鉄道雑学の基本のひとつが「電車の形式を表す記号」だ。「クハ」「モハ」「サハ」というカタカナである。もともとは国有鉄道を管轄する鉄道省が制定し、その後の日本国有鉄道、そして国鉄を継承したJRグループにも受け継がれた。私鉄にも採用例がある。ただし、JR四国の新型車両には使われていない。とくに法律で義務づけられているわけではないし、車両記号や番号は、使う側が管理しやすければそれで良い。

山手線E231系。1号車から順に「クハ」「モハ」「モハ」「サハ」「モハ」「モハ」「サハ」「モハ」「モハ」「サハ」「クハ」の11両編成(写真はイメージ)

電車の場合、「ク」は制御車、「モ」は電動車、「ハ」は普通車を示す。ここまではよく知られているけれど、その文字になった理由をご存じだろうか? 「ハ」は座席の等級を表す記号で、「イ」「ロ」「ハ」の「ハ」。つまり3等車という意味だった。「イ」は1等車。「ロ」は2等車で、現在はグリーン車になる。この「イ」「ロ」「ハ」については当連載第222回でも紹介した。

「ハ」の前の「ク」「モ」「サ」は車両の機能を示す。「ク」は運転台が付いた「制御車」。「モ」はモーターが付いた「電動車」、「サ」は運転台もモーターも付かない「付随車」だ。これらを組み合わせると、「クハ」は運転台が付いている普通車、「モハ」はモーターが付いた普通車、「サロ」は運転台もモーターもないグリーン車となる。

たとえば、山手線の電車は「クハ」「モハ」「サハ」で編成されている。上野東京ラインの2階建てグリーン車は「サロ」だ。運転台とモーターの両方が付いている普通車は「クモハ」、1両の半分がグリーン座席という車両は「サロハ」となる。記号として使われるカタカナを見れば、その車両の機能や用途がわかるというわけだ。

ここまでが基礎知識。しかし、それぞれの記号の由来まで知る人は少ない。あるいは、誤解している人も多い。「ク」「モ」「サ」は一体どんな由来だろう?

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「モ」は最もわかりやすい。「モーター」の「モ」だ。モーターが付いて、列車を動かす車両が「モ」。普通車なら「モハ」だし、グリーン車は「モロ」となる。グリーン車はたいてい「サロ」で、「モロ」は少ない。モーターのある車両は音が大きいし、微振動もある。上級座席にはモーターがなく静かな「サロ」が適しているという考え方だ。

「ク」はどうか。筆者は長い間、「クルマ」の「ク」だと思っていた。運転台があって、ハンドルがある。そんなところが自動車に似ている。しかしこれは間違いだった。「駆動車」の「ク」という説もあるけれど、これも怪しい。「クハ」にはモーターが搭載されていないから、駆動はできない。「クモハ」は駆動するけど、それは「モ」のおかげだ。コントロールを転じて「クォントロール」という説もあるそうだけど、かなり苦しい。

じつは、「クハ」の「ク」の由来はとても単純。「くっついて走る」である。もう少し難しく、もっともらしい意味があるかと思ったら、笑ってしまうほど単純だった。鉄道図書刊行会が1959(昭和34)年に販売した『鉄道用語小辞典 1958年版』に記載されている。「ク」が何にくっついているかといえば、「モ」だ。モーター付きの車両にくっついて、制御装置でモーターの出力を調節するわけだ。

「サハ」「サロ」の「サ」の由来は「差しこむ」である。モーターがないから床下が「さっぱりしている」ではない。運転台のない中間車で、モーターも付いていない。電車に連結するとき、先頭車にも最後尾にもならない。いうなれば客車で、編成の中間に差しこんで使う。だから「差し込む」または「差し挟まれる」の「サ」となったようだ。

この車両記号は電車に限らず、鉄道車両全般に使われた。だからディーゼルカーや客車もこの規則に準じている。ただし、ディーゼルカーは独特のルールがある。まず、運転台の有無にかかわらず「キ」がつく。「気動車」の「キ」だ。そしてエンジンが付いている車両に「ク」は使わない。気動車は1~2両という短い編成で使うから、基本的には「運転台が付いている」という前提である。

ただし、エンジンが付いていない制御車は「キク」となる。エンジンが付いていない付随車は「キサ」だ。エンジンがないなら「ク」「サ」でも良さそうだけど、「クハ」「サハ」では電車と区別できないので、最初の文字に「キ」をつける。「キクハ」といえば、「気動車系列だけどエンジンを搭載しない制御車の普通車」となるし、「キサロハ」といえば、「気動車系列だけどエンジンを搭載しない付随車で、グリーン座席と普通座席がある」車両を示す。

車両記号を覚えると、その車両の機能や用途がすぐわかる。でも、記号のルールはややこしい。JR四国がカタカナ記号をやめた理由も、数字だけの車両番号でシンプルに管理したいから……かもしれない。

※写真は本文とは関係ありません。