オーロラが数十秒ごとに光ったり消えたりする「脈動オーロラ」。この不思議な現象がなぜ起こるのか、長い間謎に包まれていたが、2015年9月28日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所は、小型高機能科学衛星「れいめい」による観測と、コンピューターによるシミュレーションにより、その仕組みを解明したと発表した。そこには「コーラス」という、「宇宙のさえずり」とも呼ばれる不思議な現象が絡んでいた。

第1回では、「れいめい」の観測により、地球に降ってくる電子の増減が、オーロラの脈動や瞬きを起こしていることがわかったことを紹介した。今回は、電子の数が増減する原因となっている「コーラス」と呼ばれる現象と、そしてさらなる謎の解明に向けて開発が進む「ジオスペース探査衛星(ERG)」について見ていきたい。

小型高機能科学衛星「れいめい」の想像図 (C)JAXA

国際宇宙ステーションから見たオーロラ (C)NASA

宇宙のさえずり「コーラス」

第1回で紹介したように、オーロラは高度100kmから300kmほどの上空で光っており、そのオーロラは、太陽から飛んできた電子が、地球の磁力線に沿って降ってくることで光っている。

そしてオーロラの中には、明滅や瞬きを起こす脈動オーロラというものがあり、それが地球に降ってくる電子の増減によって起きていることが、「れいめい」の観測によって世界で初めて直接確認することができた。

では、その電子の増減、つまり電子が地球に降ってくる、降ってこないということは、何が決めているのだろうか。

その原因を説明するために、三好さんらは「コーラス」という現象が関係しているのでは、という仮説を立てた。

コーラスとは、電子が降ってくる地球の磁力線を辿った先の、高度数万kmというとても高いところの宇宙空間にあるプラズマの波(電波)のことである。コーラスは数kHzほどの、私たちの耳で聞こえる音と同じ周波数をもっている。もちろん宇宙は真空なので音を直接聞くことはできないが、その電波を受信してスピーカーにつないだとすると、小鳥がさえずっているに聞こえる。

[音声]欧州宇宙機関(ESA)の衛星「クラスター」が捉えたコーラス (C)ESA

このコーラスの存在は、第一次世界大戦の中で明らかになった。明け方に兵士が無線を聞いていると、このような声がスピーカーを通じて聞こえてきたのである。当時は無線が実用化されたばかりで、その正体はわからず、小鳥のさえずりのように聞こえることからコーラスと名付けられ、その後の研究で宇宙から来たものだとわかった。

このコーラスは数秒ごとに集団で発生したり消えたりしている。また、この音を聞いているとわかるように、数秒ごとに音が高くなったり低くなったり聞こえるが、これは周波数が高くなったり低くなっているということを表している。

このコーラスは電子を「散乱」させる性質をもっており、電子の多くを、地球に向けて叩き込むような向きに動かしていると考えられている。つまりコーラスが数秒ごとに集団で発生したり消えたりしていることで、地球に降ってくる電子の数が増減し、その結果オーロラが脈動しているのではないか。またコーラスが数百ミリ秒ごとに変動する、つまりさえずりによって、内部変調が起きているのではないか、ということが考えられたわけである。

それを証明するには、コーラスの動きと、オーロラの動きを同時に観測しなければならない。しかし、コーラスが起きているのは高度数万kmほどの高さであり、「れいめい」では観測することができない。

そこで三好さんらは、米国の「テミス」と、欧州の「クラスター」という衛星が観測した、コーラスの電波の情報を使い、どういった電子が、コーラスによって大気に降ってくるのかをコンピューターを使ってシミュレーションした。その結果、「れいめい」が観測した電子のデータを再現することができたという。

宇宙のさえずり(コーラス)と脈動オーロラの関係 (C)JAXA/名古屋大学

コーラスと電子の相互作用についてコンピューター・シミュレーションをおこない、脈動オーロラの観測結果を再現することに成功 (C)JAXA/名古屋大学

つまり、数秒ごとにコーラスが集団的に発生する(さえずりが強くなる)と、数秒ごとに電子が宇宙から降ってくる(脈動オーロラが明滅する)こと、そして短い時間でコーラスが何度も発生する(さえずりが起こる)と、1秒以下で電子の数の増減が起こる(脈動オーロラが瞬く)ことが実証できたことになる。

数秒ごとにコーラスが集団的に発生する(さえずりが強くなる)と、数秒ごとに電子が宇宙から降ってくる(脈動オーロラが明滅する)。また短い時間でコーラスが何度も発生する(さえずりが起こる)と、1秒以下で電子の数の増減が起こる(脈動オーロラが瞬く)。 (C)JAXA/名古屋大学

コーラスが弱くなる(さえずりが聞こえなくなる)と、電子が降ってこない(脈動オーロラが消える)。 (C)JAXA/名古屋大学

これまで、主脈動と内部変調を統一的に説明できるアイディアはなく、どのような仕組みで脈動オーロラの明滅や瞬きが起こるのかわかっていなかったものの、このシミュレーションで、その仕組みが明らかになった。また、このシミュレーションは、「れいめい」による観測結果があったからこそできたものでもあった。

宇宙のさえずりの謎は「ERG」で解明へ

ところで、この成果にはまだ謎が残っている。そもそもコーラスがなぜ起きているのか、ということである。

「れいめい」はコーラスを観測するように作られてはいないため、その謎は解き明かすことはできない。しかし、現在JAXAが開発中の「ジオスペース探査衛星(ERG)」によって、それが解明されることが期待されている。

「ジオスペース探査衛星(ERG)」の想像図 (C)JAXA

ERGは「エルグ」、もしくはアルファベットをそのまま読み「イー・アール・ジー」と呼ばれている。ERGとはExploration of energization and Radiation in Geospaceの頭文字から取られており、直訳すると「地球の周りの宇宙空間にあるエネルギーの動きや放射線の探索」といった意味になる。ちなみに「エルグ」は、仕事量や熱量の単位でもある。

衛星の大きさは1mx1mx2mほど、打ち上げ時の質量は360kgほどの小型衛星だが、内部には9種類もの観測機器をもっている。地球に最も近い高度が約300km、最も遠い高度が約3万km、赤道からの傾きが31度という長楕円軌に乗り、地球周辺の宇宙環境(ジオスペース)について観測することを目指している。

ERGは「コーラスの謎を解明すること」を目的のひとつとしており、それに特化した新しい観測装置も搭載される。これにより、どうしてさえずりの高さが変わるのかや、時間によって発生したり消えたりしているのか、そしてそれが電子とどのように相互作用しているのかといったことを、完全に解明することが期待できるという。

ERGは現在も開発中で、予定では2016年の夏ごろ、「イプシロン」ロケットの2号機で宇宙へ飛び立つことになっている。

三好さんは「今回の『れいめい』の成果は、もちろんオーロラの科学に貢献するものでもありますが、地球の周りの宇宙空間のプラズマ環境を理解するということでもつながっていくものと考えています」と語る。

「私や浅村先生は現在、ERGの開発に取り組んでいます。来年、また新しい成果をご紹介できると思います」。

参考

・http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2015/0928.shtml
・http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/erg/index.shtml
・http://sprg.isas.jaxa.jp/researchTeam/spacePlasma/mission/ERG/ERG.html
・http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/
__icsFiles/afieldfile/2014/11/10/1353006_2.pdf