづらい……と私は考えるのだが、世間では「独身女子に性の質問は失礼/既婚者になら何でも訊いてよし」という不文律でもあるらしい。

具体的には、相手と一度も性交渉をしたことのないまま先に結婚を決めた、というのが珍しがられてのことか、「これからずっと、たった一人の男性と、なんて、そんな覚悟が、よく決まりましたね……?」という質問をよく受ける。なぜか必ず、言葉と言葉を区切って不思議な「間」が挟まれる。小首を傾げた年若い未婚の女子に尋ねられようが、人生経験豊富な妻子持ちの男性に問われようが、これはつまり、「あんた、もう他の男とヤれなくなってもいいの!?」の言い換え表現である。

「まぁ、昔の人なんて相手の顔も知らずに結婚することもあったわけですしね、交際期間がなくても、いざヤッてみたら、案外うまくイクもんですよ、ええ、はい、結婚の話ですけどね!」などと適当に躱しながら、胸の内で何度でも「この人たち、きっと本当にセックスが大好きなんだろうなぁ……」と感心する。

事件は密室で起こっている

そう、私はどうやら、現代人にしては人生におけるセックスの意味を非常に軽く見積もっている、ようである。春画からアダルトグッズから腐女子向け同人誌まで、エロいもの全般、見聞きし触れるのは大好きなのだが、私本人が誰かと性交渉を持つことへの意欲や情熱は、相対的にみて、ちょっと薄い、ようである。えー、自分でもびっくりだわー! とはいえ、齢を重ねて統計の母集団が充実すればするほど、「みんな、そんなにも情熱を傾けて、いっぱいセックスしたいと望んでいるものなのか!(当社比)」と、何度でも驚かされる。

20代の頃、中高年女性をターゲットにした婦人雑誌の編集部にいた。性愛の特集を組んで取材するたびに、さまざまな声を耳にした。「産後に性欲が薄くなったが、夫のほうは昔と同じような頻度で求めてきて困る」という話もあれば、「この年齢になっても一向に性欲が収まらない、何かの病気だろうか?」「私はただスキンシップしたいだけなのに、男は勃たなくなると急にセックスを避けるようになって寂しい」といった悩みもあり、当然、夫や恋人の側からの反論もあった。こればっかりは「普通」にしていれば自動的に「円満」とはいかないものなのだな、と痛感した。外野からは「新人女子が配属されると耳年増になって婚期が遠のく」などとからかわれもしたが、実際には結婚出産する女性の多い部署で、私も大いに勉強させてもらった。

いざ自分が結婚する際にも耳学問はばっちりという意気、「今からこの結婚の門をくぐるけど、いっさいの希望はもう捨ててるから大丈夫!」と高らかに宣言し、できれば自動的かつノンバーバルに夫婦間のロマンティックムードが生成されるのを期待していたらしき夫のオットー氏(仮名)に、いたく哀しげな顔をされもした。

こう書くと今度は「その調子じゃ、夫が別の女と浮気しても仕方ないよ」などとも言われてしまうのだが、私は自分の価値観について折りにふれ表明しており、相手も織り込み済みで結婚したのだから、そんな歪んだ論理で勝手に男の浮気だけを正当化しないでいただきたい。夜露死苦。

後輩、海女のような子

「銛ガール」という言葉がある。とある私の後輩が自称する、女子の生態の一つである。妖精さんみたいな服装や言動で現代社会から浮きまくる「森ガール」ではない。上空から大群を襲って好き放題に食い散らかす生態ピラミッドの頂点「猛禽女子」でもない。「息を詰めて水中深く潜り、大型船が狙う魚群には目もくれず、自分が狙った獲物だけを、銛で一突き」して、そして漁そのものを終えるという、そんな海女ちゃんのことである。

とある私の後輩は、公言する。「一生のうちで好きになった男の人って二人だけなんですよー。一人目とはいろいろあって別れちゃいましたけど、二人目がうちの夫ですぅー(はあと)」……つまり、彼女は銛ガール。夜な夜な婚活目的の合コンを繰り返す四割打者の猛禽女子さえ裸足で逃げ出す、脅威の勝率五割である。

女子校出身の彼女は、もともとやや男性恐怖症のきらいもあって、「不特定多数の男子にモテて女としてちやほやされたい」と思ったことがないのだと言う。彼女の願いはただ一つ、自分が心から愛する、たった一人の理想的な殿方と結ばれたいだけ。ある日、そんな殿方が目の前にあらわれた。銛で一突き。殿方を仕留めた。以上。という完全試合っぷりなのだ。

もちろん、何もせず簡単に仕留められるわけではない。彼女なりに用意周到に計画を練り、自分の仕様も彼好みにチューンナップし、来るべき瞬間にそなえ入念に入念に銛を研いで、よそから投網が飛ぶより速く、そして確実に急所を突いた。その集中力たるや、すさまじいものである。

「なんと見事な銛さばき……ヤられたね」と夫のほうを見遣ったところ、彼はすこぶる嬉しそうな顔で「うん、グサッ!」と擬音付きで、飛んできた銛が自分の首元に刺さるポーズを取ってみせた。デレデレである。突かれるべき銛に正しく突かれた獲物は、騙されたとも謀られたとも感じずに、ただただ振り下ろされた幸福を全身で受け止めるものらしい。

「それ、わかる。私も銛ガールかなー。夫が私に惚れて告白してくるように仕向けたから。こう、一箇所にじーっと銛を構えておいて、他の魚たちはうまく逃がしながら、その一匹だけがまっすぐ刺さりに来るように、泳がせとく感じ? 向こうは結婚した今でも、自発的に私のことを好きになったと思ってるはずだよ!」と笑う別の友人もいた。普段は海中にいて姿すら見えないが、今日もどこかで新たな銛ガールが息を詰め、その一突きに命を賭ける。

銛は何にも言わないけれど

「欲しい獲物が得られたら、それ以上の狩りはしない」「食べる分だけ取って、残りは野に返す。食べきれないほど持ち帰るのは、愚かな狩人である」。ネイティブ・アメリカンの金言集にあってもおかしくない教えだが、銛ガールに想いを馳せながら、たった今、私が作った。

「これからずっと、たった一人の男性と添い遂げるなんて、そんな覚悟が、よく決まりましたね……?」という言外に不躾な質問の、真逆に位置するのが銛ガールだ。誰もがみんな不特定多数からのモテを求めたり、モテモテのクライマックスとしての結婚を求めたり、配偶者以外の異性からだって一生死ぬまで「男」や「女」としてちやほやされることを望んだり、するわけではない。

結婚で交わす契約には貞操の義務が含まれる。結婚とは「今後、己の性欲を配偶者以外の相手には向けない」と誓うことである。法律は法律、犯せば罪となる。「そんなの絶対にイヤ! ココロと同じくらいカラダの相性がいい人とでなければ、結婚なんて無理!」と考える独身女性の皆様は、おそらく婚活自体を考え直されたほうがよい。人生におけるクオリティ・オブ・セックスの重要度がそこまで高いのなら、自由恋愛に生きたほうが、きっとうまくいく。もし私がすこぶる性欲旺盛な恋多き女で、そのことに満足していたら、老若男女、考えうる限りの不特定多数と生涯かけて恋の駆け引きや肉体関係を重ねるほうが、ずっと楽しいに決まっている。

銛ガールたちは、その性質ゆえにとても寡黙である。私と違って人前であけすけに寝室事情の話なんかしない。だから彼女たちの本音はわからないけれども、私自身は結婚してみて初めて「あれ、もしかして私、一夫一婦制にすごく向いているんだな」と気がついた。食べる分だけあればいい。自分とは程遠い、絶対的強者だと思っていた銛ガールたちを、さまざまな意味で身近に感じるようにさえなった。

私自身は銛ガールではないかもしれないが、突かれた獲物のほうではあるのかもしれない。今後、余計な詮索には「グサッ!」と擬音で答えたい。

<著者プロフィール>
岡田育
1980年東京生まれ。編集者、文筆家。主な生息地はTwitter。2012年まで老舗出版社に勤務、婦人雑誌や文芸書の編集に携わる。同人サークル「久谷女子」メンバーでもあり、紙媒体とインターネットをこよなく愛する文化系WEB女子。「cakes」にて『ハジの多い人生』連載中。CX系『とくダネ!』コメンテーターとして出演中。2013年春に結婚。

イラスト: 安海

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インデックス

連載目次
第12回 いつか誰かに聞いた結婚の話を、別の誰かに話す今
第11回 したいことができるように、できることをする女
第10回 不躾なモテない質問、美しく燃える銛の女
第9回 違いがわかる男、上質を知る人、見て見ぬフリをする我々
第8回 その財布を開くのは私、あの金を払うのはあなた
第7回 信じる者が救われても、信じた者を信じられなかった女
第6回 君のいないところにいて歌う僕
第5回 愛妻家の君と恐妻家の僕
第4回 教えられた事と知りたい事がいつでも少しズレてる女
第3回 めずらしきとつくにに心おどる女
第2回 個人事業主にヘッドハンティングされた女
第1回 ためいきの数だけブーケを束ねた女

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