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ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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同じ教材ビデオを見せてくれた伊藤先生

中学時代、理科の伊藤先生という、もうすぐ定年を迎える初老の教師がいた。通勤時の自転車を漕ぐスピードがそこら辺の軽自動車と並走するほど速く、生え際が年々後退してきているのは、その風圧のせいではないかと囁かれていた。決して若くなかったからか、記憶力がちょっと乏しくなっており、授業が始まってから「ここ、こないだやったっけ?」と生徒に尋ねてくるのだった。時たま、一時間まるごと教材ビデオを見せる授業があり、こちらにとってはほぼ自習のような時間になったから、僕たちはクラスで結託して、もう1回同じ教材ビデオを見られるように「こないだ見たっけ?」という伊藤先生の問いに「まだですねー」とクラス中でしらを切っていた。狙い通り、2度目の教材ビデオ「光合成とは?」を堪能することができた。

「会社は明日から?」「はい、明日からです。現実に戻ります」

まさか先生は目の前の生徒が2度目の光合成を堪能しているとは思っていない。普通に考えれば授業カリキュラムが他クラスよりも遅れたはずなのだが、その手の齟齬を記憶していないのは、もしかして全4クラスで各2回ずつ、通算8回の光合成が放映されたからなのだろうか。だいぶシチュエーションは違うはずなのだが、GWや年末年始のタイミングで繰り返し放送される「帰国ラッシュ」の映像を見かけると、なぜだか伊藤先生のことを思い出す。思い出す仕組みは分からない。無理やり共通項を挙げれば、「ってゆうか、もうどんな内容か知ってるし」と、画面の前の人間が優位性を持っていることくらいだろう。

映像を提供する側は「今、こんなに混雑しているんです!」と前のめりな態度だが、こちらは「それ、毎度お馴染みなんで、もう知っています」と呆れている。空港での帰国ラッシュの映像はいつも同じ作りをしている。大きなキャリーバッグを載せたキャリーカーに寄りかかるように疲れた子どもが寝ていることを知っているし、マイクを向けられた妻が「ハワイに6日間ほど。おかげ様でゆっくりできました」と答えることを知っているし、マイクを向けられた旦那が「会社は明日から?」と問われて「はい、明日からです。現実に戻ります」と答えることを知っている。

別の帰国理由を挟み込むべきではないか

伊藤先生の光合成ビデオの再放送は皆から待望されたが、帰国ラッシュの映像のリフレインはそんなに待望されているのだろうか。テレビ局の映像保管庫に出向き、各年の帰国ラッシュの素材を見比べたいくらい、これほど変化に乏しい映像も珍しい。5年前と現在、街中インタビューならばファッションが変わるし、年末の列島各地の風景ならば、その年の顔を題材にした「変わり羽子板」で変化がわかる。あの羽子板が100%の確率で「もう1歩」な出来なのもいつか議論したいが、帰国ラッシュの映像はその年だと特徴付けるものが皆無。キャリーバッグを「今年は青がトレンド!」と毎年買い替える人はいないし、飛行機の中で過ごしやすい格好って基本的には何十年も変わらない。今年も、どうせ明日から会社だし、現実に戻らなければいけないのだ。

ニュース番組に数分挟まれるあの映像の不変っぷり。入国したばかりの外国人に何しに日本に来たのか尋ねる番組が流行っているのだし、あの映像にも別の帰国理由を挟み込んだら興味深いはず。「いえ、自分探しの旅に出ていたら、たまたま帰国ラッシュとかぶってしまって……」と漏らす、まだ自分を探しきれていない青年を掴まえるのもいいし、「いえ、学生時代にお世話になったホームステイ先を探しに行ったんですが、巨大なショッピングモールになっていまして見つかりませんでした」と寂しげな誰かの表情を映すのもいい。しかし、どの番組も冒険しない。必ず、「明日から現実に戻るパパが引っ張る巨大なキャリーバッグ」を捉えるのだ。

「帰国ラッシュを撮らせたらコイツ以外いない」名ディレクター

とても細かい指摘をしておく。GWのUターンラッシュのニュースは、まずは高速道路の混雑具合、その次に新幹線の混雑具合、その後に海外旅行からの帰国組という流れが通例だが、その後、半々くらいの確率で「なお、飛行機の国内線もほぼ満席となっており、今日いっぱいは混雑が続きそうです」と締めくくることがある。そのナレーションの背景に流れる映像は、飛行機が飛び立った瞬間であることが多い。福岡空港を離陸する飛行機ならば、キチンと画面の隅に「福岡空港」とクレジットが出るのだが、ごく稀にクレジットが出ない場合がある。その「これからどこかへ飛び立とうとする飛行機」の映像って、成田か羽田、ではないのか。つまり、「むしろ、GWの終わりに出かけたほうが航空代が安いから」と判断した人々が搭乗している飛行機という疑い。明日からお父さんは現実に戻ると言っているのに、彼らはすっかり現実逃避だ。

各局に、「帰国ラッシュを撮らせたらコイツ以外いない」という名ディレクターがいるのだろうか。顔の疲れ具合、家族構成、荷物の大きさから推察する行き先と日数、このベストミックスを即座に判別できるそいつは、GWが終わる頃になると「そろそろ出番かな」とフロアでそわそわし始める。……と、そんな存在を邪推したくなるほど、帰国ラッシュのインタビューは画一的だ。あの時、ボクらは伊藤先生に「同じの見ましたよ」と言わなかったけれど、今回は言う。ボクらはもう、帰国ラッシュの同じような映像を何度も見ています。もうさすがに、別のが見たいんです。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ