2001年にJR東日本が「Suica」を導入して以来、ICカード乗車券の利用範囲は拡大し、鉄道利用者に定着した。現在は関東の私鉄や公営交通が導入した「PASMO」とも提携し、首都圏のほぼすべての駅でICカード乗車券が使える。

JR南武線(浜川崎支線)の小田栄駅と川崎新町駅

ところが、JR南武線で隣り合っている小田栄駅と川崎新町駅の間だけを利用する場合は、ICカード乗車券を利用できないという。変な話だ。実際に行って確認してみた。

南武線は神奈川県川崎市と東京都立川市を結び、本線にあたる川崎~立川間は35.5kmの複線電化路線だ。川崎市・立川市への通勤路線であり、さらには東京都心から放射状に伸びる路線をつなぐ役割を持つ。現在の使用車両は通勤タイプのE233系と209系である。6両編成で、通勤時間帯は混雑し、日中の利用客も多い。

これとは別に、川崎市内の尻手駅と浜川崎駅を結ぶ4.1kmの支線がある。通称は浜川崎支線だ。こちらは205系2両編成と短いながらも、京浜工業地帯への通勤路線として重要な路線となっている。

小田栄駅と川崎新町駅は浜川崎支線にある。小田栄駅は南武線で最も新しい駅で、2016年3月26日のダイヤ改正に合わせて開業した。無人駅で、きっぷの自動販売機もない。ホームの入口に簡易Suica改札機(ICカード乗車券をタッチする機械)がある。ほとんどのお客さんはICカード乗車券やSuica定期券を使うから、これで問題ないのだろう。

ところで、掲示されているポスター「小田栄駅 ご利用案内」にこんな文章があった。

(注)川崎新町駅までご利用の場合、ICカードはお使いいただけません。
(乗車駅証明書をお受け取りいただき、川崎新町駅で浜川崎からのきっぷの運賃をお支払いください)

たしかに隣の川崎新町駅へ行く場合はICカード乗車券を使えない。きっぷの販売機もないので、乗車駅証明書を受け取って降りるときに精算するわけだ。簡易Suica改札機の横に乗車駅証明書発行機も置いてある。これは川崎新町駅へ行く人専用というわけではなく、ICカード乗車券を持っていない人、ICカード乗車券エリア外の駅に行く人も使う。

川崎新町駅にも行ってみた。こちらはきっぷの自動販売機がある。そして簡易Suica改札機に注意書きが貼ってあった。

「小田栄駅」までご利用の場合 ICカードはお使いいただけません(タッチもしないでください)
自動販売機で小田栄駅までのきっぷをお買い求めの上、ご利用ください。
「定期券」部分で「小田栄駅」までご利用の場合は、ご利用可能です。(タッチしてご利用ください)

やはり、川崎新町駅から小田栄駅へ行く場合もICカード乗車券を使えない。ただし、きっぷの自動販売機はあるから、きっぷで乗車し、小田栄駅できっぷを回収箱に入れる。

川崎新町駅と小田栄駅は便宜上、同じ駅だった

「Suica」は日本のICカード乗車券の元祖だ。2001年4月8日に埼京線で試験的な運用が始まり、同年11月18日から当時の東京近郊区間424駅でサービスが始まった。「PASMO」との相互利用が始まったおかげで、首都圏のすべての駅でICカード乗車券を使って乗降りできるようになった。もちろん南武線も全駅で「Suica」に対応している。

ただし「Suica」使用可能エリア内でも、川崎新町駅から小田栄駅へ、小田栄駅から川崎新町駅へ行く場合はICカード乗車券を使えない。その理由は、小田栄駅が便宜上、川崎新町駅と同じ駅として扱われているからだ。「Suica」は入場券としては使えないので、「Suica」で入場した駅から「Suica」で出られない。それと同じ理由である。

小田栄駅は川崎市とJR東日本の提携によって設置された。駅周辺は工場跡地に高層マンションが建つなどにより、人口が急増した。この地域からは川崎駅行のバスしかなく、運行頻度を高めても需要に追いつかず、これ以上バスを増やせば川崎駅前の渋滞を増やしかねない状況だったという。川崎市にとっては住民の利便性向上、JR東日本にとっては鉄道利用客の増加につながり、双方の利益が合致した。

駅の設置については、なるべく費用を抑えるため、駅前広場を設けず、道路区画の整理もしなかった。なるべく設置面積を抑えるため、プラットホームも簡易な構造とし、上り用と下り用を離して踏切を挟む形になった。

そして新駅開業にともなう運賃計算システムの改修費を節約するため、小田栄駅は川崎新町駅とみなして扱うことになった。つまり、周辺の各駅から小田栄駅までの運賃は川崎新町駅までとして扱う。小田栄駅から各駅への運賃も川崎新町駅から乗車したものとみなす。だから小田栄駅の乗車証明書には「川崎新町駅」と印字されている。

しかし「小田栄駅から乗り、川崎新町駅で降りる」、あるいはその逆の場合は、1区間だけ乗ったことになり、1駅分の運賃がかかる。入場券も1駅分の料金なので、乗客にとって損ではない。ただし本来、ICカード乗車券で乗れば133円のところを、きっぷの運賃は140円だから、7円の損ともいえる。

乗客にとって不便なところはもうひとつ。小田栄駅で乗車証明書を受け取り、川崎新町駅で降りる。日中なら窓口で精算できるけれど、早朝夜間の川崎新町駅は無人だから精算できない。ワンマン運転を行う列車の運転士に声をかけて支払う必要がある。

もっとも、川崎新町駅と小田栄駅は直線距離で700mほど。徒歩で約10分だ。この区間だけを電車で移動する人は少ないと思われる。