---------------------------------------------------------------------------
ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
多くの媒体で注目を集めるライター・武田砂鉄さんが、
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
---------------------------------------------------------------------------

「突然の雨」が突然すぎる

昼ドラの照明が作り出す自然光はいつまでも不自然なままだ。なにかと既存のセットで済ませておきたい台所事情はあるにせよ、例えば夕陽が差し込むシーンでは、明らかに夕陽が差し込みすぎている。どこよりも住居が密集している下町を舞台にした人情ドラマなのに、斜め45度の角度でストレートな夕陽が居間に差し込んでくる。

突然の雨は、本当に突然降ってくる。「ゲリラ豪雨」という言葉が馴染む前から、テレビドラマの雨は常にゲリラ的だった。もしも、商標登録ならぬ「シチュエーション登録」が存在するならば、「突然の雨」を登録した誰かは、ただちに「株式会社 突然の雨」で起業するべきだろう。突然の雨にはそれくらい安定した需要が見込まれている。

「営業マンは突然の雨をビジネスバッグで除けるか」問題

突然の雨は、決まってこのように映し出される。地面にポツンと落ちた水滴、1秒後にポツンが5滴、3秒後に10滴、5秒後に30滴と増え、20秒後には周囲の人が総じてどこかに向かって駆け出すほどの豪雨になる。傘を持っていないサラリーマンは、合皮のビジネスバッグを傘がわりにして突然の雨を除けようとするが、私の実地調査によれば、実際の突然の雨では、小型PCや契約書類等が入っているバッグこそ雨から守ろうとする傾向が強い。 雨と同時に雷が鳴るのがお約束だが、東京での年間降水日数が100日弱なのに対して、雷が発生した年間平均日数は12.9日である(『【大人のための図鑑】気象・天気の新事実』木村龍治・監修/新星出版社)。つまり、ドラマでは雷が鳴りすぎている。

フラれた日は往々にして折り畳み傘を持っていない

小説雑誌の新人賞の作品を下読みしているライターから愚痴られたことがある。いたって平凡で味気ない応募作が無理やり話を劇的に動かそうと試みる時、やたらと主人公がリストカットし始めるのだという。応募者はオリジナルなものを書いたと思っているに違いないが、退屈なリストカットストーリーが蓄積されていく。話の展開に困ったらリストカットって、本当に困っている人に失礼である。突然の雨を降らしておこう、という判断もこれに似ている。

突然の雨はいつ降るか。大きく分けると2つ。心情の高まり、もしくは落ち込みに合わせて降る。友達以上恋人未満の間柄がやっぱり恋人になる運命だったんだと互いに気付いた場面では、突然の雨が降りやすい。この時、傘を敢えてそこら辺にほっぽらかし、ずぶ濡れの中で抱き合うことを選ぶ。失恋や離縁や解雇や訃報といった失意の場面でも突然の雨が降る。今日は恋人から別れ話を切り出されるかもしれないと勘付いていてもいなくても、天気予報くらい確認して出かけるはずだが、フラれた日は往々にして折り畳み傘を持っていない。ずぶ濡れに耐えなければいけない。

大規模な積乱雲が発達しないので、夕立は大雨にはならない

皆さんがどのような時間帯に愛の告白をしているのかは存じ上げないが、早朝から告白する人はいないだろうし、ランチタイムも不向きなはず。「告白」と「突然の雨」が絡み合うシーンは、(夜では雨の度合が映し出せないから)必然的に夕方が多くなる。

ここで、夕立とゲリラ豪雨の違いを学習しておきたい。ゲリラ豪雨の難点は、地域や時間の事前予報が難しいこと。これが夕立との大きな違い。積乱雲が発生してからでないと、ゲリラ豪雨の発生が読めないのだ。『天気と気象 異常気象のすべてがわかる!』(佐藤公俊・著/木本昌秀・監修/学研)によれば、「夕立は地表面の暖まる午後に生じるが、ゲリラ豪雨が起きる日は朝から強いレーダーエコー(レーダー受信された電波)が点在するのが特徴。夕立は大規模な積乱雲が発達しないので、被害を生む大雨にはならない」という。昼ドラが得意とする「バケツをひっくり返したような夕立」はそもそも起きにくいし、夕立は当日の天気予報でもある程度予測されている。しかし、ドラマの中では誰も傘を持っていない。

「この突然の雨はドラマ上の演出です」

となると、傘も持たずにずぶ濡れになっている人が浴びている「突然の雨」は、夕立ではなくゲリラ豪雨である可能性が高い。これはとっても危険だ。友達以上恋人未満の間柄がやっぱり恋人なんじゃないかと互いに気付いたからといって、挿入歌のバラードを流しながら、橋の上で抱き合っている場合ではない。いち早く避難するべきだろう。

ドラマが徹底的にリアルである必要もないとは思うが、「突然の雨」は場面転換としてさすがに使われすぎている。少なくとも、突然の雨はそんなに頻繁に降らないし、もしも突然の雨が降ったならば、足早にどこかへ避難するべきだ。最近、やたらと「これはCM上の演出です」とテロップを入れるCMが目立つが、あれは過剰なクレームをあらかじめ避けるため。まったく呆れてしまうが、ならば今度は「この突然の雨はドラマ上の演出です」と入れてみてはどうだろう。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ