前回に引き続き、セイコーエプソンの社内SNS"Palette"の事例を紹介する。ある一定の成果を上げたともいえる同SNSだが、ファシリテータ2人にとってのゴールはまだ先にあるようだ。

これまでのツールとの違い

社内SNS導入に先駆けて、社内用語集をメディアウィキで立ち上げた。「そのころからSNSを考えていたのですが、社員が使えなかったら話にならないので、特定の目的で使うのはどうかと考えて試しで導入したのです。新入社員が困らないように作ろうという目的で始め、900くらいの単語が入力されました。変な書き込みもなくできたので、社員の自発性に任せてSNSも大丈夫だろうとやってみたのです」(中村氏)。

すでに社内には他のツールもたくさんあったが、どれもあまりうまくいかなかったという。「顔の見える電話帳があって、ブログ代わりにし出した人もいたのですが、仕事と関係ないことを書く人もいて、主旨がわかっていない人からは遊んでいると思われてしまった」と中村氏は理由を説明する。SNSならクローズドだが、一般の掲示板では誰にでも見られてしまっていたところが問題だったという。

掲示板は、「新宿駅前でみんなに向かって叫ぶ人はいないのと同じで、実名&公開では気軽に書くことができませんでした。その上、情報の正確性やフォーマル性を求められるので、続かないのです。たばこ部屋のような連帯感もあり真面目な会話以外も話せるものを目指したのですが、実現できなかったですね」(中村氏)

さらに、社内にはポータルやグループウェアもあった。MLもあったがやはり使われなかった。「今まであったものとは役割を変えました。これまでのツールは目的をはっきりさせていたので、ユーザーは目的がないと来ません。しかし社内SNSなら、ログインついでにQ&Aに答えたりできます。運営する側としては、コンシューマージェネレイティッドのほうが楽です。コンテンツを用意しなくても勝手に進んでいきますから」(中村氏)

立ち上げ時からさまざまな試行錯誤を経てきた"Palette"。社内SNSを成功に導くのは、ファシリテータの熱意が重要ということに改めて気づかされる

全国に広がる参加者の輪

Paletteは、実名参加を原則としており、顔写真も必ず貼るよう推奨している。基本的に「身分を明かしてコミュニケーションしましょう」という考え方で作っているからだ。参加者は、30 - 40代が多い。「行き詰まりを感じている問題意識の高い人たちが集まった気がします。組織の壁、コミュニケーション上の問題、事業所間の温度差などを感じている人たちがコミュニケーションツールに注目したのでしょう。今までは個人が発信する場がなく情報共有ツールがなかったためです」(中村氏)。

Paletteには関連会社も利用できるので、東北や札幌、鳥取などからも参加者がいる。利用対象者は3万人おり、そのうち1,700人が参加している状態だ。今は部長クラスも入り、年齢や男女の別なく参加している。7日以内にログインしている人の割合は53%にも上る。人気はQ&A機能や日記だ。日記の中では、役員が書いた記事が一番読まれているという。

ちなみに、ファシリテータが「誰からも誘われないから誘って」と言われた場合、直接招待するのではなく、他の人を紹介して招待してもらうようにして人間関係の輪を広げている。「ファシリテータの人間関係だけが広がっても仕方がない」と考えるためだ。ファシリテータは、なるべく目立たず裏方に徹するように運用を心がけているという。

リアルにつながる社内SNS

Q&A機能を使って寄せられた利用者の声を紹介する。いわく、「Q&Aの答えの質が高い」「敷居が低いけれど濃いコミュニケーションができる」「尋ねる相手がいないからスルーしていた内容もPaletteがきっかけできちんと考えるようになった」「Paletteで知り合ってその後顔を合わせることにつながり、人間関係が広がった」などだ。

「ネットでつながり、リアルの関係が深まっているのが嬉しかったですね。目的のひとつは、リアルなコミュニケーションにつなげたいということ。社内SNSはあくまできっかけであり、その中で終わらせないことが大切なのです」(中村氏)

Paletteのオフ会として、一度花見をやったことがある。「参加者はその後コアメンバーとして、サポートしたり意見を出してくれています。改めて、顔を合わせて信頼関係を深めることの大切さを感じました」(宮沢氏)

中村氏らの目指すことは、コミュニケーションのコストをいかに下げるかということだ。「トラスト&ケアですね。お互いに助け合うことが大切なのです。そのためにはいかにトラストな関係を築くかということ。ハードじゃなくてハート、です。最終的には人と人とのつながりが、業務を進める上で一番話が早いのです」

利用者からこんな話もある。「直接業務では顔を会わせないが、同じような仕事の悩みをかかえている者どうし、気楽に悩みが相談できるようになった」「情報部門では、ワールドワイドにこのSNSを使って、 情報化の目的などについて議論をかわすことができた」 「自分で解決できないことは、眉間にしわ寄せて頭抱えて悩むより、誰かに聞いた方が断然早く解決できるんですよね。そんな人のつながりを、Paletteのお陰で作ることができました」

手嶋屋会の効用

OpenPNEを選んだのは予算上の制約からだった。しかし、「自分でいじれば何でもできます。しばらくはサーバも余っていたものを使っていたのですが、最近になってやっと新しいものを購入したくらいです」(中村氏)とのこと。

NTTデータや、同じOpenPNEを使っているOKIなどと情報交換もしている。2008年6月に「Palette参加者千人突破記念セミナー」を開き、手嶋屋の手嶋氏やOKIの堀田氏に来てもらった。「自社だけでは行き詰まったときに相談できるところがあると、教えてもらえてとてもいいですね」(同氏)

中村氏および宮沢氏のポータル画面

世代間格差も埋めていきたい

「運用してみて改めて、ポータル系ナレッジ系はツールではなく、いかに場を作って盛り上げていくかだと思いました。これからベテランの方々をもっと引き込みたいですね。まだ年代の格差は大きいです。職場旅行とか運動会とかも減っています。エプソンの礎を築いてきてくださった方々が定年を迎えていく中で、Paletteを通じてつながりを作り、ノウハウの継承や、縦のコミュニケーションができたらと考えています。今後、年齢の高い方にどうやってアピールするかが鍵」と宮沢氏は豊富を語った。今も、50代の方達にも「これで慣れるとミクシィもできるようになりますよ」と言って招待しているという。最近、50代参加者が1割にまで増えた。

「販売店ともつなぎたいですね。作っている人と売っている人をつなぎたいのです。参加者数ももっと増やしたいですね。セイコーエプソンの中で、気楽に意見を言えるムードをもっと広げていきたいです。オフ会をもっと積極的に開催して、顔を合わせられる場をもっと広げたい。まだ行っていない事業所にも行って説明したいですね」中村氏は熱く語った。

成功の鍵は、ツール以上に運営する側の意識だ。運営者たちに熱い目的意識があり、そのための施策に努力を欠かさなければ、必ず結果はついてくる。そう考えさせられた取材となった。