(第1回はこちら)
(第2回はこちら)

中華人民共和国(中国)は6月25日21時00分(日本時間、以下同)、南シナ海の海南島に新たに建設した「文昌衛星発射センター」から、新型ロケット「長征七号」を打ち上げた。ロケットは順調に飛行し、搭載していた新型有人宇宙船の試験機など、合計6機の人工衛星の軌道投入に成功。宇宙船の試験機は翌日、内モンゴル自治区に広がるゴビ砂漠への着陸に成功した。

新型ロケットと宇宙船、そして新しいロケット発射場と、中国は宇宙開発において三兎を追い、すべてを得ることに成功した。この事実は一体何を意味しているのか。本連載では、新型ロケットと宇宙船、新しいロケット発射場がそれぞれどのようなものなのか、さらに中国の宇宙開発の現状と今後について、4回に分けて解説したい。

今回は、長征七号が打ち上げられた新しいロケット発射場「文昌衛星発射センター」を取り上げる。

発射台へ向け運ばれる長征七号ロケット (C) CASC

左が長征七号、右が長征五号の発射台 (C) The State Council of the People's Republic of China

中国のハワイ・海南島

中国はこれまで、北西部の甘粛省にある酒泉衛星発射センター、西南部の四川省にある西昌衛星発射センター、そして中北部の山西省にある太原衛星発射センターの、主に3カ所からロケットの打ち上げを行っていた。文昌衛星発射センターはこれらに続く、中国にとって4カ所目のロケット発射場である。なお、文昌衛星発射センターの他に、「海南文昌衛星発射センター」、もしくは「文昌航天発射場」などと呼ばれることもある。ケネディ宇宙センターや種子島宇宙センターなどと合わせるなら、「文昌宇宙センター」となるだろうか。

文昌衛星発射センターは中国の最南端、海南島の東部に建設された。海南島は南シナ海の北部に浮かぶ島で、面積は日本の九州とほぼ同じ。緯度は北緯18~20度とフィリピンやヴェトナムなどとほぼ同じ位置にあり、熱帯気候に属する。白い砂浜、美しい海、豊かな緑といった大自然に囲まれていることから「中国のハワイ」、もしくは「東洋のハワイ」とも呼ばれ、中国本土に住む人々にとっては、新婚旅行でここを訪れるのがひとつのステイタスになっているという。

その一方で、海南島は軍事基地としても有名で、核ミサイルを搭載可能な原子力潜水艦用の桟橋や、地下基地とみられる施設が建設されていることが衛星写真などから判明している。また2001年に発生した、海南島の周辺で米海軍の偵察機と中国軍の戦闘機が空中衝突した「海南島事件」でも有名である。

長征七号の発射台。周囲にも緑が広がる (C) The State Council of the People's Republic of China

文昌衛星発射センター

この場所に、新たにロケット発射場が設けられたのには、主に3つの理由がある。

ひとつは、赤道に近く、静止衛星の打ち上げに適しているということである。静止衛星が打ち上げられる静止軌道は赤道の上空に存在するが、緯度が高い地域から打ち上げると軌道が赤道面から斜めに傾いてしまうため、ロケットや人工衛星がエンジンを噴射して、その傾きを修正しなければならない。とくに人工衛星にとっては、燃料の残りがその衛星にとっての寿命でもあるため、その分衛星の寿命が縮むか、あるいは燃料をたくさん積む代わりに、搭載機器を減らすといった必要があった。

しかし、赤道の近くから打ち上げることができれば、その分傾きを修正する量も減り、また地球の自転速度を利用したロケットの加速もより多く得られる。

これまで中国は、主に西昌衛星発射センターから静止衛星の打ち上げを行っていたが、文昌衛星発射センターから仮に同じ性能のロケットで同じ質量の衛星を打ち上げたとすると、およそ3年も寿命が延びることになるとしている。

2つ目の理由は、ロケットの輸送が楽になるということである。中国のロケットはその大半が天津市で製造されており、そこから酒泉、西昌、太原衛星発射センターへ輸送する際には、貨物列車を使っていた。しかし、列車だと搭載できるロケットの大きさに制限があり、大型ロケットを造っても運べないという事情があった。

一方、海南島は島であり、天津市の港とは海路でつながっているため、船で運ぶことができる。船であれば、列車ほど搭載できるロケットの大きさに制約はなく、これまでの限界を超える、超大型ロケットの建造も可能になる。

そして3つ目の理由は、分離したロケットの部品が陸地、とりわけ人家へ落ちないという点である。酒泉、西昌、太原衛星発射センターはどれも中国の内陸にあるため、ロケットを打ち上げた際、切り離した部品はすべて陸地に落ちる。中国は打ち上げのたびに、部品が落下すると予想される地域に避難指示を出しているが、ときおり人家を直撃し、中国政府が弁償するような事態も起きている。一方、海南島の東から南までは南シナ海が広がっていることから、部品はすべて海に落下するため、こうした危険は小さくなる。

文昌衛星発射センターの最大の特徴は、文字どおりの純粋な「宇宙センター」であることを目指して建設されたということであろう。酒泉、西昌、太原衛星発射センターは基本的に軍事基地であり、ミサイルの発射実験なども行われる。しかし文昌衛星発射センターにはミサイル用の発射台はない。

また、静止衛星の打ち上げに適しているという点や、ミサイルにはとても不向きな、宇宙開発専用の大型ロケットの輸送が可能であるという点、そして軍事目的であればあまり考えなくて良い部品の落下への配慮といった点から、この海南島という場所が選ばれたことからも、文昌衛星発射センターが宇宙開発のためのロケット発射場としての性格が強いことが伺える。ちなみに、ロケット基地の発射場の近くには宇宙のテーマパークも建設されるなど、観光客も積極的に受け入れていくスタンスのようである。

手前にあるのが長征五号の組立棟、奥に見えるのが長征七号の組立棟 (C) The State Council of the People's Republic of China

ロケットが製造される天津から海南島まで機体を運ぶ貨物船「遠望21」 (C) The State Council of the People's Republic of China

建設の歴史

もっとも、当初からそのように考えられていたわけではないようである。

中国は1970年代ごろにはすでに、衛星打ち上げには赤道に近いほうが有利という点から、海南島にロケット発射場を造ろうという構想が存在していたとされる。しかし、海南島が中国の最南端にあり、そして海に面しているという、現在の文昌衛星発射センターにとっての利点が、このときは逆に欠点となった。というのも、当時はまだ米ソの冷戦中であり、中国にとっても他国からの攻撃というのは、十分に起こりうる脅威として考えられていた。その中で、防御が手薄になる中国最南端、それも遮るもののない海の中に浮かぶ島に、軍事衛星も含む人工衛星を打ち上げるロケット発射場を建設するのは、攻撃を受けるリスクがあった。

その考えは、酒泉、西昌、太原衛星発射センターが軒並み、中国内陸の、周囲を山に囲まれた場所に建設されたことにも通じている。

その後、1990年代に入って冷戦が終わり、また東南アジア諸国との関係も良くなりつつあった中で、中国はふたたび、海南島にロケット発射場を造る検討を始めた。中国の宇宙開発にとって、前述のような利点があることから、ロケット発射場として好ましい立地であることは疑いようもなく、また海南島を含む海南省も、地域経済や観光産業への貢献という点から発射場誘致に積極的だったという。

そして発射場の場所などの選定が行われた後、2007年に中国政府は発射場の建設に正式なゴーサインを与え、2009年9月14日に起工された。2014年中には一通りの施設が完成し、「長征七号」ロケットや「長征五号」ロケットの試験機が持ち込まれ、2015年にはロケット組立棟から発射台まで輸送する試験や、打ち上げに向けた発射台での準備の予行などが行われた。

建設や試験は比較的順調に進み、ほとんど遅れが出ないまま、今回の長征七号の打ち上げを迎えている。

長征七号の組立棟の内部 (C) The State Council of the People's Republic of China

長征七号の打ち上げ (C) The State Council of the People's Republic of China

文昌衛星発射センターの今後

文昌衛星発射センターには現在、長征七号と長征五号で、それぞれひとつずつ専用の組立棟と発射台が造られている。ただ、周囲の土地はまだ余っており、今後の需要の増加によっては、複数の発射台をもつことも不可能ではないだろう。ちなみに、長征二号や三号、四号といった旧型の長征ロケットの発射施設は造られない。

また、現在開発中の超重ロケット「長征九号」用の施設の建設も始まっている。長征九号は、かつてアポロ計画で使われた「サターンV」ロケットなどに匹敵する強大な打ち上げ能力をもつロケットで、完成すれば有人の月・火星探査に使えるという。もっとも、今のところ中国には、有人月・火星探査の具体的な計画はない。

より現実的な将来の予想としては、文昌衛星発射センターが今後、どれくらいの頻度で使われることになるのか、そして酒泉、西昌、太原衛星発射センターの扱いがどうなるか、ということが焦点となろう。

前述のとおり、文昌衛星発射センターは静止衛星の打ち上げに適しているため、現在西昌衛星発射センターから行われている静止衛星の打ち上げは、長征七号の本格的な運用開始と、旧型の静止衛星打ち上げ用ロケット「長征三号」の引退と共に、徐々に文昌衛星発射センターから行われることになるだろう。

また、現在主に、太原衛星発射センターから行われている極軌道へ向けた軍事偵察衛星の打ち上げについても、やはり長征七号の本格的な運用開始と旧型ロケットの引退に伴い、その多くが文昌衛星発射センターから行われることになろう。

意外にも、最後まで残るのは有人ロケットかもしれない。現在、有人宇宙船「神舟」の打ち上げはすべて酒泉衛星発射センターから行われているが、第2回で触れたように次世代の有人宇宙船の完成はまだ当分先である。また、神舟を打ち上げられるのは旧型の長征ロケットのひとつ「長征二号F」のみであり、そして同機は文昌衛星発射センターから打ち上げられないため、当面は酒泉からの神舟の打ち上げが続くだろう。ただ、神舟が向かう宇宙ステーションや、そのステーションに物資を輸送する無人補給船は長征五号や七号で打ち上げられるため、文昌衛星発射センターが今後の中国の有人宇宙開発にとって重要になることは間違いない。

結局のところ、第1回で触れたように、旧型長征ロケットは中国にとって足枷となりつつあり、長征五号や七号への移行は必要不可欠となっている。

そして、他国からの攻撃を受けにくいという点を除けば、酒泉、太原、西昌衛星発射センターは、衛星発射センターとして不便な点が多いことも相まって、次世代の長征ロケット・シリーズが出揃えば、人工衛星の打ち上げが文昌衛星発射センターにほぼ一本化されるのは必然であろう。長征七号は、ゆくゆくは中国の衛星打ち上げのうち、およそ80%を担うといわれているため、文昌衛星発射センターはそれ以上に、中国の衛星打ち上げの中心地として活用されるということである。

もっとも、酒泉や太原衛星発射センターはミサイルの発射試験場としても使われているため、完全に機能を終えることはないだろう。また「長征六号」は現在のところ、太原衛星発射センターにしか発射施設がない。いずれ文昌衛星発射センターから打ち上げられることになるのか、あるいは長征六号は軍事衛星の即応打ち上げなどのミッションに使われることから、他国からの攻撃を受けにくいという点を重視して、今後も引き続き太原衛星発射センターからのみ打ち上げられることになるのかにも注目したい。

酒泉衛星発射センターから打ち上げられている有人宇宙船「神舟」 (C) The State Council of the People's Republic of China

次世代長征ロケット・シリーズのひとつ「長征六号」の発射施設は、今のところ太原衛星発射センターにしかない (C) The State Council of the People's Republic of China

(次回は、新型ロケットと新型宇宙船、そして新しいロケット発射場を揃えつつある、中国の宇宙開発の将来について取り上げます)

【参考】

・http://www.gov.cn/xinwen/2016-06/23/content_5084781.htm
・China Wenchang Space Centre | China Space Report
 https://chinaspacereport.com/launches/space-centres/wenchang/
・CZ-7 to make historical launch from Hainan | China Space Report
 https://chinaspacereport.com/2016/06/16/chang-zheng-7-to-make-historical-launch-from-hainan/
・Sanya - Chinese Space Facilities
 http://www.globalsecurity.org/space/world/china/sanya.htm
・LIVE: Long March 7 (CZ-7) maiden flight - WSLC - June 25, 2016 (12:00 UTC)
 https://forum.nasaspaceflight.com/index.php?topic=39414.0