成長し続ける日本のインバウンド市場。観光庁の訪日外国人消費動向調査によると、2014年の旅行消費総額は2兆278億円となり、前年比43.1%増と大幅な伸び率を記録した。当然のごとく、訪日外国人の数も増加の一途を辿り、日本政府観光局(JNTO)の調査によれば、2012年~2014年にかけて、800万人、1000万人、1300万人超とその数は伸び続け、東京五輪が開催される2020年にはピークを迎える予想だ。

そんな訪日外国人をターゲットとするサービスが、旅行体験フリーマーケット「Voyagin」。今年の7月に楽天が買収したことで話題になった、2011年創業のスタートアップ企業 エンターテイメント・キックが運営するサービスだ。現地在住者が旅行者に対し、ガイドブックにはないユニークなツアー・アクティビティを提供するというビジネスモデルで、2011年に「FindJPN」というサービス名称でスタートした。

「学生時代から旅行が大好きでバックパッカーをしていました。現地で友達を作って、普通ではご縁のないような場所に案内してもらったり、その人の家に招いてもらったり……"ガイドブック頼みではないディープな旅"と出会ったのはこの時です」そう語るのは、エンターテイメント・キック代表の高橋理志氏だ。

Voyagin / エンターテイメント・キック Founder&CEO 高橋理志氏

バックパッカー / airbnbホストの経験がサービス着想のきっかけ

高橋氏 : 僕は経験がないのですが、旅仲間から「現地で騙された」と聞くことも多く、現地との濃いつながりを持つのは楽しい半面、リスクを伴うこともあるのだと感じていました。最初から素晴らしい人とつながり、ガイドをしてもらえるようなサービスを作れたら良いなぁとぼんやりと思っていましたね。

とは言っても、形にできるほどの具体的なアイデアはなく、事業として回していける自信はなかった。まずは事業を作る訓練を積もうと、大学卒業後は経営コンサルティング会社で2年、スタートアップ企業で3年、CtoCプラットフォームの立ち上げから関わり、約5年間は会社員をしていました。

その間、忙しくてなかなか旅行に行けなかったんですよね……。代わりに自宅の一部を貸し出して、airbnbのホストを始めました。200~300人の訪日外国人を泊めたと思います。彼らから「地元の人が美味しいと感じているものを食べたい」「仲良くなった地元の人の友人が開催するような集まりに参加してみたい」など、旅先でやりたいことを聞く機会がたくさんありました。

この経験は、サービス作りのヒントを集める重要な機会になりました。ちなみに、17年前から海外には「Viator(ビアター)」というツアーやアクティビティを販売する企業がありましたが、当時日本には類似のサービスはまだありませんでした。

「作り手の理想のサービス」がユーザーニーズと合致するとは限らない

――― それから起業に至るまで、どのような道のりがありましたか?

半年間は2社目の会社に在籍しながら週末を使い、友人経由で集めた仲間たちとプロジェクト形式でサービスを作っていました。でも、全然時間が足りなかったんですよね。特に開発においては、平日もフルコミットしなければ形にならないと気づいたんです。それからは、僕に続き現CTOも会社を辞め、1~2カ月で一からサービスを作りました。最初の半年で作ったものは何も生かされませんでしたね(苦笑)。

同時に、サービスサイトに掲載する商品(ツアー・アクティビティ)が少ないとユーザーを獲得しづらいため、何か掲載してもらえないかと、友人やその友人などを頼って、アナログな方法で商品を集めていました。2011年にサービス(当時の名称はFindJPN)をリリースした際は、20~30程度の商品を掲載していました。

Voyagin サービスサイト イメージ

――― 日本国内では"既存にはないサービスだ"と話題になりましたよね。でも、ターゲットは訪日外国人。海外への展開強化はどう進めていきましたか?

正直なところ、2013年までは失敗の連続でした。勢いに乗って4,000万円の資金調達に成功したものの、あっという間に資金がなくなってしまい……。とにかくお金がなく、Webサイトという箱だけある状態で、集客や認知拡大のための広告施策を打たなければという危機感すらなかった。それでもわずかには、売上が出ていたので。

当時の敗因を考えると、答えはシンプルで「僕たちが好きなものを作っていたから」でした。たとえ、どんなに自分たちが理想とするサービスを作っても、それが顧客から評価されるとは限らないですよね。

2012年にサービス名を現在の「Voyagin」に変更してからも、すぐには上手くいきませんでした。これからはアジアも押さえておこうと、COOとアジア7~8カ国を巡り、各国から20~30のツアーやアクティビティを集めようと試みましたが、それも失敗に終わりました。

いよいよ資金が底をつきそうになり、日本での資金調達も難しい……そんな窮地に陥ったとき、偶然シンガポールのVCの方に出会ったんです。このつながりが大きなターニングポイントになりました。その方がVoyaginユーザーで、僕が東京をアテンドした際に、資金調達を目指している話をしたところ、シンガポールで開催されるイベントに誘っていただきまして。現地に出向いてプレゼンしたところ、すぐに資金調達が決まったんです。

「日本とインドネシアに絞れ」とアドバイスを受けてからは、 "資金があるうちに売れる商品をできるだけたくさん出そう" と考え方を変えました。以前はCtoCの商品しか想定していませんでしたが、「ロボットレストラン」のような人気スポットのチケットを代理購入するようなBtoBtoCの品揃えも増やしました。これにより、ユーザーが「まずはマスプロダクトを想起して検索し、Voyaginにたどり着き、他の商品もついでに買う」というサイクルを実現しましたね。

目先の利益にとらわれず、本業に直結した方法で資金を生み出す

――― 話しは少し戻りますが、資金が底をつきかけたときでも辞める社員はほぼいなかったと伺いました

それは、「会社が大変な状況にある」とは一切知らせなかったからですね(笑)。一時期、社員の給料はなんとか支払いつつ、僕の給料は止めていたことも秘密にしていました。

初期の頃、僕自身の給料はゼロに近かったと記憶しています。どこのスタートアップも、立ち上げ直後はお金がない状態だと思います。すぐに資金調達に成功する人は稀ですから。でも、お金がないと本当に何もできないので、悪循環に陥るんです。

とはいえ、下請け仕事をして目先のお金を稼ぐのは、基本的におすすめできません。会社を設立したばかりの頃、まとまったお金を作りたくて、下請け仕事に手を出したんです。そうすると、クライアントを最優先しなければなりませんから、本業(自社サービス開発)がどうしても後手に回ってしまう。ストレスがたまってすぐにやめました。

方法はいろいろあると思います。まとまったお金を作ってから事業を始めるのも手ですし、短期的にキャッシュになりやすいBtoBの事業を選んだり、最終的に作りたいプロダクトの周辺事業から始めたりする方法もあるでしょう。コンサルをしながら情報やお客さんをつかむという方法も、お金を稼ぎつつ本来やりたい事業ともリンクしていて良いのではないでしょうか。

一番良いのは、返済の必要がないお金を獲得することだと思います。僕たちは内閣府地域社会雇用創造事業の一環として始まった「ソーシャルベンチャー・スタートアップマーケット スタートアップメンバー」に選ばれ、いただいた助成金で社員を一人雇うことができました。

――― 最後に、日本の観光産業が最も盛り上がる2020年へ向け、今後の展開をお話しください

起業前に観光という分野を選んだ2010年頃、五輪招致はまだ決まっていませんでした。僕自身、純粋に旅が好きだったのと、海外に出るたびに「日本は素晴らしい価値を持った国だ」と感じていたので、それをサービスとして形にしただけなんです。

日本には高い価値を持っているにも関わらず、評価が伴っていないコト・モノがまだたくさんあります。そんなギャップを持った商品を見つけてきて、上手くPRすれば必ず売れると思っています。来たる2020年に向けて注力しているのは、良い意味で価値と評価に差分のある商品を増やすこと、その一点です。

ツアーやアクティビティだけではなく、現地に赴いて予約が必要なものは、今後広範囲でカバーしていけそうです。今(2015年8月現在)は約1,800の商品を掲載していますが、数を増やし、売上を3年で5倍程度に伸ばしたいです。やれることはまだまだたくさんあるので、これからメンバーを積極的に採用し、皆で力を合わせて開拓していきたいですね。