自ら会社を立ち上げ、これまでに8社のベンチャーキャピタルと事業会社2社の合計10社から、総額3億円を超える資金を調達してきた伊藤一彦氏。自社の経営だけではなく、中小企業診断士として企業支援やベンチャーキャピタルの資金調達にまつわる執筆もされています。

本連載では、現役経営者である伊藤氏が、これまでの経験をもとに、ベンチャーキャピタルからの資金調達についてリアルな現実を語ります。

******

みなさんは、「資本政策(しほんせいさく)」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

ベンチャー企業で有名な楽天は、資本金が約2000億円で、その株式の約37%を創業者の三木谷社長の関連で保有している(2016年末)。つまり、三木谷社長は2000億円×37%=740億円も投資をしてきたのか??すごいな。どれだけ役員報酬をもらえば740億円も投資ができるのだろう・・・。

そんな疑問が「資本政策」を知る前の、私の頭には浮かんでいた。

もし、この意味がわからなければ「資本政策」を学んでおいた方が良いだろう。経営者にとって自社の株式はとても重要であり、失敗すれば取り返しがつかないのが「資本政策」だからである。しかし、未上場企業の「資本政策」を理解している人は少なく、学ぶ機会もあまり多くはない。

そこで今回は、資本政策の基礎の基礎をなるべく簡単に解説することを試みる。今回もまたリンゴを使って解説する。

(1)リンゴのタネを植えて一生懸命に育てた。ある年、そのリンゴの木には10個の実がなり、1つ100円で佐藤さんに売れた。

佐藤さん=100円×10個=1000円

(2)次の年、同じ木にリンゴが10個なった。去年よりも大きな実がなったので、鈴木さんに1つ200円で売れた。つまり、このリンゴの木は、佐藤さんから1000円と鈴木さんから2000円の合計3000円の価値を生んでいる。

佐藤さん=100円×10個=1000円
鈴木さん=200円×10個=2000円
―――――――――――――――――
合計金額     20個=3000円

リンゴを持っている数は、佐藤さんも鈴木さんも同じ10個である。しかし、同じ木からできた同じ個数のリンゴを手に入れるのに佐藤さんは1000円、鈴木さんは2000円かかっている。

まさに、これが資本政策なのである。リンゴの値段が株価、合計金額が資本金と考えると良い。

続いて、企業の事例で同じように考えてみる。

(1)社長が株価1万円で1000株の会社を設立すると
株価1万円×1000株=1000万円の資本金となる。

(2)ベンチャーキャピタルから株価2万円で1000株の投資を受けると
株価2万円×1000株=2000万円の資本金が増える。

このとき、この会社は、資本金3000万円で発行株式数2000株になる。持ち株比率は、社長:ベンチャーキャピタル=1000株:1000株で50%ずつである。同じ会社の株式を社長は1000万円でベンチャーキャピタルは2000万円で手に入れたことになる。

このようにして、_株価をあげてベンチャーキャピタルからの投資を受けることで社長の持ち株比率を保ちながら、必要な資金を確保することができる。

これが資本政策の基礎である。

つまり、冒頭の楽天の三木谷社長も役員報酬でたくさんの資本金を会社に投資していったのではなく、高い株価で外部から資本を調達できた結果として、設立当初に投資した株価があがっていったのである。

では、どのようにして株価は決まるのか?

それは、すでに上場している企業の株価と比較して、自社の株価も決めていくことになる。上場している企業は利益も株価も公開されている。それと比較して、自社の利益にそって株価を決めていくのである。しかし、それは単純な比較ではなく、未来にどれだけの利益があがるのかという期待なども考慮されて決まっていく。またベンチャーキャピタルとの交渉によっても株価は変わるのだ。

同じような業種で、同じ利益をあげていても株価が全く異なることがある。同じ品種のリンゴが、近所のスーパーで買うのと、高級百貨店で買うので全く値段が異なるように。

近年では、私が講演で「当社は資本金1000万円からスタートして、2005年と2007年に合計1億4000万円の出資を受けて、資本金1億5000万円の会社になった」というと、「そんなにたくさん投資を受けて会社をのっとられたりしないのか?」という質問を受けることがある。しかし、実際には、当社の株式のうち70%近くを経営陣で保有しており会社がのっとられることなどありえないのである。

これらを理解していくことが資本政策の最初の第一歩であり、最も重要なことである。

伊藤一彦

1974年大阪生まれ。1998年大阪市立大学を卒業後、日本電気(NEC)入社。ベンチャー企業を経て、2002年営業創造を設立。2012年スマイル・プラスをグループに迎える。2016年にグループ全社を統合し、BCC株式会社代表取締役社長に就任。経営の傍ら中小企業診断士として公的機関での中小企業支援をおこなう。著書「【新訂3版】バランス・スコアカードの創り方(同友館、共著)」「ベンチャーキャピタルからの資金調達〈第3版〉(中央経済社、共著)」