堀高明代表取締役社長とともにスターフライヤーを立ち上げたひとりとして、スターフライヤー創業の歴史をここに記していこうと思う。前回、20億の赤字となった就航初年度について触れた。今回は関空で強いられた苦戦、そして社内からも疑問の声が上がったブランディングの価値をテーマにしたい。

関空線ではブランディングよりも安さが勝負となった。現在、スターフライヤーの関空線は羽田=関空線のみとなっている

苦戦が続く関空

ANAとのコードシェアを開始した北九州線は期待通り安定した利用率を維持するようになったが、4号機の苦肉の活用策として2007年9月から開始した関空路線はたちまち苦戦に陥った。

当初は6割程度の利用率があればやっていけると踏み、まずは金額に厳しい関西の人々に認知してもらうため「お値打ち価格」の7,000円台の運賃を設定した。大阪の人は「空港にバスで行くと、伊丹なら600円、関空は1,300円、しかも遠い。トータルで見て関空には行かんな」というのが一般的な感覚だ。「ゆったりした革張り座席」は選択の順位として下位にしかなく、伊丹空港と新幹線を相手にわずか1日1,200席に満たない座席を埋めるのは容易ではなかった。

当初の「安いチケット」はそれなりに奏効し、7割前後の利用率を維持していたのだが、いかんせん7,000円台では採算が取れないし、これまで広めてきたブランディングの効果も生かせないことになってしまう。そこで3カ月ほど経ってからは徐々に運賃水準を上げていったのだが、さすがに関西の人々は金額に敏感で1万円に近くなると途端に利用が減り、認識の甘さを痛感させられた。

ANAからの出資受け入れ

こうして再び不測の事態に備えるため資金調達を続けなくてはならなかったが、コードシェアを開始したこともあり、ANAにも出資の打診を行った。社内には旧日本エアシステム(JAS)出身の役職員も多くおり、同業の航空会社からの出資受け入れには否定的な声もあったが、堀社長と慎重に協議した上で1億円程度の出資依頼を行うことにした。

株主比率からすると1%程度であり役員等を受け入れるわけでもないので、十分経営の自主性・独立性は保たれることをANAとも確認できた。他方、通常業務での諸調整においては、システム変更等をANAにリクエストしても優先順位が高くない状況だったため、ある意味"薄い親戚関係になる"ことで少しでも解消できればという考えもあった。

ブランディングに対する社内からの声

以前に触れたがブランディングに対しては内外からいろいろな声があった。社外とくにデザイン関係の方々からは、単にスターフライヤーがどうだというより「こういうところと組んでプロモーションを考えたら面白いのではないか」とのアイデアをたくさんいただいた。これらは別途少しご紹介させていただくが、「そういうことを考えてもらえるエアラインであることが大事」とデザインに関わる皆さんから言われたことが心にしみた。

他方、地元からは「スタイリッシュとか言っても九州らしくはないし、地元の市民になじむものか疑問だ」「みんなにいいなと言ってもらえることが大事で、"東京のセンスある人々に何かを感じてもらうのがスターフライヤーのブランディング"というのはちょっと傲慢なのでは」などの声があった。

社内でも「デザイナーと担当部署が密室でデザインを決めているのでは? 社内の団結、総意形成という意味ではいかがなものか」とか、「ブランディングにコストをかけ過ぎ」「その割に収益上の効果が薄いのでは」などの意見が出た。

ブランディングの価値とは? 意味とは?

実際、ブランディング担当チームからは、「社内外の声に説明するにもブランド作りを考え、実行する業務に時間がかかりとても対応できない。どうしたらいいのか」との悲鳴も上がった。ここで筆者が出した指示はシンプルだった。「聞き流せ」。

ブランディングはいろいろな意味で誤解される。「これでいくら稼ぐのか」という疑問は、ブランディングがすぐに収益を生むという考え方によるところだろう。これは間違った考え方で、マーケティングとは決定的に異なるものだと筆者は認識している。広告の効果は、よほど劇的な安値・品質・独自性を売りにできなければ、消費者の「どうせ売る側の手前味噌」という意識に埋没するだけだろう。

「社内で支持されていない」という考え方もまた違うと認識している。ブランディングはCI(コーポレートアイデンティティ)ではない。社員がそろって「いいな」というブランディングの表現(告知、広告、行動)では本当に「インフルエンス」を持ち、多くの「流れに付いて行く派」をその気にさせる社会のオピニオンリーダーを引きつけることはできない。

いろんな疑問や反対意見を無視することは適切でないし、「アンチ」を増やすことは避けたい。しかし、一つひとつそれらに説明・説得をしようとしてもこの問題はロジックでは解決できないもの、最後は好き嫌いでしかない。そういうものに時間をかけてやりあっても、分かってもらえることは無理だろう。まずは自分たちのブランドと言えるものができるまで突き進もう、と割り切った。

ここがぶれるとブランディングも何をしたいのか分からなくなっていく。この筆者の考えは今も変わらないが、「どこにもないエアラインを創る」という命題がなければ、違うことをしていたのかもしれない。

※本文に登場する人物の立場・肩書等は全て当時のもの

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。