パイロットになるには整備から。船を知り尽くすことで恐怖心はなくなる

「しんかい6500」現役パイロット大西琢磨さんに色々と聞いてきたインタビューも最後となる第3回目。ここまで「しんかい6500」について詳しく紹介してきましたが、「自分も深海に潜ってみたい」、「しんかい6500のパイロットにはどうやったらなれるの?」と、うずうずしている方も多いことでしょう。大西さんはどうやってパイロットになったのか、そしてこれを読むアナタはどうやったらなれるのか? そこのところを聞いてみました!。

連続ドラマW「海に降る」(WOWOW 毎週土曜夜10時)主演の有村架純さんを囲んで。「しんかい6500」と「うらしま」チームの皆さん。現役の「しんかい6500パイロット」は司令を含めて8名。コパイロットは4名で、育成中のコパイロットも2名いるとのこと

現役「しんかい6500」パイロットの大西琢磨さん

――ズバリ伺いますが「しんかい6500(以下6K)」のパイロットになるために条件とか、「パイロット養成コース」はありますか?
大西:視力の条件も特になくて、コンタクトをしていてもいい。私は裸眼ですが、目が良くないパイロットもいますよ。体力テストもないです。6Kは小型船舶に登録されているので一級小型船舶操縦士の資格は必要ですが、入社してからでもとれるし、最終的には司令の判断ですね。訓練については、司令が作成した運航要員訓練カリキュラムに沿って行っていきます。

――なるほど、6Kも含めた全パイロットが所属する運航チームのリーダーである司令の、「こいつならパイロットになれる」という総合判断にかかっていると。でも最初の入り口として6Kを保有しているJAMSTECに入ればいいんですか?
大西:実際は6Kの運航・管理を行っている日本海洋事業という会社に入る方がダイレクトです。私も同社に入社しました。ただし「パイロット募集」という形では募集していないんです。「運航チーム要員」(運行チームは6Kのほか、ROVやAUVなどのチームも含まれる)として募集しています。でも逆に言えば、しんかいチームに入れば全員パイロットになる可能性がある。

――大西さんは、入社後どうやってパイロットになったのですか?
大西:私は元々、下関の水産大学校で海洋生物や海洋環境の勉強をしていて、将来的には修士課程に進み、研究者になりたかった。でも大学に船の勉強ができる学科があって1年間勉強すれば航海士としての資格をとることができたのです。研究課に進む時に生物に進むか船のほうに進もうか迷って先生に相談したところ、「せっかくだから航海士の免許をとってから生物に戻ってもいいのでは」とアドバイスを頂いたので、乗船経験を積み航海の勉強をしました。その後、修士課程で生物に進もうと思った時に、日本海洋事業の「しんかい6500」の話を聞いたんです。

――パイロットの募集ではなかったのですね?
大西:はい。「しんかい6500」だけでなく、無人探査機「かいこう」、「ハイパードルフィン」を含めた「運航チーム」として募集があったんです。でも心が動きましたね。

――何に心が動いたんですか?
大西:科学雑誌「ニュートン」を読むのが好きで、サイエンスが好きだったんです。「しんかい」は小学校の頃から知っていたと思います。面白そうだと思って受けてみたら運よく受かって、「しんかいチームに行きたいです」と話したら、希望通り入れてもらえました。

――でもその時点ではパイロットになろうとは思っていなかった?
大西:パイロットには手が届かないと思っていたし、「なる」という考えも思いつかなった。「しんかい」に携われるだけで嬉しかったんです。でも整備の経験を積むうちに「面白そう」と思ったし、「潜ってみないとわからない」と先輩に言われるうちに、少しずつ潜ってみたいという気持ちに変わっていきました。

――しんかいチームに入ってからは具体的に何をしたのですか?
大西:新人は「整備」、「潜航」、「航法管制」の3つのグループのうち、どこかに携わることになります。整備士になることが一番多いですね。運航要員訓練カリキュラムに沿って整備作業を学んでいきます。

――何か基準や合格点みたいなものが設定されているんですか?
大西:パイロット経験3年以上の教育者が何人かいて、整備作業を5段階で評価しています。そのことを実は9年近くいて最近知りました。自分も評価されていたんだ! と(笑)。例えば6Kの動力源であるバッテリーのケーブル接続手順がしっかり守られているか。評価は1から始まって4以上で合格、とか。

――操作を訓練するというよりはシステムを理解しているかが問われる?
大西:そうですね。潜る前に陸上でどれだけ覚えていくかが問われます。

――小説「海に降る」に、6Kの設計図を全部理解して、ばらしてもすべての部品を組み立てられるぐらいでないとパイロットになれないと書かれていて、驚きました
大西:はい。私たちも「図面が頭に入っていないといけない」と言われました。コパイロットになるまでは難しいですが、パイロットになるにはそれぐらい必要です。

――ということは、船で何かトラブルが起こると、すぐにどこがおかしいかわかるのですか?
大西:どこのあれが怪しいとか、どんな症状になっているだろう、とかすぐに連想できるようにします。頭の中には図面や、バッテリーから末端の機械まで上層から下層までどうつながっているか、という個々のラインや全体のツリー構造が入っています。ラインや全体像がわかっていないとパイロットになれないし、そうなるために整備で手を動かしながら、図面と格闘しながら、徹底的に学ぶことが訓練になるんです。

――潜っているときに、船の微かな音や揺れで、どこが悪いかわかるパイロットもいるとか?
大西:機械によっては音や起動時の振動などでわかることもありますよ。「あれ、いつもと違うな」という感覚が大事だと思っています。ベテランのパイロットになるほど、経験値が高く、その感覚が鋭くなっていくと思います。

――でも潜っているときにトラブルの元がわかっても直せないですよね?
大西:どこでどんな故障がおきているか、潜航中に多くの情報を収集することは大切です。母船上にあがるとトラブルが消える場合がありますから。深海の環境下だからこそ起きる。そのトラブルをいかに母船に揚収されるまでに突き止めるかが、次の潜航のためにとても重要です。

――トラブルが致命的になるかならないかの判断は?
大西:全体を知っているからこそ、まだいけるかどうかの判断ができる。潜航調査の続行OKなのか、致命的か否か。その切り分けをどこまでできるかで、パイロットの技量が問われます。潜っている途中で油圧ポンプやバッテリー系統が故障して、引き返した事例もありますよ。

――航空系のパイロットというより、エンジニアの延長線上にある感じですね
大西:そうなんですかね。だから潜るときに怖さがないのかもしれないですね。潜水船のシステムを把握しているから。

しんかい6500の整備中の様子。パイロットは整備作業を通して精通していく。大西さんや女性コパイ(写真撮影当時)の姿も (C)JAMSTEC

――整備以外にパイロットになるための適性とかはありますか?
大西:コパイロットになるには整備の実務経験が3年以上で訓練潜航回数が5回以上とか条件がありますが、適性については司令が「こいつはいけそうだな」と判断します。でも、まずは辞めないこと(笑)。中にはやっぱり無理だなという人もいると思います。だけど、やっていく内に面白さや色んな楽しみ方が出来てきます。ロボット(無人探査機)のほうが好きな人もいます。今年も新人で1人いましたね。

――閉所恐怖症のテストとかは?
大西:潜る前に何回かコックピットの中に入って訓練をしながら慣れていきます。気づかなかったけど、それなりに適性は見られていたんでしょうか。

マニピの洗礼

――図面のすべてを把握して組み立てられるようにするのが訓練の主目的ということは、マニピュレータで物をつかむ訓練とかはあまり重要ではないのですか?
大西:大事ですけど、まぁ大きくみるとあまり重要ではない(笑)。でも整備をやっていると、だんだんマニピュレータを触りたくなるんですよね。司令や整備長がずっと見てて「大西、そろそろマニピやってみるか」と声をかけてくれる。

――ほぉ!
大西:急に言われるんですよ。もちろん陸上でやるんですが、実機を使います。

――フライトシミュレーターとかモックアップ(実物大模型)のようなものはないんですか?
大西:ないです。実機を使わないとわからないから。しんかいチームに入って1年ぐらい経った頃です。操作の時はみんな集まってくる。面白いから。どうせへたくそだし(笑)

――新人歓迎ですね
大西:絶対うまくできないのをみんなわかってるから、にやにやしながら動画とか撮りながら、空のペットボトルとか空き缶をうまく捕まえられないのを見て笑ってるんです。やっぱり難しいんですよ。

――何が難しいんですか?
大西:先輩のマニピ操作を見ていると大きく動かしているように見えるんです。同じように動かすと大きすぎる。実際はすごく繊細です。先っぽを動かそうとするのに、違う間接が動いたりして周りの機械を壊してしまう。けっこう性格が出ますね。慎重な人は早めにできるようになるけど、私はどっちかというと「行ったれ、どんどん」なので(笑)。

マニピュレータ操縦用コントローラ(左)。意外なことに市販品。へびのようにくねくね動き、パイロットがコントローラを動かすとリーチ最大1.9m、7軸制御のマニピュレータが同じ動きをする。右の写真は実際に大西さんが操作して見せて下さったところ。先っぽを回転させる微妙な動きでサンプルを採取するそうだ

――「行ったれ、どんどん」ですか(笑) 何回かやるうちに操作は慣れるものですか?
大西:最初からうまい人は絶対にいない。センスもありますが、8割は場数です。やるとうまくなります。

――大西さんはドラマまで有村架純さんのマニピ操作を指導なさったとか?
大西:撮影には10日間ぐらい立ち会って、有村さんがマニピを操作しているシーンを担当しました。新人の下手なマニピ操作と、練習してちょっとうまくなったマニピ操作をお願いしますと言われて、やらせて頂きましたね。

――じゃあ、「とりあえず大西やってみるか?」っていう新人時代の操作を再現した?
大西:そうですね。1年目の大きく動かしすぎる操作とか。最初は前後関係がなかなか見づらいんですよ。だから当時、実際に失敗した「リアリティのある」失敗です(笑)。

マニュピレータを操作する大西さん。軸が多いため、慣れないと思いもしない挙動をしてしまい、失敗してしまうそうです

――有村さんは記者会見で6Kの特別な用語にも苦労したと言われてましたが
大西:たとえば「1200」と数字を伝える時「ひとふたまるまる」と言います。母船との通信には音波を使うのでノイズなどの影響で聞こえづらいんです。間違って伝わらないように、たとえば数字の「1」と「2)」は特に聞き取りにくいので、特殊な呼び方(1は"ひと"、2は"ふた"。ほかに7は"なな"となる)をしますね。

研究者との関係 - 地上のフィールドワークに付き合うことも

――パイロットとなると操縦だけでなく、研究者の目的を達成することがミッション成功でもありますよね? 研究者のやりとりでむずかしさを感じることはないですか?
大西:パイロットになったばかりなので、特にむずかしさを感じます。今は研究者が他の研究者の分までたくさんの研究テーマを潜航中に実施するので、とても忙しい。どうしても焦っちゃう。こうやりたい、次はこうやりたいと。

事前にかなり綿密なミーティングをしているのですが、やはり実際に潜ると、なかなかミーティング通りにいかない。「こう言ってませんでした?」と言っても「いや、違うんです。こうやりたいんです」と。

――途中で変わってきてしまう?
大西:そう。目の前の事にとらわれすぎずに「トータルで見ると、こっちのほうがいいですよ」と提案するのが結構難しいですね。特に私のような若手のパイロットで、ベテランの研究者が相手だったりすると。最終的には納得してくれますけどね。

――研究者が採りたいサンプルを、船長がマニピュレータ操作して採るのも緊張しますね
大西:研究者はパイロットが採るサンプルを直接見ていなくて、モニター画面を通してみています。例えば石をとるときに、表面に硬いものがコーティングされていたりすると採りにくいのですが、モニターで見ると、簡単にとれるように見えてしまう。それをどう納得してもらうかが難しいです。

――プレッシャーを感じますね…
大西:そうですね。諦めも感じながら(笑)。どうしても採らないといけないものは時間をかけてもとりますが、トータルに考えて時間がかかりそうだと「先に行きますか」と。どこまで粘るかの判断が難しい。パイロットは調査全体の時間配分も考えなければいけない。コパイの時は考えもしなかったですが。

――でも大西さんの場合は、元々海洋生物を学んできた経験が生きているのでは?
大西:そうでありたいですが、パイロットとしてまだ感じられてはいません。生物に限らずすべての潜航において、パイロットも研究者の意図をちゃんと理解しないといけないので。私は研究者の陸上の調査に連れて行ってもらったりもします。

――そこまでやるんですか?
大西:ちょっと変わっているかも(笑)。単に好きなんですね。その研究者は岩石屋さんだったんですけど、なかなか海底で石を採るのが難しくて、研究者がこういう石が欲しいという要望がよくわからなかったので「1回、陸上でどうやっているのか見せてください」とお願いして、丹沢や山梨のほうの調査に行ったり、データ解析した成果を見せてもらいました。

――ということは前回お話しされたように、今後はもっと研究者にとって観察環境を向上させた潜水船を希望しておられるわけですか?
大西:そうですね。将来的には全面が観察窓とか、前と後ろにコックピットがあるとか、そんな船が出来ればなぁと思っています。今は、「しんかい6500」に2人研究者を乗せた場合に、パイロット周りにスイッチを固めたり、効率的な機器類の配置を考えたり、手軽なタブレットで監視できないだろうか、など6Kの居住性をよくして広く使えるように考えるのがものすごく楽しいですよ。

――楽しそうですね! 最後に深海パイロットを目指す方々にアドバイスをお願いします
大西:私自身、運で入らせてもらったようなものなので(笑)、アドバイスと言われると困ってしまいますが、深海に関する何かに大きな興味を持つことでしょうか。深海機器でもいいし、単に変わった乗り物だから、深海生物を見てみたいなどでいいと思います。その気持ちが大きな力になると思いますよ。パイロットといっても皆それぞれ違います。自分なりの楽しみ方を見つける力が大事です。

潜航服は1人ひとりオーダーメイドでポケットの位置を変えられる。大西さんは右足のひざ下にポケットをつけてもらったそう。ポケットに大西さんはメモ帳や電卓を入れている

現役しんかい6500パイロットの話はいかがだったでしょうか。次回からは、新たなタイトルとともに実際に「しんかい6500」に乗り、沖縄本島近海の水深1500mに潜航、パイロットの仕事の様子や深海の暗黒世界を体験したWOWOWドラマの山本剛義監督のインタビューをお届けしたいと思います。「恐怖がない」と言い切るプロフェッショナルなパイロットと異なり、山本監督は「息苦しさを感じ、冷や汗が止まらなかった」と率直な感想を語ります。お楽しみに!

(取材協力:JAMSTEC、日本海洋事業)

(次回より「海に降る」の山本監督のインタビューをお送りします。掲載は10月30日予定です)