いつからか、「鉄道ファン」を「テツ」と呼ぶようになった。「撮り鉄」「乗り鉄」など漢字の「鉄」で表記する場合もある。でもじつは、この「鉄」を好ましく思っていない鉄道会社がある。……といっても、「鉄道ファンが嫌い」というわけではない。「鉄」の字が嫌いという話である。

JR東日本のスマートフォン向け公式サイト

新卒採用マイページ

たとえば、JR東日本だ。私たちはいつも、「JR東日本」と呼んでいるし、駅や公式サイトの表示も、「JR」マークのそばに「東日本」の文字が入る。しかし正式名称は、「東日本旅客鉄道株式会社」だ。そしてロゴマークも、「JR東日本」だけではなく、「東日本旅客鉄道株式会社」のデザインが用意されている。だけど、あんまり使われていない。

それでは、スマートホンのWebブラウザーで、JR東日本のサイトを表示してみよう。上部の「JR東日本」のマークの右側に、「東日本旅客鉄道株式会社」とある。これは文字ではなく、ロゴマークだ。PC版のサイトだと、新卒採用向けの「マイページ」の左上に表記されている。

この「東日本旅客鉄道株式会社」のロゴマークをよく見てほしい。「鉄」の字がちょっと違う。正しい漢字は「金」へんに「失」だけど、このロゴマークは「金」へんに「矢」になっている。つまり、「鉄」の字が嫌い、というわけだ。なぜ、「失」ではなく「矢」になっているか? お察しの通り、「金」を「失う」では縁起が悪いから。「矢」には「目的地に向かって一直線に飛ぶ」というイメージがあり、スピードを連想させるから。

ちなみに、他のJRグループのロゴマークも調べてみると、JR四国は「鉄」と正しい字を使っていた。JR北海道は「矢」、JR東海も「矢」、JR西日本も「矢」、JR九州も「矢」だった。JR貨物も「矢」だ。JRグループの研究機関、公益財団法人「鉄道総合技術研究所」も「矢」。指定券予約システム「マルス」などを運営する「鉄道情報システム」も「矢」だった。

こうなると、なぜJR四国だけが「失」になったか知りたいところだけど、きっと「正しい字を使いました」という回答になるだろう。じつはJR四国も「矢」だった時期があるという。

近鉄が「鉄」にした意外な理由

JR以外の私鉄では、近畿日本鉄道が「金へんに矢」を使っていた。しかし1967年、「金へんに失う」に変更した。その理由は、沿線の子供たちが漢字の書き取りテストで、「鉄」の字を間違ってしまったからだという。これは鉄道ファン、とくに近鉄ファンにはよく知られたエピソードだ。

他にも、「金を失う」という「鉄」の字を避けるため、旧字の「鐵」の字を使う会社がある。この夏に「きかんしゃトーマス号」を運行する「大井川鐵道」、先頃の天皇皇后両陛下がご乗車なさった「わたらせ渓谷鐵道」、猫のたま駅長で有名になった「和歌山電鐵」、さらに「真岡鐵道」「小湊鐵道」「土佐電気鐵道」「信楽高原鐵道」などがある。正式社名であったり、そうではなかったりするけれど、「鉄」より「鐵」を好んでいるようだ。

そもそも、「鉄」の字の成り立ちは「金を失う」ではなかった。鉄は「鐵」の略字で、「鐵」の字のつくりの部分は「漆」の意味。錆びて漆のように赤くなる金属という意味だ。ちなみに、「金へんに矢」のほうは、本来は「やじり」という意味の「鏃」という字の略字で、「鉄」と同じ意味ではない。JISコードに含まれていなかったこともあって、現在は本来の意味ではあまり使われていないようだ。