清須会議。それは、本能寺の変(1582年)で死んだ織田信長(篠井英介)の跡継ぎを決めるため、尾張国清洲城で開かれた会議のことです。跡継ぎの候補は、信長の次男「信雄(のぶかつ/妻夫木聡)」と三男「信孝(のぶたか/坂東巳之助)」のふたり。大うつけの次男を推しているのが、羽柴秀吉(大泉洋)で、聡明で勇敢と評判の信孝を推しているのが柴田勝家(役所広司)なのですが、この勝負、どう考えても三男を推す柴田勝家が有利に決まってるだろ! という感じですよね。しかし、会議が終わってみれば、秀吉が予想外の大勝利を収めることになります。

三谷幸喜が描いた、秀吉流の「仕事術」

東宝『清須会議』

歴史モノの面白いところは、歴史を題材にする以上、結末が「ネタバレ状態」であること。だからこそ、結末より過程、つまり、ストーリーやキャラクター造形が大切になってきます。本作で監督をつとめた三谷幸喜は、羽柴秀吉をたいへん魅力的な仕事人間に仕立て上げています。ストーリーの中で一切ひとを殺さない秀吉がとても印象的で、戦闘シーンを排し、清洲城内での人間関係にフォーカスしているため、現代を生きるわたしたちに引きつけて考えやすいのです。

戦乱の世の中を必死で戦い抜いてきた秀吉であっても、清須会議の席上で武力を行使することはできません。ここで彼が行使できるのは、武力ではなく知力です。知力を生かした仕事術であれば、盗めるところがありそう……それでは、秀吉流の仕事術とはどのようなものか、少し見てみましょう。

大変な時こそ「遊び」を大切に

清須会議に参加する人々が意識しているのは「多数決の原理」です。過半数を獲得するためには、オイシイ話をちらつかせて、賄賂だって渡しちゃう。それは秀吉も勝家も同じこと。だけど、秀吉はそこに「遊び」の要素が加わっているのが独特です。会議当日までの間、毎晩のようにどんちゃん騒ぎの大宴会を開き、わざわざ遠方から呼び寄せた妻の寧(中谷美紀)に踊ってもらう。決して卑わいではないけれど、適度な色気のある踊りは、跡継ぎ問題で揺れる清洲城内の男たちを大いに喜ばせます。ちなみに、宴会には、会議での発言権がある者もない者もみんな出席して、分け隔て無く飲み食いをしており、非常にオープンな雰囲気。一方の勝家は、夜の飲み会をブレーンとの大切なミーティングの場と捉えている様子で、参加者は少数精鋭です。

ここまで読んでもうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、大うつけの次男を後継者として推し、夜にはどんちゃん騒ぎ……秀吉のやっていることはハッキリ言ってむちゃくちゃです。信長の後継者が決まっていない空白の時間が長ければ長いほど、そこにつけこんで敵が攻め入ってくる可能性も高くなるというのに、そんな状況下でも平気で飲み会をやっているのですから、油断していると言われても仕方がありませんよね。しかし、こうした「遊び」を重要視することこそが、秀吉の戦略なのです。

新しいことのためにはむちゃくちゃをすべし

むちゃくちゃにしか見えない秀吉の行動には、理由があります。彼が見つめているのは、騒乱のない平和な世の中。それは、これまでの政治体制を維持したのでは決して実現しない夢であり、もしもこの夢を実現させたければ、いかにも跡継ぎ向きな「しっかり者の三男」を推すという「正しさ」だけではどうにもならないのです。だから秀吉は、勝家的な常識の斜め上を行こうとするのです。その最たるものが「遊び」を利用した人気取り。清洲城内での宴会のほか、清須に向かう秀吉は、御輿のようなものに乗って餅をバラまき、道行く人々に猛アピールしたりもします。秀吉と勝家の差は、現代でいえば、大衆に向けて情報発信する政治家と、人目につかない料亭に集合し、密談によって国を動かそうとする政治家の違いといったところでしょうか。

信長の後継者推挙に奔走する秀吉ですが、いずれは自分が天下人となり、新しい時代を切り拓きたいと考えています。それを亡き信長に対する裏切りだと感じた前田利家(浅野忠信)が秀吉に斬りかかろうとすると、秀吉はこんな風に反論するのです。「わしを切れば、戦の世はあと100年続く」……それでもいいのなら、どうぞ斬ってくれという覚悟には、やはりただ遊んでいるのではない、秀吉の本気が感じられます。

仕事と言えば、ストイックに取り組むことが良いことだと思われがちですが、場合によっては「遊び」の要素が仕事を成功に導くこともある。秀吉といえば、見た目の特徴からサルと呼ばれていますが、そうした呼び名を嫌がりもせず、むしろサルのような自分を存分に活用し、人々と「遊び」で繋がってゆく秀吉の仕事術は、明るく軽やか。とくに「正しさ」だけでは乗り切れない局面に立たされた時、彼の仕事ぶりはわたし達に大切なヒントをくれる気がします。


<著者プロフィール>
トミヤマユキコ
パンケーキは肉だと信じて疑わないライター&研究者。早稲田大学非常勤講師。少女マンガ研究やZINE作成など、サブカルチャー関連の講義を担当しています。リトルモアから『パンケーキ・ノート』発売中。「週刊朝日」「すばる」の書評欄や「図書新聞」の連載「サブカル 女子図鑑」などで執筆中。