高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』を見てきました。原作である「竹取物語」はみなさんもよくご存じだと思います。でもみなさん、かぐや姫の発見者である「竹取の翁」をお人よしの竹取業者、ぐらいに思っていませんか。しかしながらこのおじいさんには、竹取としての才能だけでなく、女の子をプロデュースするという第2の才能があるのです。

作品を見ていくと、竹から生まれた不思議な女の子が、世にも美しいかぐや姫になり、セレブたちから求婚されるためには、単に彼女が美しいだけではダメで、おじいさんによる「セレブ化計画」が不可欠だったことが徐々に判明してゆきます。

竹取の翁のプロデュース仕事とその限界

まず、おじいさんは、おばあさんとかぐや姫を山に残し、ひとり京の都へと出て行きます。姫を住まわせるのにふさわしくて、都の人に馬鹿にされないような、立派なお屋敷を建設するためです。やがてお屋敷が完成すると、みんなを呼び寄せ、そこで暮らし始めます。

彼は「カタチから入る」ことのプロです。成金と陰口をたたかれようとも、お金をかけて、コネを駆使する。やれることはなんだってやります。お屋敷を完成させたあとは、「相模」という教育係をわざわざ宮中から呼び寄せています。かぐや姫に書や琴を習わせ、美しく教養のある高貴の姫君へと育てあげるためです。この相模、今で言うと、ミス・ユニバース日本代表を世界大会で入賞させまくっているイネス・リグロンみたいな感じですかね。和製イネスの手助けもあって、姫は都のみんながうわさする憧れの姫君になります。公達が5人も言い寄ってきたばかりか、帝までもが彼女に惚れてしまうのですから、相当なモテっぷり。おじいさんのプロデュースは、一定の成功を収めたと言えそうです。

ただし、おじいさんには大きな欠点がありました。それは、女の子の心がぜんぜん読めないということ。かぐや姫が本当に望んでいるのは、玉の輿などではなく、山にいた頃のような自由な暮らしです。でも、美のポテンシャルが高すぎたし、おじいさんの期待に応えようとする健気さもあったし、自分の気持ちを殺してでもセレブ修行に打ち込むタフさも身につけてしまって、どんどん高貴の姫君を「擬態」できるようになってしまい、その挙げ句、地球での生活に限界を感じ月へ……。なんて切ないんだ。アイドルであることに疲れ果てた女の子とプロデューサーの関係に見えてきたぞ。

もちろん、おじいさんは最初からかぐや姫を商売道具にしようと考えていたワケではないし、愛しているからこそ、田舎のおてんば娘を都会のレディに仕立て上げたのですが、姫の本心をきちんと理解できなかったのが、何とも言えずもの悲しい。一時的な成功はおさめますが、その成功によって姫が幸せをつかむことはなかったのです。切ないけれど、それがおじいさんの限界と言えるでしょう。

地味だが見逃してはならない「女童」の活躍

そんな中、姫の気持ちを汲(く)むことができたのは、おばあさんと、姫のお世話係である「女童」です。この女童、チョイ役に見えて実はかなり重要な登場人物。これといった特技を持たない、ごく普通の女の子のように思えてしまうけれど、さにあらず。

彼女は、姫のお稽古に付き合ってあげたり、都に友達がいない姫の話し相手になってあげたりする、24時間休み無しの雑用係です。雇い主であるおじいさんの言うことを聞き、姫のセレブ化計画に加担しているように見えて、実は姫の不自由な暮らしにとても同情的。深窓の令嬢としてお屋敷に閉じ込められ、花見などできそうにもない姫のために桜の枝をプレゼントするなど、姫の気持ちを察知する賢さがあります。

女童の賢さは、本作のクライマックスシーンに最もよくあらわれています。竹取物語のクライマックスと言えば、もちろん姫が月に帰らねばならないという例のアレです。お屋敷のみんなは姫を渡すまいと武器を手に待ち構えているのですが、眠りを誘う月の魔法が強力すぎて、おじいさんおばあさんも含めて、みんな眠らされてしまいます。

女童はおじいさん以上の名プロデューサー

そんな中、女童いつの間にか持ち場を離れ、どこかに行ってしまいます。「おい女童!  どこ行ったんだよこんな大変なときに!」と思うのですが、彼女はあるアイデアで、月の魔法にかけられてしまったおじいさん、おばあさんを目覚めさせることに成功します。このシーンはほんの一瞬で、女童がどれほど重要な仕事をしたか、見逃してしまう人も多いかも知れません。しかし、彼女の活躍がなければ、おじいさんおばあさんは眠ったままかぐや姫と別れなければならなかったのですから、女童の仕事ぶりはちゃんと評価したいところ。持ち場を離れるというルール違反をおかしてまで、眠りの魔法を解いた女童は、勇敢な仕事人間だと言わねばなりませんし、日頃から姫の気持ちを読んで行動していた彼女こそ、名プロデューサーと呼ばれるにふさわしい人物なのではないでしょうか。

女童のおかげで眠りの魔法を解かれたおじいさんとおばあさんは、かぐや姫と最後のお別れをすることができました。別れて暮らすことが彼らの定めだとしても、お別れをきちんと言えたことは、彼らにとってとても大切なことだったに違いありません。

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<著者プロフィール>
トミヤマユキコ
パンケーキは肉だと信じて疑わないライター&研究者。早稲田大学非常勤講師。少女マンガ研究やZINE作成など、サブカルチャー関連の講義を担当しています。リトルモアから『パンケーキ・ノート』発売中。「週刊朝日」「すばる」の書評欄や「図書新聞」の連載「サブカル 女子図鑑」などで執筆中。