経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、"珠玉"の一冊』では、私が読んで"これは"と思った、経済・投資・お金に関連する書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら、紹介しています。第10回の今回は、五十嵐敬喜さん監修の『経済 金融 トレンドに強くなる ワンランク上を目指す人のための実践的指南書』(きんざい)を紹介します。

五十嵐敬喜さんプロフィール

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 執行役員 調査本部長。京都大学経済学部卒業後、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。1981~83年経済企画庁(現内閣府)へ出向、経済白書の作成に従事。86~89年バンカーストラスト銀行(NY)に出向、米国経済を分析。94年から01年三和銀行の初代マーケットエコノミスト。02年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)調査部長。11年6月より現職。テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』レギュラーコメンテーター。

『経済 金融 トレンドに強くなる ワンランク上を目指す人のための実践的指南書』(きんざい、三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部著 調査本部長 五十嵐敬喜監修、定価1,400円+税)

「結婚を決めた理由は、彼が薔薇と言う字をすらすら書けたから。それで好きになりました」。もう20年近くも前になりますが、当時、人気絶頂だったある女優さんが有名作家と結婚するにあたって、芸能記者たちの質問にこのように答えていました。まだ学生だった私には、全くもって理解不能でした。女性にとって人生最大とも言える「結婚」という決断を、そんな理由でしてしまうなんて…。

ですが、年齢を重ねた今、その意味がわかるような気がします。それは、ただ単に「難しい漢字が書けること」に格好よさを感じたのではなく、「薔薇」という二文字をすらすらと書くことができることが、薔薇の存在や薔薇の美しさを、その男性が本質的に実感、理解していることを表しているからこそ、敬意と信頼を寄せたのではないでしょうか。「この男(ひと)は物事の本質を理解し、決して上っ面では勝負しない男なのだ」と。そういう意味では、この女優さんも伴侶を選ぶ上で、男性の本質をしっかりと見極めていたのだと思います。

物事の"本質"を探究する。これは、恋愛や人間関係のみならず、ビジネスの世界、そして日々、自身を高めていく上で、常に必要とされる姿勢なのではないでしょうか。今、世の中で何が起こっているのか? 日々発生する出来事の因果関係はどうなっているのか? これからどのような時代となるのか?

先行き不透明な社会のなかで、私たちが生き抜いていくためには、知識の習得はもちろんのこと、その本質を理解しておくことが大切です。今回ご紹介する『経済 金融 トレンドに強くなる ワンランク上を目指す人のための実践的指南書』は、そんな探究心を満たしてくれる一冊と言えます。

「読めるけれども書けない」レベルでは、役には立たない

まずは、監修者である五十嵐敬喜氏の説得力あふれる記述からご紹介しましょう

だれにとっても、「読めるけれども書けない漢字」は多いと思います。(中略)本書のねらいは、読者の皆さんが、経済分野における「読めるだけ」の漢字をなるべく多く「書ける」漢字に変えていくためのお手伝いをすることです。たとえばGDP。「国内総生産(Gross Domestic Product)の略号であり、一国の経済規模を表す指標だということは多くの人が知っています。しかし、その段階止まりなら「読めるだけ」です。GDPという経済用語を知っているだけでは、大して役には立ちません。(中略)「書ける」レベルの人は、GDPがどんな概念の指標なのかがわかっています。以前はGDPではなくもっぱらGNP(国民総生産)という指標が使われていましたが、両者の違いは何か、なぜGDPが使われるようになったのか、逆にその限界は何か、といったことも理解しています。「書ける」レベルに達した人は、応用問題に対して自分の頭で考え、自分なりの結論にたどり着き、自分の意見を論理的に述べることができます。単に用語だけでなく、経済・金融現象のメカニズムや大きなトレンドを理解するうえで、ある程度「書ける」レベルに達していることは大きな強みです。(中略)
国内、海外の実体経済や金融環境は今もめまぐるしく動いています。そのなかで生活しているわれわれとしては、今、世の中で何が起こっているのか、さまざまな現象の間の依存関係や因果関係はどうなっているのかといったことについて、常に思いを巡らせておくべきです。しかし、そのために必要な知識は、単に用語を知っているといったレベルでは役に立たないのは明らかでしょう。(中略)

自分の知識や考え方がどれくらい確かなものであるかは、人に説明してみるとよくわかります。頭の中でわかったつもりになっていても、実際に言葉に出して説明しようとしたとたんに、実は理解が不十分である現実を思い知らされることがよくあります。まさに「読めるけれども書けない」レベルだということです。ぜひ本書を熟読して、読めるだけの知識を書けるレベルに引き上げていただきたいと思います。(「はじめに」より抜粋)

上記を読んで私も猛省いたしました。「読めるレベルから書けるレベルへ」。それは言ってみれば、「本物もどきレベルから本物レベルへ」ということかもしれません。

まずは、先程の記述にも登場した、GDPについて記されている第一章をご紹介しましょう。どのテーマもQ&A方式で解説されています。

A GDPとは、国内で一定期間内に生産活動を通じて生み出された財やサービスの付加価値の合計額のことです。GDPには、景気実感に近いといわれる名目GDPと、名目GDPから物価変動の影響を除いた実質GDPがあります。

財・サービスの付加価値の合計

GDPとは国内総生産のことで、国内で一定期間に生産活動により生み出された財やサービスの付加価値の合計額と定義されています。付加価値とは産出額から生産を行うために投入された財やサービスの費用を除いたもので、各生産段階の付加価値の合計は最終生産物の価値に等しくなります。このため、GDPは最終生産物の合計額ともいえます。GDPは一国の経済全体の動向を表すものとして用いられると同時に、経済規模を表す指標として国際比較を行う場合などにも用いられてます。
GDPは、四半期ごとの動向について、内閣府が様々な統計をもとに推計して公表しています。たとえば10~12月期のGDPは、一次速報が翌年2月に、一次速報と比べて多くの統計を用いて推計される二次速報は3月に公表されています。(「第一章 経済 2 経済成長率(GDP成長率)とは何ですか」より抜粋)

Aの続きの記述では、GDPが「生産、所得、支出」の三つの面で等しくなる三面等価の原則を持つこと、ニュース番組などでよく使われる支出面からとらえたGDP(四半期ごとに公表)の構成項目、名目GDPと実質GDPの違いなどについて、表なども交えながら詳しく解説されています。

さらに、「ステップアップ欄」のコラムでは「成長率のゲタ」について、グラフを用いながらわかりやすく説明されています。

このように、第一章は、GDPに代表されるように「経済」がメインテーマです。続く第二章は「金融」、第三章は「トレンド」と、今、私たちが知りたい、そして理解したい各テーマについて章立てで構成されています。参考までにそのいくつかを記しておきます。

第一章 「経済」より

  • 景気のよい・悪いは何で判断すればよいのですか

  • いつになったらデフレは解消するのでしょうか

  • 日本での将来が有望な産業は何ですか

  • 私たちの給料はいつになったら上がるのですか

  • なぜ地域間で経済格差が発生するのですか

  • 米国経済の現状と展望を教えてください

  • なぜ欧州で財政危機が発生したのですか

第二章 「金融」より

  • 日本国内のお金の流れについて教えてください

  • 1,500兆円にのぼる個人金融資産の行方はどうなるのでしょうか

  • 円高はまだ進むのでしょうか

  • 株価が史上最高値を更新することは二度とないのでしょうか

  • 銀行が破綻しても預金は保護されますか

第三章 「トレンド」より抜粋

  • 東日本大震災は景気にどのような影響を与えましたか

  • 日本のエネルギー政策はどうなっていくのでしょうか

  • 原油など国際商品市況の上昇は今後も続くのでしょうか

  • TPPは何を目指そうとしているのでしょうか

  • なぜ日本製品は世界市場で苦戦しているのですか

  • 個人の所得格差は今後ますます広がっていくのでしょうか

それぞれのテーマがQ&A方式で簡潔かつ的確に解説されています。

ぜひ、ご自身が苦手なテーマについては、その項目を何度もお読みいただき、何よりバラバラに解説されている各テーマを、自分の頭のなかで組み立てながら読み込む訓練をしていくことをおススメします。

「論理的思考」を身に付けるためには?

とは言え、世の中にあるこれだけ多くのテーマやニュースを、論理的に組み立てていくのは大変な作業です。そのコツはあるのでしょうか? 監修者の五十嵐氏にうかがいました。

「論理的に考える、論理的に書く、論理的に話す…各々に多少の向き不向きがあるのは確かです。ただ、訓練していくことで、バラバラに入った知識をパズルのように組み合わせて考える癖はついてくるものです。まずは、あらゆる出来事、ニュース、話題、テーマに対して、なぜ? という疑問を抱き、その理屈を理解しようと自分の頭で考えたり計算したりして答えを導き出そうとすることが大切なのです」

五十嵐敬喜氏

なるほど。まずは疑問を抱き、その答えを論理的に組み立てていくことが大切…。とは言え、もともと論理的思考力をお持ちの五十嵐さんのような方であれば、やさしいことかもしれませんが、私たちにとってみれば、なかなか困難な作業となります。そのあたりについても、アドバイスをいただきました。

「実は、私自身、かつては論理的思考どころか大学で教わったはずの知識も頭に入っていないような新入社員だったのです。ある日、支店長とトイレで遭遇し、こんなことを聞かれました。「おい、五十嵐! CPIとGDPデフレーターの違いはわかるか?」と。当時の私は、明快に答えられませんでした。経済学部出身で授業で学んでいたはずなのに、です。

そこからしばらくは、知識豊富な上司や先輩たちに囲まれる中、劣等感を抱き続ける毎日でした。ただ、わからないことがあったら徹底的に調べるようにはなりました。そして、疑問がわけば、自分の頭のなかでその理屈を考え、組み立て構成していく術を習得していったのです。一言で、あらゆる物事を組み合わせて考える論理的思考力を身につけなさいと言われても、最初のうちはとてもハードなことでしょう。

それを克服するひとつの手段としては、自分が共感できる人の著書を何冊も徹底的に読みこなすという方法があります。その人の持つ論理的思考について、まずは自分の頭のなかにインプットし、その思考を真似ていく…。スポーツでも書道でも茶道でも、どの世界でも学ぶ第一歩は真似ることから始まります。そうすることで、自然と身につき、次第に、『おや、この部分に関しては、お手本と考え方が違うかもしれない』などと、自分なりの論理や思考を持つようになるのです。『疑問を抱き、バラバラに入った知識を組み合わせて考える』早い段階からこういった思考力を身につけておくことをおススメしたいです」

不透明感漂うなか、多様な情報があちらこちらに飛び交う現代。自分の芯をしっかり持って、この先を見据える力を身につけておきたい! そんな決意を再認識させてくれる珠玉の一冊です。

『経済 金融 トレンドに強くなる ワンランク上を目指す人のための実践的指南書』

はじめに
第一章 経済
第二章 金融
第三章 トレンド

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。 中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組にて、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。