当連載第178回で、「バスしか来ない駅」として富山県の室堂駅を紹介した。バスしか来ないといっても、そのバスはトロリーバス。鉄道事業法では鉄道路線に分類される。ところが、広島県には列車もバスも来ない「駅」がある。その駅を発着するのは船だけだ。プラットホームはなく桟橋がある。だけど鉄道のきっぷも買える。いったいどんな駅だろう? どうして「駅」と名乗っているのだろう?

船しか発着しない。でも「駅」……?

船しか発着しない「駅」、それは広島県廿日市市宮島町の宮島駅だ。所在地から推察される通り、この駅は安芸の宮島、有名な厳島神社の近くにある。この島には鉄道はない。過去にも鉄道路線はなかった。ただし、この島の「駅」は他に3つもある。宮島ロープウェーの紅葉谷駅、榧谷駅、獅子岩駅だ。こちらもロープウェーの駅だから列車は来ない。ゴンドラが発着するだけだ。もっとも、ロープウェーは各地にあるし、発着所は「駅」と呼ばれている。だからこっちは珍しくない。やっぱり「船しか来ない宮島駅」のほうが珍しい。船しか来ないなら「港」ではないか? どうして「駅」になってしまったか?

鉄道連絡船だから「駅」となる

宮島駅が「駅」である理由は、ここに発着する船に理由がある。この船はJR西日本の関連会社、JR西日本宮島フェリーが運行している。2009年まではJR西日本の直営だった。さらにさかのぼって、1987年にJRグループが発足するまでは、この航路は国鉄が運航していた。船でありながら列車扱いの「鉄道連絡船」だった。路線名は「宮島航路」だ。

宮島航路で活躍する鉄道連絡船。JRの文字が見える(写真はイメージ)

鉄道連絡船とは、鉄道会社が運航する航路や船である。本当は鉄道で輸送したいところだけど、川幅が広すぎたり海峡だったりして鉄橋を架けられない場所がある。そこで列車に接続する船を運航する。鉄道会社が運営しているから、運賃は鉄道も航路も通算される。「宮島航路」は日本で最後の鉄道連絡船だ。全国から宮島へ鉄道で行きたい。だけど宮島に鉄道を建設できない。そこで鉄道扱いの航路とした。

日本の鉄道連絡船として、最も有名な航路は「青函航路」「青函連絡船」だった。大型のフェリーを使い、中部デッキには線路が設置されて貨車や客車を積み込める。文字通りの海の線路だった。青函トンネルが開通するまで、北海道と本州を結ぶ重要な鉄道路線だった。営業キロが設定されていたため、乗車券は本州と北海道の間で通算できた。

瀬戸大橋が建設されるまで、本州と四国を結ぶ「宇高連絡船」もあった。宇高連絡船を補う位置に「仁堀航路」もあって、広島県呉市の仁方港と愛媛県松山市の堀江港を結んでいた。トンネルや鉄橋の技術が確立するまで、日本にはもっとたくさんの鉄道連絡船があったという。関門トンネルが建設されるまでは関門連絡船があった。日本で最も古い鉄道連絡船は琵琶湖にあり、東海道本線が全通する前に長浜駅と大津駅を結んでいたという。

宮島フェリーは「青春18きっぷ」「秋の乗り放題パス」も使える

鉄道連絡船は鉄道と接続するから、出発港・到着港のどちらにも、桟橋付近に鉄道駅がある。ただし、宮島航路はちょっと特殊だ。鉄道輸送を中継する目的ではなく、当初から観光目的で、宮島の人々の生活手段としての航路であった。その理由は、もともと山陽鉄道が運行していた航路だったからだ。山陽鉄道が本州側に線路を敷き、宮島の対岸に駅を作ると、地元の実業家が宮島航路を開設した。後にこの航路を山陽鉄道が買収する。

山陽鉄道が国有化されて山陽本線になったとき、宮島航路も官営鉄道の管轄となり、官営鉄道が運行する航路となった。これを日本国有鉄道が継承した。鉄道路線を結ぶ目的ではなかったけれど、鉄道が運航する船だから鉄道連絡船というわけだ。鉄道連絡船の発着場は港ではなく、駅である。そこで宮島桟橋も、港ではなく「駅」として扱われた。鉄道の駅だから、全国から宮島行の乗車券を購入できる。宮島駅からも全国の駅へ向けた乗車券を発売した。

国鉄からJRに変わり、宮島航路はJR西日本が運行した。しかし赤字が大きいため独立採算に移行する方針となり、JR西日本フェリーが発足した。それでも鉄道連絡船としての機能は残っている。全国から宮島駅まで通しの乗車券を購入できるし、「青春18きっぷ」や「秋の乗り放題パス」「フルムーン夫婦グリーンパス」などで乗降できる。宮島駅の窓口ではJRの長距離きっぷも購入できるという。

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