本連載第5回では、連結子会社や海外拠点における、内部統制に必要な人材育成方法について述べた。最終回となる今回は、これまでのまとめとして、内部統制を業務改善に生かすための人材教育について、包括的に述べていきたい。多くの企業で2008年度の内部統制対応を乗り切り、2009年度の具体的な方向も定まったと思われる今、今後何をすべきかの参考にしていただければ幸いである。

内部統制対応になぜ「人材教育」が必要なのか?

従来の業務改善の延長線上に内部統制の活動を位置付け、最低限の通過点としてのみ内部統制活動をとらえる企業にとって、内部統制を活用した「業務改善」はまだまだ先の話であるようだ。

なぜ冒頭からこのような話をするのかというと、各企業の内部統制構築の状況を見ていると、骨格がきちんとできておらず、表面的な文書の準備だけ完璧にしたところが多く、「なんとでたらめな内部統制をしているのか」と思ってしまうからだ。

これまで述べてきたように、内部統制構築は、全社方針や業務プロセスを見直せるせっかくのチャンスであり、これを分からないまま「会社として今何をしていかなければならないか」が分かっていない企業が多いように感じる。

最終回となる今回、「業務改善に生かすための人材教育」をテーマとしたのも、変革の原動力となるのは、「自分の会社をこうしたい」とか「業務プロセスをもっと良くしたい」といった個々の社員の"思い"にほかならないからである。この思いを正しく聞き取って形にし、実現にまで至らせるためには、「人材教育」が最も重要となる。現在内部統制による業務改善に成功している企業は、このような人材教育を理解し、入社時から退職するまで教育を徹底して行い、人材をうまく活用できている企業であると思われる。

内部統制構築と業務改善の取り組み

内部統制構築は、社員の"思い"を正しく聞き取って形にし、実現させるための「人材教育」の実践の場としてうまく活用すべきであり、業務改善と合わせて実施することで、より有効な人材教育が行うことができる。少し整理すると、以下のような流れで実現が可能になる。

  1. 内部統制の構築によって、それまで経営者や担当者の頭の中にしかなかった全社方針や業務プロセスが文書化(見える化)される。

  2. 文書化されれば、現状の会社や業務の問題点が思った以上に浮き彫りになる。例えば、同じ業務であっても拠点によってばらつきがあり、業務に冗長な部分や非効率な部分があるなどの課題が顕在化してくる。

だが、現状行われている内部統制構築における業務フローの文書化は、基本的には"監査のための見える化"であり、「財務報告の信頼性に関わるリスクと統制手続き」を明示するだけの目的で実施されているのが実態ではないだろうか。

是非再考していただきたいのは、財務報告の信頼性の確保だけでなく、業務の流れの中で行われるプロセスについても、もう一歩踏み込んで、業務分析の過程で無駄とりの視点や問題発見の視点をもつことで、業務の標準化や効率化のために今何をすべきかを明らかにしてほしいということである。内部統制の四つの目的の一つである「業務の有効性および効率性」は、本来企業にとって非常に価値の高いものであるからだ。

しかし、すべての問題に対応するのは困難であることも事実である。そうした意味で、新しい業務の実施による効果の視点から問題を分類し、実現可能で費用対効果の大きいものから、できるだけ早期に対応するのが現実的だろう。つまり、対応の優先順位をつけて、継続的な業務改善が行える体制と仕組みづくりが重要となる。

内部統制による業務改善の「真の価値」

業務改善を実施するには、さまざまなハードルがある。無駄を省く、効率化を図るといった目的でシステム化を実施するにもコストがかかる。また、業務改善や標準化のためには、従来の仕事のやり方を変える必要もでてくる。

さらに業務担当者にとっては、切実な問題が数多くある。まず現状の問題点を明らかにし、業務改善によりどの程度の効果が見込まれるのか、企業にとってどれだけの費用対効果があるのかといった効果を明確にする必要があるだろう。

効果を明確にするための施策としては、特定の部門に限定した新業務のトライアルを実施し、あらかじめ課題の解決や微修正を行い、さらに実施前後の効果の比較を行った上で、新業務の効果が得られることを確認・評価し、その後全社展開をするといったプロセスが想定できる。

内部統制の構築は上場企業にとっての義務であるが、適正な内部統制を構築し、内部統制システムを維持・管理し、継続的な改善を行っていくことで、「業務の効率化」「企業価値の向上」「社会的信用の向上」といった効果が生まれる。業務改善とは、日常業務をより効率的・効果的に行うために、手段や方法を工夫し変えてゆくことである。企業の取り組むべき課題の「見える化」と、継続的改善につながる仕組みの構築こそが、内部統制の真の目的・価値といえる。

ここでも、内部統制による業務の文書化(見える化)の成果が役に立つはずである。

業務改善のための階層別の人材教育とは?

ここからは、内部統制を活用した、業務改善のための階層別の「人材教育」に必要なポイントを述べていきたい。各ポイントは、より効率良く内部統制を遂行することを目的として選んでいる。

具体的には、経営層では「経営とITの距離を縮める」、プロセスオーナーでは「プロセスオーナー制度の確立」、現場責任者では「現場責任者の本来の姿」、現場の社員では「改善虫」をポイントとしている。

ポイント1 : 経営とITの距離を縮める(経営層)

ITを有効に活用すべきであることを否定する人はほとんどいないと思うが、経営層が「ITがどれほど会社の経営に貢献しているか」「自社のシステムは本来のあるべき姿になっているか」を理解しているか疑問であることが多い。良く聞く話としては、「景気が悪くなるとすぐにシステム予算が削減されてしまう」というものがあるが、本来は顧客サービスの向上や社内業務の効率のためのシステム投資であるのに、予算削減は本当に正しい選択なのだろうか?

内部統制は経営層の責任であり、社内業務や内部統制を効率良く機能させるためには、まだまだITを活用すべき課題が多く残っている。そのためにも、経営層には、今まで以上にITに関心を持って「経営とITの距離を縮める」努力を期待したい。

ポイント2: プロセスオーナー制度の確立(プロセスオーナー)

内部統制の初年度対応を行ってきて、単語としての「プロセスオーナー」を使ってはいるが、本来の機能が発揮できているかどうかも課題の一つである。

本来のプロセスオーナー制度とは、各業務プロセスの所有者を定め、「有効性」や「効率性」その他の内部統制の目的を達成するために、業務プロセスを適切に「設計」「構築」「運用」「維持」「評価」する責任と権限を割り当てる制度である。この制度は、内部統制上も強力な全般的統制であり、組織レベルで導入・運用されることでより効果が最大限に生かされる。

制度の運用にあたっては、現場からプロセスオーナーに必ず情報が集まる仕組みと管理体制に過度に依存しないことと、現場の負荷のバランスを考慮した業務設計になっているかを、自ら判断する必要がある。一つでもバランスが崩れると、余計なリスクと業務効率が阻害されることになる。

この制度で最も危険なのは、プロセスオーナーが現場を無視して勝手にシステムを含めた業務プロセスを決定したり、組み立てたりしている場合である。プロセスオーナー制度は、現場とのコミュニケーションと信頼が成立している場合でのみ、生かされると言ってもいい。

ポイント3 : 現場責任者の本来の姿(現場責任者)

現場責任者は、文書上では「上長承認」と明記される職務であり、内部統制上最も重要なキーコントロールを行う業務を担っている。現場での内部統制の状況やプロセスの中身を隅から隅まで見ることができる立場だが、部下の作業負荷や作業内容を本当にどこまで把握しているかについてあらためて検討すべきであろう。現場責任者には、少しでも気になることがあれば実際に現場の中に入って行き、部下と問題の本質を紐解き、課題解決と業務改善を行うことが求められる。良き現場の理解者となり、疑問があればすぐに質問できる「なぜなぜ虫」になってほしい。

ポイント4 : 「改善虫」になる(全社員)

どんな職種であろうと、必ず業務プロセスがある、プロセスがあると必ず課題がある。そこで、全ての社員においては、言われなくても自ら改善をし続ける「改善虫」になってほしい。

どんなことから始めてもいいのだが、内部統制の観点での効率化をポイントとして例示してみる。マニュアル統制が多く帳票による運用が多い場合、帳票設計を見直し、まずは最近使用しなくなった不要項目の削減や、文書化した業務フローの流れで記入項目の順序を並び替えるだけで、迅速化とムダを省くことによるコスト削減ができるようになる。さらには、ITの活用によるスピードアップなどで、「社員のモラル」「製品」「品質」「コスト」「業務ルール」「職場環境」など、企業におけるあらゆることが改善の対象となる。こうした活動が定着するころには、「改善虫」による内部統制活動も当たり前の状態にきっとなっていることと思われる。

急激な業務改善の弊害と「やりすぎ」の落とし穴

SOX法は企業改革法ともいい、近年「改革」という言葉がもてはやされている。だが、1から10まで一気に改革を実行するのではなく、日々の業務改善の積み重ねにより、1から2、2から3と、一つ一つ積み上げてゆく必要がある。あまりに急激な変化は、反発をかい結果として失敗することも多く、また長続きしない。また、経営者がいくら声高らかに、「改革」を叫んでも、社員が目的も分からず、内容を理解できなければ結局は業務改善ができないことになる。一気に理想的な状態に持っていくことは必ずしも適当ではなく、各企業の現状や投入できる資金や人材、時間などを考慮した上、身の丈にあった目標とスケジュールを立て、若干のゆとりを持って取組むことが必要である。

また、ここ数年の内部統制の構築に伴って、仕事の煩雑さや使用帳票や保管資料が増えたという話をよく聞く。内部統制を強化すればするほど、業務効率が落ちてしまうという事態に陥ってしまう例も少なくない。内部統制の構築には、事前の対策によってリスクを未然に防ぐという側面があるが、すでに業務としてきちんとチェックが行われているのであれば、実施できている内容をきちんと整理し、監査法人と相談しキーコントロールから一般コントロールに変更すべきである。

内部統制の強化が業務の効率化を妨げる最大の理由は、何でもかんでもチェックする統制だけでは限界があり、運用に問題がなければ条件を設定し例外的なケースのみチェックする統制を実施すべきである。内部統制を強化すればするほど、チェックする内容が増え、日常的な業務の効率まで落としてしまっている背景には、こうした事情がある。

「内部統制による業務改善に終わりはない」

内部統制の強化には、「人的コントロール」から「システム的コントロール」へ、「発見的コントロール」から「予防的コントロール」に変えていくことが有効な手段である。しかし、最も重要なことは、適切に構築された業務プロセスとシステムをいかに定められたルールどおりに「人」が運用するかという点にある。

本当の意味での内部統制の強化のためには、社員全員の意識改革・モチベーションの向上が不可欠である。そのためには、これまで述べてきたような、「絶え間ない人材教育」が必須である。「内部統制による業務改善・人材教育に終わりはない」という言葉をもって、本連載の結びとしたい。