映画『僕達急行 A列車で行こう』(森田芳光監督)が、24日から公開されている。鉄道好きの青年ふたりが意気投合し、恋に仕事に大活躍(!?)するストーリー。ありとあらゆるシーンに電車や鉄道模型が登場したり、登場人物の名前も列車名が由来だったり、セリフの隅々にまで鉄道用語が飛び出したり……。鉄道ファンを歓喜させてくれる作品だ。

映画のタイトルにある「A列車で行こう」は、デューク・エリントン楽団によるジャズの名曲『A列車で行こう』を連想させる。1941年に発表され、耳にすれば誰もがわかる名曲だ。映画では主人公のひとり小町圭(松山ケンイチ)と、相馬あずさ(貫地谷しほり)がデートするバーでこの曲がかかる。

映画『僕達急行 A列車で行こう』は24日より全国ロードショー
(C)2012『僕達急行』製作委員会

ジャズの「A列車」は地下鉄路線

名曲『A列車で行こう(Take The "A" Train)』は、曲の雰囲気から、「アメリカ大陸を横断する長距離列車」を思い浮かべる人も多いようだ。しかしこの「A列車」は、ニューヨークに実在する地下鉄路線「8番街急行(A系統)」を指す。

この曲はもともと歌詞が付いていた。作詞・作曲はデューク・エリントン楽団に所属していたビリー・ストレイホーンだ。その中で「ハーレムのシュガーヒル行」が登場する。ハーレムはニューヨークのマンハッタンにある街。シュガーヒルはハーレムの西にある高級住宅地である。

その近く、ハーレム街125番地にアポロ・シアターがある。黒人ミュージシャンの聖地として知られ、多くの観光客が訪れる。ここを通る列車がニューヨーク地下鉄の8番街急行で、案内記号はA系統、つまり「"A" Train」だ。名曲『A列車で行こう』の内容は「ハーレムに行くなら『A』って書いてある列車に乗ろうぜ。早く着くぜ」の繰り返し。その真意は「ナイスな音楽を聞くならアポロシアターへ急げ」である。

ニューヨーク地下鉄の8番街急行(A系統)は、ブロードウェイのインウッド(207丁目)から125丁目を経由してマンハッタン方面へ向かう。途中でいくつかの支線が分岐しており、ほとんどがJFK空港付近へと向かう。A系統が通過する駅は「8番街ローカル」のC系統またはE系統が停車する。

日本にまだまだある「A列車」たち

ところで、日本には他にも「A列車」がある。ゲーム、鉄道車両、列車名など。このうち、最も歴史の長い「A列車」は、アートディンクが1985年に発売したゲーム『A列車で行こう』だ。富士通の8ビットコンピュータ「FM-7」用に作られ、その後はNECのPC8801シリーズなど他機種で展開。現在の最新作はWindows用の『A列車で行こう9』である。

『A列車で行こう』シリーズは、鉄道会社を経営して都市を発展させるゲームだ。しかし初代「A列車で行こう」は、工事列車「A列車」を操作し、「アメリカ大陸に線路を敷き、大統領列車をゴール地点に導く」というパズル風のゲームだった。ここでの「A列車」の由来は、ジャズも意識しているようだが、「A」はアートディンクの「A」でもあり、ゲームで工事列車を示す記号でもあった。

JR九州の特急「A列車で行こう」

列車名の「A列車で行こう」は、JR九州が三角線で運行する観光特急列車だ。2011年10月から運行を開始した。鉄道車両分野で活躍するデザイナーの水戸岡鋭治氏が、「16世紀大航海時代のヨーロッパ文化」をテーマにキハ185系をリフォームした。木材をあしらった落ち着いたインテリアで、カウンターバーやソファーなどが設けられている。運行中のBGMは作曲家の向谷実氏が手がけており、ジャズの「A列車で行こう」のアレンジバージョンもある。

列車名の「A列車」は、天草(Amakusa)へ行く列車として、大人(Adult)の雰囲気をイメージしたという。映画『僕達急行 A列車で行こう』のロケ地は九州で、JR九州も撮影に協力しているけれど、スクリーンに特急「A列車で行こう」は登場しない。残念ながら時期が合わなかったようだ。

「A-Train」にすると、日立製作所が製造する鉄道車両技術「A-Train」もある。アルミ押出製法で車両の基本構造をつくる方式で、JR九州の815系で初めて採用され、つくばエクスプレスの車両や東武鉄道の50000系なども、「A-Train」方式でつくられた。「A」はアルミのほか、先進(Advance)、快適(Amenity)、性能(Ability)をイメージしているという。

ちなみに、映画『僕達急行 A列車で行こう』というタイトルの理由については明らかになっていない。本作は昨年12月に急逝した森田芳光監督の遺作となってしまい、いまとなっては確かめる術もない。ただ、本作品を観ながら、「アクティブ(Active)に生きよう」というメッセージかもしれないな……、と感じた。あなたもぜひ映画館で、「A列車」の意味を探してみてはいかがだろうか。