電車に乗っていると、運転士や車掌らが指をさし、声を出して安全を確認する場面をよく見かける。これは、「指差喚呼」または「指差称呼」などと呼ばれている。工事現場など他の業種でも使われているけれど、元は鉄道から始まったとされている。

たとえば電車が出発する直前、「出発進行!」と運転士が言う。自分を奮い立たせるためのかけ声のようにも見えるけれど、実際には安全確認の作業のひとつだ。これに関して、「よく考えてみたら、『出発』だけでもいいのでは?」と思う人がいるかもしれない。「出発する」も「進行する」も似た意味のような……。

駅の出口にある出発信号機。下に「出発」の表示がある(写真はイメージ)

いいえ。「出発」「進行」、この2つの言葉にはちゃんと違いがあり、2つそろって意味を成すのだ。

じつは、「出発進行」は略語だ。この言葉の「出発」が意味するのは「出発する」ではなく、「出発信号機」である。「進行」は「進行現示」の略。よって、「出発進行」の意味は、「出発信号機の色が進行(青)を示している」となる。「さあ行くぞ!」というかけ声ではなく、「信号を確認したから電車を動かしますよ」という意味の「出発進行!」なのである。出発信号機が黄色だと「出発注意!」となり、赤色の場合だと「出発停止!」となるけれど、あまり聞く機会はないだろう。

ちなみに路線バスの場合、電車のように「出発進行!」とは言わない。バスには出発信号機などなく、道路信号に従って運転されるからだろう。話はそれるが、家族でドライブに行くとき、お父さんが「出発進行!」と言ったなら、それはおそらく電車の運転士のものまねだ。……ということは、戦後、モノレール開業まで鉄道がなかった沖縄では、「出発進行!」という言葉自体、定着していなかったのでは!? ちょっと気になる。

「出発ソウトウ進行」の「ソウトウ」を漢字に変換すると…

ところで、「出発進行!」以外の指差喚呼として、「出発ソウトウ進行!」というものもある。この「ソウトウ」とは何だろうか?

筆者はつい最近まで、この「ソウトウ」は「総灯」だと思っていた。「出発」が出発信号機を示していることは知っていたから、「出発に関連する信号機がすべて進行を示している」という意味での「総灯」と勘違いしてしまっていたのだ。電車が発車する前に確認が必要な信号機がいくつもあったら、どれを信じていいか迷ってしまう。

「出発ソウトウ進行」の「ソウトウ」は、漢字で「相当」である。いや、それこそ場当たり的で適当な気もするけれど、「出発信号機に代用(相当)する信号機が進行を示している」という意味だそうだ。ここでいう「出発信号機に相当する信号機」は「閉塞信号機」だ。

閉塞信号機については、当連載第199回でも紹介した。一般的な鉄道路線の場合、列車が走る区間を細かく区切り、ひとつの区間にはひとつの列車しか入れないと決めている。これを「閉塞区間」といい、区間の始まりに信号機を置いて列車の進行を制限する。衝突事故を防止するためのしくみである。

ただし、ひとつの閉塞区間の途中に駅があり、後続の列車を駅に停めようとする場合、閉塞信号機しかないと複数の列車を進入させられない。だから駅には専用の信号機が設置されている。駅に入ろうとする列車のために「場内信号機」が、駅を出ようとする列車のために「出発信号機」がある。運転士さんの指差喚呼には、発車前の「出発進行!」だけでなく、駅に到着する前の「場内進行!」もある。

一方、待避設備を持たない駅のように、複数の列車を同時に扱わない構造の駅では、場内信号機も出発信号機も省略される。とくに始発駅の場合、最初の区間の閉塞信号機が出発信号機を兼ねる場合がある。そこで、この「閉塞信号機」を「出発信号機に相当する信号機」として確認しましたよ、という意味で、「出発相当進行!」となるわけだ。