経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスターが惚れた、"珠玉"の一冊』では、私が読んで"これは"と思った、経済・投資・金融に関連する書籍を、著者の方へのインタビューなども交えながら、紹介しています。第2回の今回は、三富正博さんの著書『ワクワク会社革命』(講談社)を紹介します。

三富正博さんプロフィール

バリュー・クリエイト代表取締役。公認会計士、米国公認会計士。慶應義塾大学ビジネススクール講師。青山学院大学を卒業後、アーサーアンダーセンに入所。東京事務所を経て、米国サンフランシスコ、シアトル、アトランタの3事務所で9年間、マ―ケティングやリスク管理、ナレッジマネジメントなど「見えない資産」を含めたマネジメントを実践する。帰国後2001年に株式会社バリュー・クリエイトを設立。日本を代表する大企業からベンチャー企業に至るまで数多くの企業の経営アドバイスや、次世代経営者の育成サポートを行っている。

「時価総額の大きい会社が優良企業」は本当?

「株価や株式の時価総額を見ればその会社の企業価値がわかる。時価総額の大きい会社こそ、企業価値の高い優良企業である」。日頃、経済キャスターとして東京株式市場の動向をレポートしているなかで、いつの間にか、私のなかには、そんな固定観念が根付いていました。

ワクワク会社革命──「崖っぷち企業」も利益率世界一になれる(講談社、定価(本体1,500円(税別)))

でも、その固定観念がこの『ワクワク会社革命』によって簡単に崩されてしまったのです。少し長くなりますが、以下は、同書の第四章「会社の価値は誰がつくるのか?」からの抜粋です。

「新聞等を見ても、企業価値について誤解に満ちた記事が数多く見受けられる。株式の時価総額と有利子負債の合計額でもって、企業価値と称している記事も少なくない。株式の時価総額が企業価値を表すということになると、株価を高めに維持することが企業価値を高める、という論調になる」

「それはあまりにも不安定な企業価値だ。ITバブルが弾けて、株価が二分の一にまで目減りしたとき、企業価値も、それと同じ程度にまで減ってしまったのだろうか。その答えは、もちろん『ノー』だ。そもそも当期利益が企業価値に与える影響は、全体の5%程度。株価が企業価値を表すかと問われれば、たしかに部分的には『イエス』であるが、(企業価値)全体への影響は5%程度のものだ。一方、企業文化が企業価値に与えるインパクトは全体の70~80%、戦略による部分が10~30%を占める。本質的には企業文化や戦略のほうが、企業価値にとっては、はるかに重要な要素」

「企業文化を強める取り組みをし、戦略を立案・実行する中でこそ、短期的な成果が期待できるのだ。しかし、四半期決算が導入されるなか、一部の証券アナリストも四半期ベースで会社を語ろうとしている。…企業価値には長期も大事。会社を経営する人も、従業員も、そして企業を分析する立場にある人たちも、『本質的に正しい企業価値の見方』というものをしっかりと考える必要がある」

以上の文章は、私の凝り固まっていた固定観念に、疑問符を投げかけてきました。つまり、「見える資産」の部分だけでなく、見えない資産に気づきなさい、財務諸表に載る「物的資産」「金融資産」だけで判断するのではなく、「組織資産(ワクワク)」「人的資産(イキイキ)」「顧客資産(ニコニコ)」を考慮しなさい、ということを教えてくれたのです。

ある企業の"再生物語"が「企業文化」の重要性を実証

ただ、著者・三富さんの言いたいことはわかるけれど、果たして見えない資産を高めることで企業の価値をつくれるのだろうか? 例えば会社を立て直すのに、「企業文化をつくっていくところから始めましょう」というのは悠長すぎないか、という疑問がわいてきました。

三富正博さん

しかし、本書の第一章から第三章につづられている、ある重厚長大企業の記録・再生物語が、私の疑問符への回答となっていました。そこには、創業100年を超える一大企業グループの中の「負け犬」企業が、わずか5~6年で業界世界一の営業利益率を誇る会社へと生まれ変わった、嘘のような本当の話が記されていたのです。

まずは、危機に陥った会社を立て直すために開かれた最初のミーティングの場面。今後の「ビジョン」を練るのを目的に掲げられたテーマがなんと「良書を読んで感想を言い合う」や「会社の悪口を言い合う」なのです。

同書のなかに登場する従業員の皆さんは、このミーティングの内容に、最初は疑心暗鬼になったり、困惑したりしている様子。でも、そういったミーティングを通して、これまで上意下達の企業風土の中で委縮していた従業員たちが、次第に本音を吐露し始める。そして、社内ではなく、お客様の方を見始める。現実を直視し、ダメな原因を探り始める。

変わりたい、変わるために必要な「成果の出る考え方・習慣」を自発的に身につけ始める。実際、変えていく習慣は、いたって簡単なところからでした。「人を褒める」「他部署の人と毎週30分以上、仕事以外の雑談をする」「派手で大きなゴールより小さなゴールを目指す」などなどです。そして、「減点主義でなく加点主義の企業文化に変える」。

"情熱=ワクワク"が従業員の心の中に芽生える

再生物語も中盤にさしかかってくると、議論を重ねるなかで、それまで組織に欠けていた"情熱=ワクワク"が従業員らの心のなかに自然と芽生えてくる様子が浮かび上がってきます。それはまるで、大きく負け越していたのに、だんだんと逆転勝ちへと流れが変わる試合を見ているかのようでした。

その背景には、従業員一人ひとりの「変わりたい」を引き出した著者・三富さんを始めとした、試合を進めるコーチ(コンサルタント)たちの存在がありました。そのことについて三富さんに伺うと、以下のように謙虚に答えて下さいました。

「僕らのアドバイスが会社を生まれ変わらせたのではなく、従業員一人ひとりが「変わりたい」という気持ちを持ったからこそ成し遂げられたんです。実際、相手の企業文化まで踏み込むコンサルタントは多くないですが、そこを変えなければ会社が劇的に変わることはない。この会社が利益率世界一になったとき、僕らは周囲から「すごいですね」と高く評価されましたが、本当にすごいのは、従業員一人ひとりなんですよ」

冒頭のプロフィールにもある通り、三富さんは米国のアーサー・アンダーセン(2001年に解散)という世界最高峰の会計事務所で米国公認会計士として活躍されてきました。しかも、所属はアンダーセンの中でも一番厳しく稼ぎ頭であるアトランタ事務所。そこには仕事のスピード、質、完成度の高さなど、まさに一流のプロフェッショナルたちが集まっていたそうです。

そして、上意下達とは程遠い自由闊達な議論の場、顧客優先の考え方、仕事仲間との信頼関係がありました。三富さんはそこで、「成果を出せる組織の考え方・習慣」を学び習得することができたといいます。

「日本人の可能性」を信じて日本に賭ける

その考え方はまさに、崖っぷち企業の再生物語に確実に生かされました。そこで私の中で最後に湧いてきた疑問符…。それは、「なぜ三富さんはそれほどまでにワクワクできる職場・アンダーセンを(解散する前に)去ったのか?世界中枢の企業が集う米国でこそ、会計士としてのやりがいを見出せるはずなのではないか?」ということでした。それに対し三富さんは次のように答えてくれました。

「9年間日本を離れ海外から日本を見続けるうちにこれからの日本に可能性を感じたのです。アンダーセンでは有能な仲間との厚い信頼関係を築くことができました。意外かもしれませんが、自己主張の強い一般的な米国人と違い、一流集団にいた彼らは、根はとても謙虚で相互の信頼関係を大切にします。その信頼関係と刺激的な議論が常態になると、いつのまにか「以心伝心」が生まれてくるのです。その以心伝心が大きな成果につながる。でも、考えてみれば、この「以心伝心」というのは、そもそも日本人の美徳なのではないか?一流のプロフェッショナル集団と大方の日本人はとてもよく似ている。だとしたら、日本には有能な人たちが数多く潜在するのではないか? 米国もいいけど、日本もいいのでは?これから日本でとてつもなく“おもしろいこと”が起こるのではないか?と思ったのです」

残念ながら、今世界のメディアなどで使われる"日本化"という言葉は、「長期に渡り低迷している」という状態を指します。確かに、日本という国は、政治・経済を中心に、勢いやパワーが消沈、低迷する時代が続いてきました。でも、三富さんの言うとおり、日本人には、まだまだ秘められた可能性が潜在している! 震災を機にそう感じた人も多かったはずです。「日本人一人ひとりには可能性がある」。そんなふうに勇気づけられる珠玉の一冊!

『ワクワク会社革命~「崖っぷち企業」も利益率世界一になれる~』

内容
序章 なぜ会社は変われないか
第一章 捨てられた会社
第二章 think straight, talk straight―現実を直視する
第三章 「ワクワク」する会社だけが生き残る
第四章 会社の価値は誰がつくるのか?
終章 「未来」のつくり方

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。 中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組のパーソナリティとして、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。