TBSドラマ『半沢直樹』が終わってしまいました……。大手銀行に勤める正義感あふれる男、半沢直樹(堺雅人)が「倍返しだ!」を合い言葉に、あくどい上司との攻防戦を繰り広げる様子は、多くの人びとを夢中にさせましたが、この作品、勧善懲悪の物語でありながら実は「チーム男子」ならぬ「チーム中年」のスポ根物語でもあると思うのです。肉体的に汗水たらすワケではないけれど、精神的には汗かきまくり。仲間と協力しながら知恵を働かせ難局を乗り切る汗だく中年男性たちのなんとも言えない清々しさよ……。すっかり原作者・池井戸潤の世界観および仕事観にハマってしまいました。

「チーム中年」の魅力が光る、池井戸潤『下町ロケット』

池井戸潤『下町ロケット』(小学館)

直木賞を受賞したことでも知られる『下町ロケット』(小学館)もチーム中年が出てくる池井戸作品ひとつ。タイトルの通り、下町でロケット(の部品)を作る男たちの物語です。先日、イプシロンロケット試験機が無事打ち上げに成功したばかりということもあって「ロケット打ち上げの裏側にこれだけのドラマがあるのか!」と思いながら読むと、より面白く読めますよ。

自社製品をロケットに搭載して宇宙に飛ばしたいという夢を精密機械製造会社「佃製作所」の社員たちが本気で追いかけるのですが、夢を見る前に現実を見ろ! とばかりに難題がわんさか押し寄せます。のっけから、大手取引先に「来月末までで取り引き終了」と言われるわ、ライバル企業の「ナカシマ工業」から特許侵害で90億円の損害賠償を請求されるわ。踏んだり蹴ったりです。

金と夢だったらどっちを取るべき?

佃製作所の社長「佃航平」は、もともと宇宙科学開発機構(※作中に出てくる法人)の研究者。研究者の魂を持った経営者である佃社長は、研究開発費をケチらないことが、結果的に会社の成長を助けるという信念を持っています。しかし社内ではとにかく金がないという状況でそんなところにばかり金をかけていていいのか? という不満もある。

夢と金。このふたつが天びんにかけられたとき、どちらを取るのか。佃社長の中では夢以外に考えられませんが、社員を食わせていくということを考えると、夢とばかりも言っていられない。

このジレンマが最大化するのが、佃製作所が開発したバルブシステムの特許を手に入れようと超大企業「帝国重工」が乗り出してきた時です。バルブシステムの技術が手に入れられなければ、帝国は威信を賭けた宇宙開発計画を遂行できないという崖っぷちに立たされています。帝国のロケットが飛ぶかどうかは、佃の技術にかかっているのです。

若手社員の反発に苦悩する中年社長

帝国に特許を売ればとんでもないお金が転がり込んできますし、使用許可を与えれば権利を持ちつつ使用料を受け取ることができます。これで佃は安泰です。しかし、社長はそれらのおいしい提案ではなく「部品提供」という道を選びます。技術を提供するのであれば、あとの責任は帝国が負うことになりますが、部品提供であれば、万一トラブルがあったとき責任を負うのは部品を作った佃です。この相当チャレンジングな選択に、社内は賛否両論の嵐。

「社長の夢はわかります。でもそれはいま語るべきことじゃないと思うんですよ」 「いや、特許使用契約ではダメなんだ。作ってこそ、意味がある。必ず成功させるから」「オレを信じてくれ」

佃社長の言っていることは、論理的ではありません。資金繰りの苦しい会社の社長が言うことじゃない。元研究者でしょ? 頭いいんでしょ? 帝国からお金もらおうよ? 佃の社員も(そして読者)もそう思わずにはいられませんし、佃社長の言っていることは、非論理的すぎます…しかしこれこそが夢を語る人間の正しい姿です。ただ直感があるだけで、論理がついてこない。仮に論理があったとしても、それは今すぐ証明できない、やってみなければ分からないのです。こうした佃社長の考えは、帝国にとってもハッキリ言って「意味不明」です。こんな好条件、めったにないのになぜ佃は乗ってこない!?

自信とプライドが男たちの絆になる

しかし、帝国社員の「財前」は、佃を視察に行って「あること」に気づきます。

「手作業で鉄板に穴を開けている工員の姿、それを目の当たりにしたときの新鮮な驚きは、拭い難く胸に焼き付いている。その技術の確実さ、それを培っている会社の精神的背景は、規模の違いこそあれ、帝国重工の製造現場に引けを取らない。いや、それ以上かもしれない」

会社の規模や資金の有無ではなく、単純に技術力を見れば、佃はものすごい優良企業なのだということに財前は気づきます。それと同時に、佃社長の直感が単なるあてずっぽうではないということにも。そして佃の真価を見抜いた財前は、佃の条件(部品提供)を飲もうと思い始め…「チーム中年」は、ここにも誕生します。部品提供に応じるということは、帝国の方針に逆らうことなのですが、それでも財前はひるまない。なぜなら「帝国重工の部長として、相手の技術を見定める目には自信があった」から。こうして、佃社長と財前はそれぞれの立場から「部品提供」というゴールに向けて進み始めます。中小企業と大企業、金持ち大企業と貧乏町工場、ロケット部品を作る会社とロケットそのものを飛ばす会社、いろいろなことが大きく違うのに「確かな技術」という一点で佃社長と財前が歩みを固める様子はなんだか青春ドラマのよう。

みんな仕事人間だった!

しかし、財前以外の帝国社員は、基本的に佃を下に見ています。部品提供の話が具体的になると、佃をバカにする帝国のやつらが続出。こうなるともう、佃の人間も金のために特許を売ろうなんて思えなくなってきます。

「会社が小さいと思って舐めてんじゃねえぜ」

血気盛ん! 佃社員の職人気質が大爆発です。帝国に佃の実力を認めさせるべく、動き始める社員たちはまさに「倍返し」してやろうと燃えています。徹夜で仕事をしたり「—佃品質、佃プライド」と書かれた手描きポスター(字が下手なのもイイ)を掲げちゃったりして…佃製作所は仕事人間の巣窟だったのです。あんなにお金が大事だと言っていたのに、夢とプライドという「あったところで腹は膨れない」の代表格みたいなもののためにアツくなっているチーム中年。彼らは確かに中年のおじさんですが、夢を追いかけプライドを掲げ、自社製品を宇宙に飛ばそうとする様子には、思わずグッときてしまいます。ただの夢見がちな中年はどうかと思いますが、夢を叶える中年は最高にカッコイイのです。


<著者プロフィール>
トミヤマユキコ
パンケーキは肉だと信じて疑わないライター&研究者。早稲田大学非常勤講師。少女マンガ研究やZINE作成など、サブカルチャー関連の講義を担当しています。リトルモアから『パンケーキ・ノート』発売中。「週刊朝日」「すばる」の書評欄や「図書新聞」の連載「サブカル 女子図鑑」などで執筆中。