経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、"珠玉"の一冊』では、私が読んで"これは"と思った、経済・投資・金融に関連する書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら、紹介しています。第6回の今回は、熊野英生さんの『3時間でつかむ金融の基礎知識』(明日香出版社)を紹介します。

熊野英生さんプロフィール

横浜国立大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。その後、第一生命経済研究所のエコノミスト職に転職。日本ファイナンシャル・プランナーズ協会評議員。専門分野は、金融・財政政策、為替などマーケット分析、個人マネー分析、経済統計。

欧州債務危機・TPPなど日本を取り巻く国際情勢から目が離せない昨今、様々なメディアで、作家で脚本家の故・井上ひさしさんの以下のような名言が紹介されています。

「われわれ人間が生きて行くためには、世界がどんなふうにできているかという世界観と、世界がそんなふうにできているならこう生きようという処世訓が必要だ」
「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に…」

井上ひさしさんは、主に演劇や文学の世界で上記の心得や創作姿勢を貫かれたわけですが、私が身を置く、経済・金融・マーケット報道の世界においても、全く同じことが言えると思います。今、世界はどういった状況にあり、日本の政治・経済はどこに向かっていくのか? 経済・金融という困難でわかりにくいニュースを、どれだけ深く、わかりやすく、興味深く伝えることができるのか? そして報道する際は、その基本姿勢は常に真面目であることが肝要です。

『3時間でつかむ金融の基礎知識』(明日香出版社、熊野英生著、定価1,500円+税)

「世界はどんなふうにできているのか」

これらを全うできれば、いい仕事=業が成し遂げられるでしょう。今回ご紹介する『3時間でつかむ金融の基礎知識』は、著者であるエコノミスト・熊野英生さんが、その業を追求した集大成とも言える一冊かもしれません。まず、「世界がどんなふうにできているのか」を理解するために、第4章「マーケットの流れがみえる」を読み進めていきます。

  • 日銀はどうやって金利を決めているのですか

  • どうして円高や円安になるの?

  • 株価と為替はどういう関係で動いているのでしょうか

  • 機関投資家、外国人投資家って誰ですか

  • 国際通貨基金IMFと世界銀行、国際決済銀行BISの違いは

  • 日本のマネー規模は? その内訳はどうなっているのでしょうか?

  • 世界の金融機関地図を描くならば日本はどこの位置にいるのでしょうか

難しくわかりにくいとされる金融・マーケットの世界が、いったいどのように成り立っているのかをやさしくわかりやすく解説してくれています。

さらにその世界を深く掘り下げて解説しているのが第5章「新しい金融の潮流」で、以下のような項目があります。

  • オイルマネーはどこにあるのですか

  • ファンドとはどういった資金ですか

  • ヘッジファンドに投資すれば必ず儲かるのでしょうか

  • 世界的な金あまりについて教えてください

  • デリバティブとは何ですか。金融工学とはどのようなものですか

これまで経済新聞を読んでも把握しにくかった金融の知識が、第4章、第5章を読むうちに"ストン"と頭の中に入ってきます。

第一生命経済研究所 主席エコノミストの熊野英生氏

基礎を習得した人は、処世訓を学ぶ段階に

金融・マーケットの世界がどのようにできているのか、その基礎を習得した人は、次は「そんなふうにできているならこう生きよう」という処世訓を学ぶ段階に入ります。それらは第2章「安全運用のための基礎知識」、第3章「お金と暮らしの関係」に記されています。

第2章

  • 元本保証は本当に安全なのでしょうか

  • 預金と国債はどちらが有利なのでしょうか

  • 日本政府が巨大債務を抱えて、国際の安全性は大丈夫なのですか

  • 資産・三分法、ポートフォリオとは何ですか

第3章

  • ライフプランを立てることは資産運用と関係があるのでしょうか

  • 銀行はなぜ住宅ローンを低金利で貸してくれないのですか

  • 変動金利と固定金利はどちらが得ですか

  • 本当に不動産投資、アパート経営は高利回りなのですか

第2章、第3章では、世界の金融マーケットを把握した上で、私たちがどのようにライフプランを立て、資産運用を形成していけば良いのか、その処世術を学ぶことができます。これらの中から一つ、特に著者・熊野さんらしいアドバイスをご紹介しましょう。それは、「第2章「安全運用のための知識」(11)資産三分法、ポートフォリオとは何ですか」に記されています。

古来、日本の商人の間で言い伝えられてきた財産の保全方法に、資産三分法があります。財産を(1)預金、(2)株式、(3)不動産(土地)の3つに分散させるのが安全性を高めるのによいという言い伝えです。(中略)この考え方は、「1つの籠にすべての卵を盛るな」というポートフォリオの考え方に一致します。(中略)筆者自身は、金融資産以外に自分の能力や、会社以外の人間関係といった無形資産も、十分に三分法の1つになると考えています。資産三分法の対象資産は、長期的に増やしておくことが自分の人生にプラスになる資産ということですから、柔軟に資産選択を考えることができると思います。

「自分の能力」「人間関係」を資産に加えるあたりが、いかにも実直な熊野さんらしいなぁと感じたので、そのことについてご本人に伺いました。

「自分の能力を高めるということは、肩書などではなく、常に抜き身で勝負できる状態にしておくということです。エコノミストとして経済・金融情報をレポートする立場にある私自身、いつもこのことを意識しています。さらに、抜き身で勝負するためには、日頃のトレーニングが大切。政治・経済・金融に関する情報収集につとめるのはもちろんですが、他分野も含めて本を年間100冊以上読むことを心がけています。また頭と共に体のトレーニングも欠かすことができません。学生時代から継続している中国武術、また、身近なところでは、ビルの18階にある自分のオフィスまで毎日階段を上って出勤することを10年以上続けています」

「常に抜き身で勝負!」とは、名言ではないでしょうか。さらに熊野さんに、今後の世界情勢を見通す上でのポイント、読み方についても伺いました。

「未来は誰にもわからないわけですが、過去と過去をつなげたり、過去と過去をクロスオーバーさせることでその先が見えてくることがあります。また、価格などの数字が動いている背景には必ず何かがある。そこを注意して見ていけば、経済や金融の姿が見えてくるはずです。最初は難しいですが、それは日々のトレーニング。毎日考えるという作業を続けていけば、自然と先を見通す力も備わってくるものだと思います」

この一冊を読む中で、難しい金融の世界が、なぜわかりやすく、やさしく、さらに深く理解できるのか。それは、常に考える作業を怠らず、日々のトレーニングに励む熊野さんの真面目な姿勢が反映されてるからなのだと分かりました。「金融」という言葉に近寄りがたいイメージを抱く方々を含め、様々な立場にある皆さんに読んでいただきたい珠玉の一冊です!

『3時間でつかむ金融の基礎知識』

内容
はじめに -
第一章 「金融で儲かる」仕組みの解明
第二章 安全運用のための知識
第三章 お金と暮らしの関係
第四章 マーケットの流れがみえる
第五章 新しい金融の潮流
第六章 資産運用の知識と使える金融情報

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。 中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組のパーソナリティとして、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。