本連載ではこれまで、2回に分けて、そもそもなぜ米国が、ロシア製エンジン「RD-180」に依存し続けてきたのかについて、そしてこのロシア製エンジンが使えなくなるかもしれない可能性が生じ、ロシア依存から抜け出すための動きが始まった顛末について紹介した。

こうした経緯で開発が決まった米国の新型基幹ロケット「ヴァルカン」だが、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)は、ロケットの開発と運用、販売は担当できるものの、エンジンの開発はできない。そのため、米国内の企業に開発の提案が呼びかけられ、それに2社の米国企業が応えた。

ひとつは、ネット通販大手のAmazon創業者ジェフ・ベゾス氏が率いる宇宙企業「ブルー・オリジン」。もうひとつは、アポロやスペースシャトルをはじめとする、米国の宇宙開発の黎明期からこんにちまでその歴史を支えてきた、そしてRD-180の"輸入代理店"でもあった「エアロジェット・ロケットダイン」である。

ブルー・オリジンが開発中の「BE-4」エンジン (C) Blue Origin

エアロジェット・ロケットダインが開発中の「AR1」エンジンの想像図 (C) Aerojet Rocketdyne

ブルー・オリジンの「BE-4」

ブルー・オリジン(Blue Origin)は2000年に、Amazon.comの創業者として知られるジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)氏によって立ち上げられた宇宙企業である。

ベゾス氏は最近、あのマイクロソフトのビル・ゲイツ会長をも超える世界一の大富豪になったとされ、また同じ富豪で実業家のイーロン・マスク氏も宇宙企業「スペースX」を経営していることもあり、その好敵手として紹介されることも多くなった。

ブルー・オリジンがRD-180の代替エンジンとして提案したのは、「BE-4」というエンジンである。エンジンが出す推力(パワー)はRD-180よりやや大きく、十分に代替できる。

ただ、RD-180が推進剤に液体酸素とケロシン(ロケット用の特製の灯油)を使うのに対して、BE-4は液体酸素と液化天然ガス(LNG)を使う。

LNGはメタンを主成分としており、原理的にはケロシンよりも高い性能が出せる。また価格も安価なので、ロケット全体のコスト削減にも役立つ。さらにススもケロシンよりは出にくいので、エンジンやロケットを再使用する際にも向いているといった特長をもつ。

また密度はケロシンよりやや低いものの、もうひとつのメジャーなロケット燃料である液体水素に比べては高いため、ロケットのタンク(機体)のサイズを小さくすることができる。少し専門的な言葉を使えば「構造効率がよくなる」といって、ロケット全体の質量に占める機体質量の割合を少なくすることができる。

つまり性能は液体水素よりも低いもののケロシンよりは高く、一方構造効率はケロシンにはやや劣るものの液体水素よりはるかによくなるという、ちょうど両者の中間のような性能をもっている。

一方で、常温で液体のケロシンとは違い、LNGは常温では気体になってしまうので、ロケットに搭載するために液体の状態を保つには、冷却し続けなければならない。ただ、酸化剤の液体酸素も同じように冷却する必要があるため、LNGの冷却そのものが難しいというわけではない。むしろ、LNGと液体酸素の冷却温度はほとんど同じなので、ロケットのタンクの設計や運用にとっては楽になる面もある。

また、LNGが蒸発してガスになることを逆手に取って、タンクを加圧するためのガスとして利用することもできる。ケロシンなどを使う場合は、加圧のためにヘリウムなどを使う必要があち、そのヘリウムのタンクや配管などを装備する必要がなる。しかし、LNGの蒸発ガスで自己加圧できるようにすればそれらが不要になり、軽量化や低コスト化につながる。

ブルー・オリジンの創業者ジェフ・ベゾス氏とBE-4の模型 (C) ULA

BE-4エンジンの試験機 (C) Blue Origin

一方、明確な短所としては、LNGやメタンはやや燃焼しにくく、そのためエンジンの燃焼室の圧力が上がりにくい、つまり性能が出にくいということが、過去にLNGエンジンの開発にたずさわったことのある人物によって語られている。そのためメタンを燃料に使うエンジンは、これまでソ連や米国、日本でもいくつか開発されてきたが、いずれも試作どまりで、実際にロケットに搭載されて打ち上げまで至った例はまだない。

これは技術的な問題であるため解決は可能なものの、しかし実際に解決し、実用化するためには、じっくり時間をかけて研究開発をしなければならず、とくに民間企業が挑む際にはリスクが伴う。それでもブルー・オリジンがLNGを選択したのは、LNGがもつメリットのほうを重視したという背景があるのだろう。

ブルー・オリジンは、このBE-4をヴァルカンだけでなく、自社で開発中の「ニュー・グレン」というロケットにも装備することを考えている。ニュー・グレンは徹底した低コストなロケットを目指しており、スペースXの「ファルコン9」のように第1段機体を海上の船で回収し、再使用することを考えている。ちなみにヴァルカンも、エンジン部分のみを切り離してパラシュートで降下させ、ヘリコプターで引っ掛けて回収、再使用するという計画がある。

つまり高性能かつ、低コストで再使用しやすいエンジンということを考えたとき、ケロシンや液体水素よりもLNGのほうが優れていることは明らかであり、ブルー・オリジンは開発が困難なことを承知の上で、LNGを選んだということだろう。

またエンジンの技術的にも、3Dプリンタを駆使して複雑な部品の製造や低コスト化が図られている他、エンジンを動かす仕組みには、酸化剤リッチ二段燃焼サイクルという、複雑ながら高い効率が発揮できる方法を採用している。

また、液体酸素をエンジンに送り込むポンプとLNGのポンプ、そしてそのポンプを動かすタービンは、すべて一本の軸でつながっている。多くのエンジンは、燃料ポンプと酸化剤ポンプをそれぞれ分けていることが多いが、その場合、もし燃料ポンプが故障で止まっても酸化剤ポンプは動き続けてしまい、エンジンに送られる燃料と酸化剤の比率が狂い、異常燃焼や爆発に至ることがある。しかし一軸式であれば、どちらかのポンプに異常が発生すれば、同じ軸でつながっているもう一方のポンプも強制的に止まるため、少なくとも爆発には至らない。

また、軸の数が少ない分、部品点数も減らせるため、コストが下げられるほか、整備もしやすいため再使用にも向いている。加えて、液体酸素とLNGでは、エンジンに送り込むのに必要なポンプの回転数がほぼ同じなので、一軸式にしやすいという理由もある。ただし、液体酸素とLNGが軸でつながっているということは、もしその間のシール(漏れを防ぐ部品)が破れれば、両者が混じり合い、爆発などの問題が発生する可能性もある。

ただ、低コスト化や再使用化はもちろん、将来的にニュー・グレンなどによる有人飛行も考えているからこその、この選択なのだろう。

BE-4の模型。液体酸素をエンジンに送り込むポンプとLNGのポンプ、そしてそのポンプを動かすタービンが、すべて一本の軸でつながっている (C) ULA

BE-4のプリ・バーナー(ポンプを動かすためのガスを作る装置)の燃焼試験の様子 (C) Blue Origin

エアロジェット・ロケットダインの「AR1」

一方、エアロジェット・ロケットダインが開発する「AR1」は、RD-180と同じくケロシンを燃料に使う。エンジンの推力はBE-4に少し劣るものの、RD-180よりはやや大きく、代替エンジンとして十分な性能をもつ。エンジンを動かすための仕組みも同じ酸化剤リッチ二段燃焼サイクルで、ほとんど米国版RD-180のようなエンジンである。

ただ、BE-4と同様に、製造には3Dプリンタが活用され、低コスト化などが図られており、単純に米国版RD-180とは呼べない、新技術の入ったエンジンになっている。

AR1の想像図 (C) Aerojet Rocketdyne

AR1の模型 (C) Aerojet Rocketdyne

エアロジェット・ロケットダインは、AR1の長所として、開発の確実性と、RD-180との互換性の高さを挙げている。

同社は、これまで米国製のロケットエンジンのほとんどの開発、製造を手がけており、ブルー・オリジンのような新興企業、それも大型エンジンの開発経験がない企業とは違い、長年にわたる実績も技術もある。また、RD-180の輸入を担っていることや、一時はRD-180の米国での生産も考えていたことなどから、大推力ケロシン・エンジンの開発に対する知見も多い。

また、推力などの性能がほぼ同じであることはもちろん、燃料にケロシンを使っていることで、RD-180とは高い互換性があるとしている。先に述べたように、BE-4が燃料に使うLNGの密度はケロシンより低いため、仮にアトラスVと同じ性能のロケットを造ろうとすると、タンクのサイズが大きくなってしまう。つまりBE-4を使う場合、タンクをはじめ、ロケットの設計を最初からやり直し、まったく新しいロケットを造る必要がある。

しかしAR1であれば、RD-180と同じ性能、そして同じ燃料であるため、既存の試験設備や打ち上げの地上施設が流用できる。極端なことをいえば、アトラスVからエンジンだけそっくりそのまま取り替えた、「AR1版アトラスV」のようなロケットにすることもできる(もちろん多少の改良は必要になるだろうが)。

一方でAR1は、BE-4のようなエンジンの再使用化は考えられていない。もちろん、米国でRD-180級の大推力ケロシン・エンジンを開発するというのは大きな挑戦ではあるものの、ケロシンとLNGとの特性の違いなどを考えると、BE-4と比べていささか保守的なエンジンである感は否めない。

しかし見方を変えれば、ロケットエンジンは低コストや再使用といったこと以前に、確実にロケットを打ち上げられること、そして今回に限れば、一日も早くロシア製エンジンから脱却することが絶対条件であり、その点では、BE-4の開発リスクに対して、保守的であることこそが大きな利点にもなる。

AR1の想像図 (C) Aerojet Rocketdyne

AR1のプリ・バーナーの燃焼試験の様子 (C) Aerojet Rocketdyne

参考

Blue Origin | BE-4
・(ec2-107-20-118-243.compute-1.amazonaws.com/be4)
AR1 Booster Engine | Aerojet Rocketdyne
Home | Launch AR1
ULA and Blue Origin Partner with Air Force for All-American Rocket Engine - United Launch Alliance
Aerojet Rocketdyne Industry leading 3D Printing Expertise Delivering Affordable AR1 Engine by 2019 | Launch AR1

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイト: http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info