11月18日14時59分(日本時間)、景海鵬宇宙飛行士と陳冬宇宙飛行士の2人が搭乗した有人宇宙船「神舟十一号」が、地球への帰還に成功した。神舟十一号は今年10月17日に打ち上げられ、その約1カ月前に打ち上げられていた宇宙ステーション試験機「天宮二号」にドッキング。2人の宇宙飛行士は天宮二号の中に入り、30日間にわたる宇宙滞在をこなした。

第1回では中国の有人宇宙開発の歩みと、神舟宇宙船について解説。第2回では天宮一号と二号、神舟十一号について紹介した。第3回では、宇宙ステーションの打ち上げと運用を担う新型ロケットと補給船について解説した。

第4回では、2020年代の完成を目指す大型宇宙ステーション「天宮」と、2020年代以降の中国を含む世界各国の有人宇宙開発の展望について紹介したい。

10月17日に打ち上げられた有人宇宙船「神舟十一号」 (C) CMS

2020年代の完成を目指す大型宇宙ステーション「天宮」の想像図 (C) CMS

天宮

中国が2020年代の完成を目指す大型宇宙ステーションの名前は「天宮」と呼ぶ。試験機である天宮一号や二号と、"号"がつかないだけで同じ名前というのは紛らわしい。これは一般からの公募をもとに決められたもので、また名前が決まったのは、2011年の天宮一号の打ち上げよりもあとの2013年のことなので、「中国の宇宙ステーションといえば天宮」という認識が定着したためかもしれない。

ちなみに、同じ2013年に公開された映画『ゼロ・グラビティ』(原題Gravity)では、形などはやや違うものの「天宮」という名前の大型宇宙ステーションが登場し、物語の後半で大きな役割をはたす。なぜ中国の宇宙ステーションが出てくるのか? という批判の声もあったというが、近未来の宇宙開発をできるかぎりリアル寄りに描いた映画に中国の宇宙ステーションが登場するのは、現実に開発が進んでいることからしても、ごく自然なことである。

現実の天宮は大きく、3つのモジュール(部屋)を組み合わせて建造される。それぞれのモジュールは、ソヴィエト・ロシアが運用していた宇宙ステーション「ミール」のように、ステーション中央部に位置するハブを介して接続され、Tの字の形のようになる。各モジュールは全長十数mほどで、天宮全体の最大全長は30mほどになる。一度に滞在できる飛行士の数は3人で、設計寿命は10年だという。

2020年代の完成を目指す大型宇宙ステーション「天宮」の想像図 (C) CMS

ソヴィエト・ロシアの宇宙ステーション「ミール」 (C) NASA

まず最初に打ち上げられるのは「天和」と名付けられたモジュール。宇宙飛行士が生活したり、ステーション全体の制御や姿勢を司ったりと、ステーション全体の根幹となる。続いて、宇宙実験室「問天」と「夢天」が打ち上げられ、軌道上で結合される。この3機でT字の形となる。さらに、宇宙望遠鏡モジュール「巡天」も打ち上げられるとされる。ただ、巡天は恒久的な結合はされず、ステーションと編隊飛行しながら宇宙を観測し、ときどき推進剤の補給やメンテナンスのため天宮とドッキングするという。

現時点では、天和は全長18mほどの完全に新規設計されたモジュールで、問天と夢天は天宮一号、二号をもとに、全長を伸ばすなどして開発されるといった情報が明らかにされている。また、ロシアのミールが最大6基のモジュールを結合していたように、天宮もまた拡張できると考えられるため、完成後もさらに追加モジュールが打ち上げられ、"増築"されることは十分ありうるし、実際そのような構想の話も出ている。

天和の打ち上げは2018年の予定で、問天と夢天、巡天も1~2年おきくらいに打ち上げられるとされ、最終的な完成は2023年を目指すという。完成後はもちろん、建造中にも、神舟に乗った宇宙飛行士が訪れ、滞在することになる。現時点では2018年の天和の打ち上げ後に「神舟十二号」、すなわち今回打ち上げられた神舟十一号の次の神舟がドッキングする計画になっているという。

天宮の想像図 (C) CMS

天宮の各モジュールの位置を示した図。この図は古いもので、現在の計画では巡天の位置に夢天が入り、巡天はステーションと編隊飛行をするという (C) CMS

2020年代前半、地球周辺に複数の宇宙ステーション

もし天宮が計画どおり2023年に完成すれば(あるいは見ようによっては天和が打ち上げられた2018年の段階で)、中国は本格的な宇宙ステーションをもつことになり、そして人類は国際宇宙ステーション(ISS)と天宮の、2つの宇宙ステーションを運用することになる。

現時点では、両者で共同研究するなどといった具体的な話はないが、閉鎖的といわれる中国の宇宙開発のなかでも、有人については他国への門戸を開きつつあるため、何らかの形で関わりをもつことは十分にある。何より、軌道上に2つの有人研究施設がある意義は大きく、利用したいと考える科学者などは多いだろう。

もし共同で何かを行うということになれば、ISSに参加している日本にとっても無関係な話ではない。日本人宇宙飛行士が神舟に乗って天宮を訪問するということもあるかもしれないし、現に欧州宇宙機関(ESA)の宇宙飛行士は中国語の勉強を始めているという。もともとドイツなどは中国との連携に興味をもっており、無人で打ち上げられた「神舟八号」にドイツの実験装置が搭載されたこともある。いずれ欧州の宇宙飛行士が天宮を訪れることもありうるかもしれない。

中国が現に天宮の開発に向けて動き始めている以上、これらは2020年代に、ほぼ確実に起こることである。実現すれば有人宇宙開発の世界は今と大きく変わることになる。しかし本当に考えなければならないのは、さらにその次の時代のことである。

国際宇宙ステーション (C) NASA

月に行くか、火星に行くか、そして誰が行くのか

2016年現在、ISS終了後の有人宇宙開発がどうなるかという見通しは混迷を極めている。

ISSは現在のところ、2024年までの運用延長が計画されている。さらに伸ばしたいという声もあるようだが、モジュールの耐用年数もあるため、2024年あたりで一区切りが打たれることは間違いない。しかしISS以後の「ポストISS計画」をどうするかは、まだはっきりとしていない。

たとえば米国航空宇宙局(NASA)は、2030年代に有人火星探査を行うという目標を立てており、そのために必要なロケットや宇宙船の開発を続けている。しかし、ひとまずロケットや宇宙船を開発するお金はあっても、実際に有人火星探査を行うのに必要な予算はまだ下りておらず、今後2030年代まで要求額が得られ続けるという裏付けもない。

ロシアはISSの運用終了後、自国の比較的新しいモジュールのみを分離して、さらに新しいモジュールも打ち上げ、独立した宇宙ステーションを造るという計画があるが、こちらもどこまで実現性があるかはわからない。

そんななかで、ISSの枠組みのまま、月の周辺に宇宙ステーションを造ろうという動きがあるという。ジャーナリストのAnatoly Zak氏が11月3日に報じたところによれば、この話はISSに参加している米国、ロシア、欧州、日本、カナダの宇宙機関が集まって行われている非公開の会議のなかで検討されており、ISSのように各国がモジュールやエンジンなどを分担して開発して建造するというもの。日本も水や酸素などを再利用できる生命維持装置をもつ居住区の提供や、欧州やカナダと共同で月から石や砂を採取して、研究のためステーションに届ける無人探査機の開発を提案しているという。

完成は2028年ごろの予定で、完成後のステーションは宇宙での長期滞在の実験場となり、また月に降りる前哨基地にもなり、さらにステーションをそのままエンジンで飛ばせば、小惑星や火星へ行ける探査船にもなるという。

NASAの火星探査計画や、その前哨戦として計画されている月周辺まで運んできた小惑星の有人探査計画にも合致するため、NASAにとって悪い話ではない。他国も、一国だけでは難しい計画を共同ででき、またISSの資産(たとえば日本であれば「きぼう」や 「こうのとり」の開発・運用実績)も活かせるため、参加を望むことは十分ありうる。

非公開の会議であるため、具体的な話はまだ表には出てきておらず、そもそも検討段階ではあるものの、Zak氏によると各国は合意に近付いているという。正式に決まればいずれは、たとえばトランプ次期大統領の就任後の宇宙政策の目玉として発表されるかもしれない。

おそらくはこの計画の下敷きのひとつになったと考えられる、ロッキード・マーティンが提案している深宇宙ステーションの想像図 (C) Lockheed Martin/NASA

本誌でも何度か触れている「小惑星転送ミッション」(ARM)も、このステーションを構成する要素のひとつになる可能性がある (C) NASA

一方の中国は、天宮以降、あるいは以外の有人計画について、具体的な計画は明らかにしていない。ただ、将来的に有人での月・火星探査を狙ってはいるようで、そのために長征五号よりもさらに大きな、「長征九号」と呼ばれるロケットの検討を進めているという。今後、米国などと対抗するなら独自に月や火星に行くかもしれないし、協調するなら前述の月ステーションに参加することもありうるだろう。

人類が少なくとも2つの宇宙ステーションをもつ2020年代前半よりあと、どこの誰がどこへ行くのか、月に再び降りるのか、火星へ行くのかはまだわからない。しかし、米ロに続いて、中国が宇宙船や宇宙ステーションの技術を手にし、その先へも行ける能力も手に入れようとしている。さらにスペースXのように、民間主導で火星に行くといったところも出てきた。すなわち、人類は少なくとも3種類の月・惑星探査船を手に入れようとしているのである。

今後数年のうちに、10年後の2020年代後半の人類が、宇宙のどこにいるのかという答えが見えてくることになるだろう。それは有人宇宙開発が新しい時代を迎えることを意味し、そしておそらく、アポロ計画以来の明るさと価値をもったものになるだろう。

長征九号の想像図(右)。左にある長征五号と比べると、その大きさが際立つ (C) CNSA

米国の民間宇宙企業スペースXが計画している、火星への移民や他の惑星への有人探査に使える「惑星間輸送システム」 (C) SpaceX

【参考】

・http://www.cmse.gov.cn/col/col933/index.html
・Tiangong - China Space Report
 https://chinaspacereport.com/spacecraft/tiangong/
・An international outpost near the Moon gets closer to reality | The Planetary Society
 http://www.planetary.org/blogs/guest-blogs/2016/1103-an-international-outpost-near.html
・Next Space Technologies for Exploration Partnerships
 https://www.nasa.gov/nextstep
・NextSTEP Partners Develop Ground Prototypes to Expand our Knowledge of Deep Space Habitats
 https://www.nasa.gov/feature/nextstep-partnerships-develop-ground-prototypes