もうすぐ梅雨明け、そして夏本番。冷房の効いた電車は快適だ。ところで、昔は電車の天井に扇風機が付いていた。羽根だけではなく、本体ごとグルングルンと回る。車内の暖かい空気が天井に上っていき、それを扇風機が吹き下ろす。だから清々しい風ではなかった。乗客はなまぬるい風を浴びたものだった。良くいえば「身体に優しい風」だ。

最近の電車で扇風機を見ることは少なくなった。なぜ扇風機は消えたのだろう。クーラーがあるからに決まってるじゃないか、という単純な話ではない。クーラーがある電車でも扇風機があった。扇風機が消えた理由は、クーラーの設置方式と冷気吹き出し方式が変わったからだ。

集中式冷房装置と分散式冷房装置

1960年代後半から家庭用クーラーが普及し、カラーテレビや自動車と合わせて「新・三種の神器」と呼ばれた。当時の国鉄や大手私鉄も、大混雑で熱地獄になった通勤電車に冷房装置を搭載し始めた。

ここで、冷房装置の搭載方式が2つに別れた。集中式と分散式だ。集中式は車両に大型の冷房装置をひとつ取り付ける。分散式は複数の小型冷房装置を取り付ける。これは電車の屋根の上を見ればすぐにわかる。

国鉄が初めて採用した電車用冷房装置は分散式。1956年に登場した東海道本線の電車特急「こだま」用の151系だ。小型で冷房能力は小さいため、複数設置する必要がある。しかし、これは逆に、1台が壊れても他の機械で補えるという利点がある。また、稼働音が小さいというメリットがあった。分散式はその後、当時の急行用車両の2等車(現在のグリーン車)に採用されていく。実績を重ねて進化し、量産効果で低価格になっていく。

集中式は通勤電車として開発された103系に採用された。1972年の新製車両から搭載され、後に既存の非冷房車両も改造された。1台あたりの価格は高い。ただし、ひとつの車両に1台のため、製造時の取付け工程が少なく、メンテナンスも楽だ。大量に製造される通勤電車にふさわしい方式といえる。

ただし、設置場所が1カ所だから、車両全体を冷やすためにエアダクト(通風管)を使って冷気を行き渡らせる必要がある。この冷気吹き出し口はファンデリア、またはラインデリアと呼ばれている。ファンデリアは照明のシャンデリアに送風機能をつけたという意味。ラインデリアは送風機能のみ、ライン(線)状になっているという意味だ。

集中式はエアダクトを併用する

集中式冷房装置は屋根上の重さも集中する。搭載するには車体の強度とエアダクトが必要だ。したがって、集中式は新車で作るときに向いている。非冷房車両を改造する場合は、車体の補強やエアダクトを設置するために、改造の手間や費用がかかる。

そこで、既存の車両を冷房化する場合は、分散式の採用率が高かった。非冷房車は扇風機を搭載していた。冷房化改造するときに扇風機を残した。こうして、冷房装置と扇風機を両方搭載する車両が増えた。初めから分散式を採用した電車でも、扇風機を搭載した電車もあった。通勤電車の過酷な混雑では、分散式を採用しても、さらに扇風機を併用して冷気をかき混ぜる必要があった。

分散式と扇風機を併用して空気を混ぜ合わせる

集中式と分散式の両方の利点を持つ「集約分散式」もある。冷房装置を複数搭載し、ラインデリアで冷気を行き渡らせる方式だ。集中式より装置は小さく、1台が故障してももう1台が稼働するため、システムの二重化もできる。技術の進歩で小型軽量化も進んだ。トンネル断面の小さな地下鉄銀座線でも、01系や1000系は屋根に2機の冷房機を搭載する集約分散式を採用している。

集約分散式

最近の新製電車のほとんどは集中式、あるいは集約分散式で冷房装置を搭載している。冷風の送り込みはラインデリアを使う。一方、冷房化改造で扇風機を残していた車両は寿命を迎えて廃車となった。こうして電車内の扇風機は廃れていった。もっとも、ラインデリアも横型のファンが回っており、広い意味では扇風機だ。正しくは「最近の電車から丸い扇風機が消えた」というべきかもしれない。