少年ジャンプで連載中のギャグ漫画『磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~』の担当編集である内藤拓真さん。続いては、なぜジャンプの編集者になったのかを聞いていきます。ジャンプ編集部の新人に課される仕事とは? ジャンプ愛読者も必見です!

男25人のヒリつく職場

――内藤さんの就職について教えてください。集英社を受けたのはどうしてだったんですか

漫画編集者になりたかったからですね。僕は『バクマン。』というジャンプをつくる現場を描いた作品を読んでいて。就職活動の時期になって、ほかの職業が実際何をしているか想像がつかない中、漫画編集は『バクマン。』で読んでいたからなんとなく想像がしやすかった。なので、最初は受かったらいいなぐらいの気持ちでした。

――集英社に入社してからすぐにジャンプに配属に?

ミーハーだけど、やるからには一番面白いところがいいなと、ジャンプ編集部を希望しました。ジャンプの職場はたくさん配属されるわけではないので、辞令が出た時は嬉しかったですね。ジャンプを作れるってすごいことじゃないですか。嬉しくて震えました。でも同時に、これからきっと大変な道が待っているんだろうなとも思いました。ジャンプ編集部って25人ぐらいいるんですが、男性だけ。女性がひとりもいないという、男臭い職場なんですよ(笑)。昼夜が逆転することもありますし、打ち合わせでは深夜に食べるし、忙しくなれば寝不足だし。健康には良くないですよね。僕は入社して15キロ太りました(笑)。

――想像以上に体力勝負なんですね

でも一番凄まじいのは、弱肉強食の世界だということに尽きると思います。簡単に言うと、結果がすべて。担当している作家さんと一緒に連載を立ち上げて、ヒットさせることがジャンプ編集部員の最重要課題なんです。だからみんなしのぎを削り合っていますよね。編集者同士はもちろん仲いいし飲みに行ったりもするけど、腹の中に一物あるというか。

――編集部の中でも競争があると……

そうなんです。どの編集が何の作品の立ち上げをしていて、何本のヒット作を手がけていて、というのが嫌でもわかりますからね。個々の成果がハッキリ分かってしまうそのヒリつく感じって、やっぱり男の職場だなと思いますね。女性がいるとみんなカッコつけ始めるでしょうから(笑)。でも毎日カッコつけてたらいい作品は作れない。なりふり構ってられない戦いの場だと思います。

――いい漫画を作る上で心がけていることはありますか

違う業界の友人と話すことは刺激になっています。出版業界にいるだけでは知らないような情報を教えてくれる。何気ない会話が仕事につながるということはよくあることなので。あとは単なる趣味ですが、漫画はたくさん読みますね。会社もジャンルも問わずなんでも読みますが、特に少女漫画が好きなんです。

――意外ですね!

両親が少女漫画好きだったので、少女漫画を読みながら育ってきたんですよ。最近は鳥飼茜さんの作品が好きです。少女漫画の編集もやってみたいという気持ちはありましたけど、今となってはジャンプのことしか考えられないですね。ずっとガツガツやりたいです。

――読者層である子供の心を理解するためにやっていることはありますか

作家さんがよく言うのに倣って、自分が子供の頃を思い出すようにしていますね。僕は子供の頃、小学館さんの「コロコロコミック」という雑誌が大好きでした。当時はミニ四駆やビーダマンといった、ホビーと連動している漫画が多く、漫画を読んでいるとやっぱりホビーも欲しくなる。何か新しいものが出てくるたびにワクワクしていた気持ちを今でもすごく覚えているんですよ。裏で大人の人たちが、新しいものを出すタイミングや盛り上げ方を相当考えて出していたんだろうなって、今になるとなんとなく内実がわかりますが、かつて感じていたそういう「ワクワク」がどんな時に出てきたかということを思い出して、漫画作りに応用してみることが多いです。

新人は進行管理から学ぶ

――内藤さんは新人時代、どのようなお仕事をしていたのか教えてください

ジャンプ編集部では、雑誌の漫画以外の進行を若手編集が担当することになっているんです。ジャンプの制作進行を管理したり、次号予告やプレゼントページなど毎週雑誌の欠かせない要素になっている部分を作ったりします。配属までの印象では、編集は漫画の打ち合わせだけに注力しているものだと思っていたので、そうした記事や進行の仕事があることには少し驚きました。

――編集部で作っているんですね。しかも進行管理まで新人に任せてしまうとは

そうなんですよ。配属された瞬間から、各作品が何曜日の何時に印刷所に入稿されて……という全てを把握して調整しておかなくてはならない。しかもジャンプですから巨大な部数が動くので、間違いは致命的。それはものすごいスピード感で、振り落とされないよう、最初はついていくのに必死でしたね。

記事に関しても、ただ作ればいいというものではないんです。ジャンプの次号予告を見ていただくとわかるんですが、すごく凝っていると思いませんか?

――確かに、ただ次号のラインナップを並べるのではなく、テーマがあるようですね

普通に考えると「次号も超面白いぞ!」くらいでいいじゃん、と思います。ですがジャンプでは次号の巻頭の漫画に合わせてメインのコピーに工夫を入れる。例えば、来週の巻頭が『ハイキュー!!』だったら、現在のストーリーである烏野高校と白鳥沢高校との対決にかけて「白黒つける」という言葉を入れ、各チームの選手のカットを入れる。さらに「勝負の気配(ハイ)」「魂の一球(キュー)」という、タイトルになぞらえた言葉遊びも入れます。

おまけに、扱う他の作品も「白と黒」というキーワードに沿って紹介しています。まず読んでいて楽しいし、次号の内容もちゃんと気になるようにつくる。

毎号、こういう細かなアイデア仕事が多いんです。新人時代はこういう記事のラフを山ほど描きます。見出しや見せ方を考えて、上長にチェックを回してはボツ食らって……を繰り返す。アイデア仕事なので、休みの時でも食事中もずっと考えています。自分が学生時代に積んできたものって、最初の2カ月ぐらいで出尽くしてしまいます。空っぽになってからが勝負でしたね。

――そういう「漫画以外のページ」を新人が作るのはどうしてなんでしょう

これも漫画を編集するのに大事だからです。ラフをひたすら描いてはボツを食らううちに、なぜこれがダメと言われたのかわかってくる。すると、新人さんの漫画を読んだときに、どうしてこの漫画が面白くないのか、何が足りないのかという構造を見る力がついてくるんです。事務仕事をこなすうちに漫画を見る目を養えるというのが、すごいところだと思いますね。

――ということは、漫画の作り方までは教えてもらえないということですか

そうですね。それぞれ編集には自分にとっての漫画論みたいなものがあるわけです。みんな自分の打ち合わせを人に見られたくないはずですよ。電話を聞いてると、作家さんを炊きつけるために演技がかる人もいますし、いつもは静かなのにアツくなる人もいます。僕も自分の打ち合わせに別の編集が立ち合うのは嫌ですね。

――内藤さんの漫画論はどこで培ったんですか

それもトライ&エラーで出来ていった感じです。ジャンプには『ジャンプNEXT!!』という新人デビューのための雑誌や、新人漫画賞があるので、そこに向けて新人さんと一緒に作品を作っていく。新人作家さんと二人三脚で頑張るんです。『ジャンプNEXT!!』に載るかどうかの判断はコンペで決められるので、せっかく完成させても掲載されないということも多い。そこで、どうしてこの作品はコンペに負けてしまったんだろう、次はどうしたらいいのかという敗因を必死になって考えます。そうするうちに、作家さんも編集者もだんだん勘所がわかってくる。その積み重ねが、その人なりの漫画論になっていくのかもしれないなと思います。

※次回は7月15日(水)更新予定。同期とのライバル関係に迫ります。

『磯部磯兵衛物語~浮世はつらいよ~』
立派な武士を目指すも、まだまだダメ武士な磯兵衛が屋台に看板を付け、道場を開いた。強くなりたい3人の子供が弟子入りするが、自称・師範代の磯兵衛が伝授したのは!? ぐだぐだ浮世絵戯言第7巻で候。