連載2回目となる今回から、レストア作業に取りかかっていく。前回紹介したベース車両「ウルフ50」は、安さと引き替えにキックレバーが降りない、つまりクランクシャフトが回らない問題を抱えている。まずその原因を解明、および修理して、エンジンがかかるようにしてから、他の部分のレストアに進んでいきたい。

「ウルフ50」を作業台に乗せた。作業台などなくてもかまわないが、筆者の場合は持病のぎっくり腰を再発させないために必須なのだ

まず、作業しやすいようにガソリンタンクを外すが、早くもいろいろなことがわかってきた。このタンクは脱着がやたらと面倒だ。燃料コックがフレームに付いていて、ホースを外しておかないとタンクを外せない。しかもオイルタンクがガソリンタンクに固定されており、これもホースを抜かなければ外れない。しかし、どちらのホースも外せばガソリンやオイルが流れ出てしまう。それでもなんとか外したが、ガソリンタンクから流れ出てきたのは、なんと水だった。サビが混ざって茶色になっているが、においと手で触った感じは水だ。これは一体……?

タンクを外して作業しやすくなったら、次はプラグを外す。プラグホールからエンジン内をのぞいてみるためだ。ここでも発見があった。プラグが新品なのだ。どうやらこのバイクは誰かが修理しようとしてできず、放り出したものらしい。じつは、レストアのベース車両にはこのパターンが非常に多い。こういった車両は当然ながら修理が難しいと予想されるが、あちこちに新品パーツが付いていることもあり、得した気分にもなれる。

ガソリンタンクを外そうとするも、フレーム固定の燃料コックやオイルタンクに阻まれる。コックとガソリンタンクをつなぐ2本のホースがフレームを挟んでいるのがなんとも理不尽

タンクが外れれば、作業性はよい。まず点火プラグを外す

外した点火プラグはうっすらさびているものの、電極を見ると未使用のようだ

ちょっとわかりにくいが、プラグホールから中をのぞき込むと、なにか液体が。これは只事ではない

マフラーを外して排気ポートからシリンダー内を見る。グレーの平面がピストンの側面。焼き付きではなくサビによる固着であることがわかる

キャブレターもピストンがサビのようなもので固着していた。このキャブは使えるのか? 先が思いやられる

さて、プラグホールから中を見てみると……。ここで筆者はかなり動揺した。燃焼室内が何らかの液体で満たされているのだ。ややうろたえながら、続いてマフラーを外し、排気ポートから中をのぞいてみる。2ストエンジンはここからピストンの側面を直接目視できるのだ。そして、そこから見えたものは信じられないほどきれいなピストンの側面と、大量のサビ。一体どういうことなのだろう? 実を言うと、キックレバーが降りないのは99%、焼き付きのためだろうと考えていた。

焼き付きとは、オイル不足や高温により、ピストンとシリンダーが固着してしまうトラブルで、2ストエンジンではごくありふれた故障だ。その場合、もちろん燃焼室に液体などたまらないし、排気ポートをのぞき込めば、無残に傷だらけになったピストンの側面が見えるはず。しかし、実際にはまったく違っていた。こうなったら、シリンダーを外してエンジン内部を直接確かめるしかない。

いきなりシリンダーを外す羽目になったが、この作業は焼き付きの修理でも必要なので、じつは予定していた作業だ。エンジンのシリンダーを外すというと、大変な作業のように聞こえるが、2スト単気筒のエンジンの場合、まったく大変ではない。4個のナットを緩めるだけだ。ただし、邪魔になるパーツは先に外しておかなければならない。キャブレターを外し、このエンジンは水冷なので冷却液も抜いた。

ここでさらに発見。キャブレター内部も錆びてパーツが固着している。これは後に原因究明する手がかりになる。もうひとつ、冷却液がさっき入れたばかりのようなきれいな状態だった。さらに作業中に気が付いたのだが、ドライブチェーンも新品そのものだった。やはりこの車両は誰かが修理を試みたものと考えて間違いない。冷却液は無駄になるが、チェーンは高価なOリング入りだったので、かなり得をしたことになる。

冷却液を抜いてみると、新品そのもの。ミッションオイルも新品だった

シリンダーヘッドが外れた。そのとき液体がこぼれたが、オイルのようだった

ピストンとシリンダーが固着しているので、ピストンをたたいて押し下げた。普通はこんなことはしないが、最後の手段だ

シリンダーが外れた。ピストンの下(クランク室)にも液体がたっぷり。これは水だった

シリンダー内壁にはほとんど傷がない。サビさえなんとかなれば再利用できるのだが…

作業中、社外品のCDIが付いているのを発見した。この時代の原付は100km/h出せる実力があったが、60km/hリミッターがついていた。それを解除するための社外CDIは必須アイテムだったのだ。懐かしい

さて、シリンダーヘッドを外してみると、ピストンが上死点付近で止まっており、オイルのような液体がある。続いてシリンダーを抜くのだが、これが抜けない。ピストンががっちりと固着しているためだ。これにはかなり苦労させられ、最終的にはエンジン載せ替えもやむなしとばかりに、シリンダーをバーナーで加熱しつつ、ピストンをたたいて押し下げた。これがうまくいき、なんとかシリンダーを外すことができた。

するとエンジンの内部も液体で満たされている。こちらは水のようだ。……などと落ち着いている場合ではない。これは大変な事態だ。水没車という言葉が頭に浮かんだが、車体の他の部分にそれをうかがわせる痕跡はない。ブレーキなどもサビや固着はなく、正常だ。それにピストンの上側、燃焼室にあったのはたしかにオイルだった。ここで思い出されるのは、ガソリンタンクから水が出てきたことと、キャブレターの内部も錆びていたこと。落ち着いて考えて、推測したシナリオはこうだ。

この車両はなにかの理由で、ガソリンタンクに水が大量に浸入した。燃料コックをオフにしていればいいが、そうでなければ、キャブレターに侵入した水はガソリンの量をコントロールするバルブを錆びさせる。すると、水は重力の力だけでエンジン内部にどんどん流れ込むようになる。そうしてエンジン内部もキャブ内部も水浸しで錆び付き、固着したのだろう。そして、そんな車両を誰かが修理しようとプラグ、冷却水、チェーンなどを新品に交換。しかし、キックレバーが降りないため、プラグホールからオイルを流し込んでピストンの固着をはがそうと試みた。だが結局あきらめたのだ。

バイクのレストアでは、故障箇所の原因を解明するために推理を巡らす必要がある。意外にも、バイクレストアは知的なゲームでもあるのだ。バイクのあちこちを分解すると,そのバイクが歩いてきた人生(大げさすぎる言い方だが)がわかり、これがなかなか面白い。ちなみに、バイクのガソリンタンクに水が混入するのはごく普通のことだ。バイクのガソリンタンクのガソリンの出口は、必ずタンクの一番底よりも高いところにある。これは底にたまった水がキャブレターに流れないようにするため。ただ、この「ウルフ50」はなにか別の理由、たとえばいたずらでで大量に水が入ったのかもしれない。

さて、このエンジンをどうするか? 試しにミッションオイルを抜いてみたが、やはり新品のようにきれいだった。先ほど「エンジン内部に水が」と書いたが、2ストのエンジンはピストンの下部がクランク室という独立した部屋になっており、水が浸入しているのはそこだけ。ミッションやクラッチが入っているクランクケース内は無事のようだ。

エンジンをまるごと載せ替えることも考えたが、ちょっともったいない。そもそも捨てたほうがいいような車両を直すのがレストアだから、捨てたほうがいいエンジンをあえて直すのもまた一興だ。

エンジンを下ろす準備をする。作業はエンジン左側に集中しており、クラッチケーブル、チェーン、電気配線、スロットルワイヤなどを外す

このくらいのエンジンだと、手で持ち上げて外せるので楽だ

エンジンが外れた。作業の都合でリヤタイヤも外したので、一気にレストアっぽい作業風景になった

そんなわけで、このエンジンを修理することにした。クランクケースを分解して、クランクシャフトのベアリングを交換する必要があるのだが、これはフルオーバーホールに近い作業だ。前回、簡単にできるレストアのお手本となるようにすること、次回はエンジンをかけるところまでを紹介することを約束したが、残念ながらこの約束は守れなかったことになる。申し訳ないが、エンジン修理は参考にするというより、工場見学でもするつもりで楽しんでもらいたい。

エンジンをかけるのは早くて次回、もしかするとそのまた次回かもしれない。

レストア必須アイテムを紹介! 「ニーパッド」

バイクの分解整備作業は、膝をついたり地面に座り込んだりしての作業になることが多い。今回のようにエンジンを触る作業はその典型だ。そこで利用したいのがニーパッド。平たくいえばスポンジの座布団だ。これを敷くだけで非常に楽になり、痛みに耐えて作業する必要はなくなるし、ズボンが汚れることもない。座り込んで作業するときは文字通り座布団として使えば快適で、冬なら地面からの冷えも遮断できる。

床に敷き詰めるためのパズルマットは適度のクッションで最適。100円ショップで2枚100円だった

整備作業用のニーパッドは専用のものが売っているが、安いもので十分。100円ショップで売っている床に敷くためのクッションマットがちょうどいい。いまの時期ならホームセンターなどで花見用の座布団として売っているマットも最適だ。