福岡県北九州市に本拠を置く百貨店、井筒屋をご存じだろうか。九州地場資本の百貨店では唯一、東証1部上場を果たした企業としても知られる。その井筒屋が2007年、百貨店としては初めて社内SNSを導入した。同社 経営戦略室 経営企画担当 マネージャー 進雄二氏に同社が社内SNSを導入した理由、およびその効果について話を伺った。

井筒屋 経営戦略室 経営企画担当 マネージャー 進雄二氏

"販売機会の喪失"情報を蓄積したい

井筒屋での社内SNS導入は昨年のことだ。百貨店の年間での休日は元旦だけ。しかも、開店は午前10時で閉店は午後8時と営業時間も長い。従業員はシフト制で入るため、必然的に従業員どうしが接する機会が少なくなり、直接情報を交換するのには限界が生じてしまう。そのサポートをITの力でできないかと考えたわけだ。

「地方百貨店なので、地元とのつながりを大切にしたいという願いがあります。しかし、従業員どうしのつながりもないのに地域とどうつながるのかと考え、従業員どうしのつながりを強化するために(社内SNSを)導入したというわけです」と進氏は語る。

井筒屋には1日に何万人ものお客が来店する。人もモノもたくさんあるが、時には、品物は店頭にあるのに目当ての品物にたどり着けず帰ることになってしまい、満足してもらえないということも起きてしまう。

「売れた情報はPOSシステムに蓄積されています。しかし、そこには"売れなかった情報"は入っていません。実は、"販売機会の喪失"情報こそが一番大切なのです。僕は、そのような情報をどうやって社内に蓄積していけばいいのかという研究をしてきました。そして社内SNSこそ、そういう情報を貯めるのに役立つかもしれないと期待を込めて使い始めたのです」

あらゆる層のコミュニケーションを吸収

「導入時、反対まではいかないけれど『(社内SNSがどういうものか)よくわからない』と言う人はいました。でも僕らがやりたいと訴えるうち、上司が『君らがそこまで言うならきっと役に立つのだろう。自分が使うかはわからないけれど、入れてみたらどうだ』と言ってくれたのです。上の人の理解をもらえたことが、進めていく上でよかったですね」。上層部の"お墨付き"があることで、クリアできる壁は多い。

社内SNSプロジェクトを進めるにあたり、進氏は新しくチームを編成した。13名から成り、20代から40代前半まで年齢もばらばらで、役職も平社員から部長クラスまでそろえ、男女織り交ぜたという。「役職や男女を織り交ぜたのは、それぞれの階級で取っているコミュニケーションが違うと考えたから。それを共有した上で運用を考えようとしたのです」

携帯電話利用でユーザー獲得

井筒屋の店舗数は、本店のほかに3店舗あり、グループ会社もある。社員数はパートを含め約1,000名で、パートでも社内SNSを利用できるようになっている。全体の65%くらいが女性であり、派遣社員まで含めると7割を超えるという。「女性に参加してもらわなければ欲しい情報が出てこない」という考えから、サイトは女性を意識したデザインにした。

井筒屋の社内SNS「Hotto」のログイン画面。井筒屋のリクエストに合わせてビートコミュニケーションがデザインした。「季節に合わせて、画像と配色を変更しています」(進氏)

ITに詳しい人材は社内にそう多くない。また、店頭で立って販売するのでPCに触れる機会がないという現状を踏まえ、携帯電話からもアクセスできるようにしたのが特徴だ。実際、事務仕事の人たちは会社のパソコンからアクセスするが、他の人たちは携帯電話からからのアクセスが多いという。携帯電話から見られるため、通勤時間などの時間に見ている人がほとんどだ。

「事務仕事の人からのアクセスが多くそれ以外の人のアクセスが少なめなので、今後は逆転していきたいですね。これは最初からわかっていた問題点なので、さらに参加するハードルを下げていきたいです」(進氏)

登録しているユーザーは約800名。そのうち200名は継続的に1週間に1回くらいログインしているアクティブユーザーだ。会社から全員にメールアドレスを配布しているわけではないので、招待制ではなく全員にIDとパスワードを配布する一人一ID制を取っている。パスワードは配布後に各自で変えてもらっているという。

社内SNSで新しい出会いも

社内にはグループウェアもあるが、社内SNSはそれとは別のものとして作った。「グループウェアでは業務連絡のみを行っています。社内SNSでは伝わらない人も出てくるので、始める際も『全部の情報を社内SNSに移行するわけではない』と釘を刺されました。業務の情報は意識して分けるようにしていますね」と進氏は語る。

ファシリテータは進氏を含め、2、3名で務める。日記を見かけたらなるべくコメントを書く、なるべく否定的なことは言わない、などを心がけているという。「個人的にこういうことが好きなので、ファシリテータは楽しいですね。これまであまり現場の人と接する機会が少なかったので、生の声が聴けるのはとても嬉しい。SNSがなければ知り合わなかった人や、これまで一緒に仕事をしてなかった人たちとも親しくなれました。日記では考えの根っこが見えてくるので、その辺が同じだと一体感が感じられますね。ユーザーからは、『いいものを作ってくれてありがとう』という声もいただいています」(進氏)

意見が交換できる場として活躍

社内SNSには、プライベートのことも業務のことも書いていいことになっている。禁止事項もとくになく、"常識の範囲で"という運用ルールだ。「もちろん仕事時間中に使ってもいいのですが、社長などの上層部が近くに来ると、画面を隠したくなる人もいるようですね」(進氏)

日記では、ちょっとした"気づき"などがよくあがる。『商品券売り場が1階から6階に移動したけれど、元に戻したほうがいい』などの意見が寄せられたこともある。「小さなことばかりだけれど、そういう意見が出せる場はこれまでなかったので貴重ですね」

違う部署どうしてマイフレンドになっていることも多い。以前職場が一緒だった、たまたま仕事を一緒にした……など、リアルな関係がベースになっていることが多いという。「リアルベースで知っていたけれど今までは話しづらかった、という人たちと話せる環境になっていますね。上司/部下でのつながりはやはり少なめ。上層部で参加している人もいて、2、3日に1回はログインするなど熱心に見ているようです」

また、当初想定したのと違う年齢層が使っている状態だ。「ユーザーは、30代から40代が多く、日記書いたり投稿するのもその年代が多いですね。今までそういった手段がなかったので楽しくて仕方がないようです。若い人たちはミクシィなどを使っているので利用の仕方はわかりますが、すでに他のコミュニティを持っていたようでそれほど活発というわけではありません。もっと若い人にも使ってもらいたいですね」

後編では、同社SNSで人気の機能や、今後の課題として捉えられている点について紹介する。

基本データ

特徴: 携帯電話でも利用できる非招待制SNS
使用製品: ビートコミュニケーション ビートオフィス
使用時期: 2007年12月
利用者: 800名(2008年10月現在)
ファシリテーター: あり(2、3名)
参加方法: 非招待制(一人一ID制)
アクティブ率: 20%
日記: 1日3 - 5本
メッセージ数 1日約40通
コミュニティ数 72件(2008年10月現在)