私は押しボタンが大好きだ。例えば博物館の展示物でボタンを押すと、展示物が動いたり光ったりする。駅の案内地図でボタンを押すと、そこまでの道順を光の点滅で教えてくれる。ゲーム機や家電などのボタンを押すと、なにやら楽しいことが起きる。そんなボタン好きにとって気になるボタンは、「駅の非常通報ボタン」だ。気軽に押してはいけないものだとわかっているけれど、押すとどうなるか知りたくて仕方がない……。

JR東日本のホームに設置された非常通報ボタン

鉄道会社が全精力を傾けて安全を確保する

「駅の非常ボタンを押すとどうなるか」。その答えはボタンを設置している鉄道会社によって異なる。ここでは、相模鉄道が自社のサイトで公開している内容を紹介しよう。

  1. 非常通報ボタンを押すと、ホームと駅の事務室で警報音が鳴り響く。同時に駅周辺の1km以内を走行するすべての列車に異常を通報する。運転士はこの通報を確認した場合、直ちに電車を緊急停止し、列車指令からの指示を待たなくてはいけない。

  2. 列車が停止し安全が確保された。同時に駅員はボタンを押された場所を確認して現場に向かう。ここで、線路上の落下物、線路内の立ち入り、乗客の落下などを発見した場合はしかるべき処置を行う。その後、現場の状況を確認して列車を運行できると判断した場合、復旧作業を実施する。

  3. 列車指令は駅員から安全確保の報告を受けて、付近の列車に運行再開を指示する。

駅の通報ボタンが押された場合、最悪の事態は乗客のホーム落下であり、そこに列車が進入すれば生命の危険が伴う。扉に身体の一部や鞄などが挟まって、ホーム上を引きずられてしまうことも考えられる。なので、駅の非常ボタンはまず列車を停める役割を持っている。その駅の駅員だけではなく、付近の列車に通知され、それらの列車の停止によって、他の列車の運行も抑制される。つまり、影響は全路線に及ぶ仕組みになっている。

これだけの影響力を持つボタンなので、酔っ払いなどにいたずらされては困る。そこで、各鉄道会社では、駅事務室の近く、ラッシュ時に係員が建つ場所など、非常警報ボタンを押しにくくしていた。しかし、この考え方は根本的に改められ、乗客が押しやすい位置に設置され、存在を周知徹底するようになった。

そのきっかけは、2001年1月26日に山手線新大久保駅で起きたホーム転落事故である。酒に酔った男性客がホームから線路に転落し、その乗客を助けようとした韓国人男子留学生と日本人男性の計3人が電車に轢かれて亡くなったという痛ましい事故だった。当時もホームには非常通報ボタンが設置されていた。しかし、この事故では、ホーム上にいた誰もが通報ボタンの存在を認識していなかった。もし非常通報ボタンが押されていたら、もっと手前の位置で電車が停まり、これほどまでの惨事にはならなかっただろうと言われた。

国土交通省はこの事件をきっかけに、鉄道会社全社に対してホームの安全対策を徹底するように指示した。その結果、各鉄道会社は非常通報装置の設置数を増やしたり、設置場所付近を黄色と赤色で目立たせたりと工夫している。危険だと思ったらボタンを押すよう呼びかけるポスターなども掲示されるようになった。前出の相模鉄道では、ホーム上の約40mおきに非常通報ボタンを設置しているとのことだ。

駅の非常通報ボタンは、その駅周辺のすべての列車を停める効力を持つ。たったひとつでも影響は大きい。なので、くれぐれもいたずらで押してはいけない。しかし、危険だと判断したら、躊躇せずに押そう。また、救出第一だからといって、慌てて線路上に降りてはいけないことも知っておきたい。