2. ノイズ対策とデバッグの方法

2-1. 近接界プローブの使い方

近接界プローブはノイズの発生源を特定するために、探索の用途で主にスペアナに接続されて使用されます。認証サイトの3m法や10m法の試験で不合格になった場合に、問題のノイズが製品のどの箇所から発生しているのか、実験室の机上で探索作業を行って、原因となる箇所や部品を特定することができます。ハーネスの伝導エミッションの発生個所や、回路基板の放射エミッションの原因となる部品を特定できるので、バイパス・コンデンサやフィルタなどでノイズ対策を行う際のデバッグ用途トラブルシュートで使用されます。

近接界プローブ(黄色)を使用して、ノイズの発生源を探索し、原因となる回路デバイスを特定する。(出典:テクトロニクス社 アプリケーションノート)

近接界プローブには、磁界プローブと電界プローブの2種類のプローブがあります。

回路に電流が流れると磁界が発生しますが、磁界ループに磁束エネルギが通ると電圧が発生するのでスペアナで電力を測定できます。磁界プローブは直径が大きいほど多くの磁束が通過するので感度が良く、直径が小さくなるほど感度は悪くなりますが、ノイズ発生源の場所やデバイスを特定しやすくなります。小さいものでは0.2mピッチICのピン幅の空間分解能でノイズ発生源を特定できる磁界プローブも市販されています。電界プローブは、電界と磁界のどちらが支配的なノイズなのかを判断する場合に使用します。

近接界プローブとリアルタイムスペアナを使用した観測例

40万円台のUSBスペアナ

近接界プローブとリアルタイムスペアナを使うとノイズの発生頻度を確認できます。青色は発生頻度の少ない間欠ノイズで、黄色→緑→オレンジ→赤に近づくほど、発生頻度の高いノイズとして表示されます。

2-2. 遠方界、近傍界とは?

3m法、10m法のEMI/EMC試験は遠方界での測定になりますが、ノイズ対策やデバッグは近傍界で測定作業をしますので、遠方界、近傍界の違いを理解しておく必要があります。電波(電磁波)の発生源から遠い所を遠方界、近い所を近傍界(近接界)と言います。

電磁波は電界(E)磁界(H)が交互に連鎖して空間を伝搬しますが、自由空間を伝搬するときの抵抗を「波動インピーダンス」と言います。波動インピーダンス(Zw)は遠方界では一定値の120π(Pai)=377Ωで、これを自由空間の特性インピーダンスと言います。一方、近傍界では電界と磁界の波動インピーダンスは異なった値をとり、電磁波(ノイズ)の発生源に近いほどその違いが大きくなります。

電界と磁界の波動インピーダンスは遠方界では一定値だが、近傍界では電界と磁界の値は異なっている。(出典:テクトロニクス社 アプリケーションノート)

電波(電磁波)の発生源からどれだけ離れると遠方界になるのかは、以下の式で定義されています。

L(距離)=λ(波長)/2π(Pai)以遠、または2D2/λ のいずれか遠い方。

D:アンテナの大きさ(m)が無視できない場合

周波数30MHzの遠方界は1.59m以遠だが、2400MHzは2cm以遠が遠方界になる。

2-3. 近接界プローブで電界強度(V/m)を測定できるか?

この問いは現場レベルでは良く耳にする質問です。アンテナ係数(AF)がわかれば、スペアナで磁界強度(A/m)電界強度(V/m)は測定できるのですが、近傍界では電界と磁界のバランスが安定していないので、近傍界の測定結果から3m法や10m法の測定値を換算して予測するのは困難です。ただ、市販の近接界プローブには以下のようなアンテナ係数表付のものがあり、磁界ループのプローブで測定した磁界強度(A/m)から電界強度(V/m)を換算できますが、これはあくまで遠方界でプローブを使用する場合の換算表なので、遠方界までループプローブを離さなければ電界強度には換算できないので注意が必要です。どうしても絶対値の磁界強度(A/m)や電界強度(V/m)でデータを残したい場合は、近接界プローブをXYZのマイクロメータ付ステージ等の治具に取り付けて、電波暗箱などを使用し、治具上のDUTとの距離を記録した上で測定する方法はあります。

近接界プローブの磁界ループプローブは、磁界係数のアンテナ係数(AF)から磁界強度(A/m)を測定できるが、電界係数で電界強度(V/m)を換算する場合は遠方界に限定されるので、注意が必要。

2-4. ノイズ対策の方法、具体的にどのように対策するか?

近接界プローブは、ノイズ発生源の場所を特定するだけではなく、回路基板のノイズ対策でも有効に使えます。オシロスコープにスペアナを内蔵した新しい測定機ミックスド・ドメイン・オシロスコープ(MDO)を使用して、この測定機のスペアナに近接界プローブを接続してターゲット周波数のノイズ発生源の場所を探索します。同時にオシロスコープで電圧、電流を測定することでターゲット周波数のノイズが発生する時間軸タイミングがわかりますので、回路基板のどの箇所に、どの共振周波数のバイパス・コンデンサを付加すべきかを判断することができます。

上図では近接界の磁界プローブでDC-DCコンバータを探索して、AM/FMラジオを妨害する周波数のノイズが発生する時間タイミングを、オシロスコープで観測しています。

スペアナ内蔵オシロスコープで測定した結果が下図になります。ドレイン(D)電流がONになるタイミングで、9kHz~100MHzの広帯域のAM/FMラジオ妨害ノイズが発生していることがわかります。発生ノイズのパルス幅は82nsです。

2-5. パスコン(バイパス・コンデンサ)は回路のどこに付ける?

ノイズ対策では、ターゲット周波数と同じ自己直列共振周波数のコンデンサを探して、電源変動を抑えるパスコンとして使用します。なので、ノイズの周波数と発生する時間のタイミングがわかれば、プリント基板のどの回路部分にパスコンを置くべきかが見えてきます。

事例として、EMI/EMC認証サイトで自社製品を試験評価した結果、137MHzの電力値が規格オーバーで不合格になった場合のトラブルシュートの例を紹介します。測定機はスペアナ内蔵のオシロスコープを使用します。回路基板から発生する放射ノイズを近磁界プローブで探索して、137MHzのノイズの発生源を探索します。

ノイズ対策のターゲット周波数は137MHzですが、スペアナの振幅対時間測定表示を見ると、この周波数の放射ノイズは振幅変動していることがわかります。

スペアナは特定の周波数成分のみを切り出して振幅値の時間変動を観測することができますが、これはオシロスコープにはできない測定です。 次に、オシロスコープでノイズと同じタイミングで振幅変化する箇所を探索し、スペアナの時間軸表示と一緒に相関表示したところ2つの波形が一致したので、原因はUSB2.0のHSデータであることがわかったという事例です。この事例では、USB2.0デバイスのデータ出力端に最も近い場所にパスコンやフィルタで処置をすることで最適のノイズ対策ができました。

著者紹介

中塚修司(なかつか・しゅうじ)
テクトロニクス社 アプリケーション・エンジニア