前回に引き続き、ケニア取材のお話です。

成人の5.6%がHIVウイルスに感染しているケニアの現状

「彼女はHIVポジティブです」

病院を案内してくれたスタッフの言葉に少し驚いて示された方を見ると、若い女性の姿がありました。待合室の椅子に座っている女性は、いわゆるエイズ患者です。

「この病院に通うようになり、診察を受け、薬をもらってラクになりましたが、それまでは頭痛がありました」

手前が病院で治療を受けるエイズ患者の女性

同じ病院の産婦人科病棟では、赤ちゃんを抱いた若いお母さんに出会いました。彼女もまた、HIVポジティブ。妊娠中から医師の診察を受け、的確な対応をしたので赤ちゃんは感染を免れたと言います。

こういう光景は、ケニアでは珍しくありません。なぜなら、死因の第1位がエイズであり、成人の5.6%がHIVウイルスに感染しているからです。

三大感染症をに対処するための投資「グローバルファンド」

エイズはかつて、「かかったら死んでしまう」と恐れられていましたが、1990年代の後半に開発された「抗レトロウイルス薬」のおかげで、感染しても発症を防げるようになりました。ただし、HIVを体内から取り除く薬は現時点ではないため、薬を飲み続ける必要があります。

病院などの医療インフラが整っておらず、薬を買う経済力を持たない人が多い途上国では、治療できずに亡くなる人がたくさんいます。そうした中、2000年には国連安全保障理事会でエイズ問題が取り上げられました。あまりに死者が多いので、国家存亡の危機と認識されたのです。

同じ年に開かれた九州・沖縄サミットで、日本が提唱したことにより、2002年に感染症対策を支援するための「グローバルファンド」と呼ばれる基金が作られました。この基金は途上国の医療問題、特にエイズ、マラリア、結核の三大感染症に対処します。

特徴は「ファンド」という名の通り、投資の発想で運営されていること。企業など民間部門と協力し、保健医療に携わる人材育成をしたり、医療NGOを支援し、若者向けにエイズ教育を行ったりします。病院のマネジメントシステムや医薬品の供給改善にも関わっています。

これまで、「グローバルファンド」が支援した金額は合計で295億2473万米ドルにのぼり、そのうち、6割がサハラ以南のアフリカ向け。ケニアには7億2570万ドルが「投資」されています。リターンは明確で、グローバルファンドの國井修戦略投資効果局長は「人々の健康」と言います。國井さんは国際協力の経験が豊富な医師です。

私が見学した病院で治療を受けていたエイズ患者の人々にも、投資の影響が及んでいるのでしょう。たまたま出会った患者が若い女性だったので、健康に暮らせれば、私たちと同じように、子育てや仕事をしながら普通に生きていけるんだろう、と思いました。

税金の使い方で守れる命がある

日本政府は、この「グローバルファンド」に毎年100~300億円を出してきました。三大感染症で亡くなる人は年間300万人。これまで810万人のHIV感染者に抗レトロウイルス治療を提供し、結核やマラリアの予防や治療にも大きな成果を上げてきました。

100億とか300億と聞いても、ピンとこないかもしれません。例えば、世論の反発を招いた新国立競技場と比較してみると分かりやすいと思います。当初1300億円で作る予定が、その後2520億円に跳ね上がりました。その差は1200億円。

世論の反対が大きく白紙に戻ったものの、こういう金額を税金で払うことを認めようという議論さえあったことを思えば、数百万人の命がかかったプロジェクトにしては、100億円とか300億円というのは小さな金額ではないか、と私は思いました。

自分のお金のことは、誰もが気になります。年金はいくらもらえるのか。貯金はいくらあればいいのか。どこに投資すればいいのか。

自分と直接つながっている小さな金額だけでなく、自分の手を離れたように思える大きなお金の行く末も、注意深く見守ることが、将来のためには大事です。政府の投資は長期的には20代のみなさんの中高年から老年期に、国際社会での生きやすさという利子がついて、返ってくるからです。

著者プロフィール

●治部れんげ
豊島逸夫事務所副代表。 1974年生まれ。1997年、一橋大学法学部卒業。同年日経BP社入社。記者として、「日経ビジネス」「日経マネー」などの経済誌の企画、取材、執筆、編集に携わる。 2006年~2007年、フルブライト・ジャーナリスト・プログラムでアメリカ留学。ミシガン大学Center for the Education of Woman客員研究員として、アメリカ男性の家事育児分担と、それが妻のキャリアに与える影響について研究を行う。またツイッターでも情報発信している。

【連載】25歳のあなたへ。これからの貯”金”講座

25歳。仕事や私生活それぞれに悩み不安を抱える年齢ではないだろうか。そんな25歳のあなたへ、日本を代表するアナリスト・豊島逸夫ウーマノミクスの旗手・治部れんげがタッグを組んだ。経済と金融の最新動向をはじめ、キャリア・育児といった幅広い情報をお届けする特別連載。こちらから。