「北海道にも周遊観光列車を」という構想の下、日本旅行がモニターツアーを企画した。北海道新聞の報道によると、9月15日15時に発売したところ、札幌発の根室線経由釧路、釧網線経由網走、石北線経由で帰着という2泊3日コース(旅行代金3万9,800円)は20分で完売、旭川発で稚内まで、列車とバスで往復する1泊2日コース(旅行代金1万4,900円)は翌日14時までに完売となったという。

日本旅行が実施するモニターツアーでは、JR北海道の「クリスタルエクスプレス」「ノースレインボーエクスプレス」車両も使用予定とされている

このツアーは本誌も9月16日夜に報じているけれども、掲載したときはすでに完売だったわけだ。モニターツアーのため低価格という要素もあるとはいえ、このスピードは北海道の鉄道旅行人気を裏づけた。

北海道の観光列車構想は、JR九州の「ななつ星 in 九州」の成功や、その後に発表されたJR西日本「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」、JR東日本「TRAIN SUITE 四季島」に刺激されたといっていい。北海道には本州以南にはない景色があり、沿岸は海の幸、内陸も広大な農地の恵みがある。食事付きクルーズトレインを走らせる環境は十分備えている。北海道新幹線も新函館北斗駅まで開業し、北海道観光の関心もさらなる高みを見せている中で、観光列車の好機ともいえる。

ただし、経営改善に取り組むJR北海道は、北海道新幹線と在来線の安全確保が先決。路線や駅の廃止を検討している状態で、鉄道の活性化は自治体頼み。とても観光列車まで手が回らない。そこで北海道庁は行政として取り組む姿勢を示し、2016年4月に観光列車運行可能性調査事業委託先を公募し、同年8月から検討会議を設置。道、国、経済団体、旅行会社、有識者などを招いて研鑽していた。

その集大成として、今年3月に札幌市で170人を集めた公開フォーラムを実施している。全国各地の事例報告と、観光列車を運行するための現実的な方法が議論されている。今年4月にはモニターツアーの開催を決定。公募により催行事業者が日本旅行に決まった。それが今回のモニターツアーだ。

立案当初の「豪華観光列車」とは異なり、既存の観光車両とバスを使ったツアーになっている。昨年の報道から期待していた人から見ればトーンダウンだ。しかし、大事を成すためには小さなことから始めなくてはいけない。いきなり豪華な観光車両を作って運行しても成功できない。観光列車は運輸業ではなくレジャー産業だ。お金をかければ成功するという単純なビジネスではない。

JR九州の「ななつ星 in 九州」の登場は衝撃的だった。しかし、そこに至るまでの実績の積み重ねがある。九州新幹線が暫定開業し、新幹線集客のために「目的地」が必要だった。JR九州が自分で用意できる「目的地」として、特急「指宿のたまて箱」「A列車で行こう」などのD&S列車が生まれた。その結果、「乗ることが目的となる列車」が成立すると知る。その実績に裏打ちされて「ななつ星 in 九州」がある。

JR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」は、「ななつ星 in 九州」の成功に刺激されて作られたと思われているけれど、これは間違い。以前、企画担当者に聞いたところ、発端は東日本大震災だったという。JR東日本にとって、鉄道観光の目的地の大半は東北地方だ。首都圏にたくさん人が住んでいても、鉄道の旅が「東海道新幹線で関西へ」では、JR東日本としては儲からない。東北の観光を盛り上げる必要と、「リゾートしらかみ」で培った地域ぐるみの観光提携の経験が「TRAIN SUITE 四季島」の文化を作った。

JR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」については直接話を聞いたわけではないけれど、JR東日本と似た事情だろう。札幌行の寝台特急「トワイライトエクスプレス」に手応えを感じており、次の列車を作りたかった。しかし、自社線内をしっかり走らないと利益は出ない。近畿圏の人口は多いとはいえ、日本最大クラスの人気観光地である京都と奈良は近郊区間内だ。それなら、近畿圏の人々を自社線内の最も遠いところへ、山陰・山陽経由で下関まで連れて行こう。

豪華観光列車の先行3社には、その成立を支える経験と文化がある。しかしJR北海道には乏しかった。だからまず、観光列車の運行実績と文化の醸成が必要だ。その第一歩が今回のモニターツアーである。このツアーが成功すれば、次の段階は常設の観光列車。そこでしっかり経験を積めば、3年後くらいには豪華観光列車の方向性も見えると思われる。問題は、その頃までに肝心の線路が残っているかどうかだろう。

筆者が知る限り、日本で車窓から地平線が見える場所は北海道だけ。車窓から流氷が見える場所も北海道だけ。かつて札幌発の夜行急行列車が見せてくれたように、都会を夜に出発し、目覚めれば車窓に別世界が広がる。その感動は列車ならではの経験だ。

今回の取組みは、世界に誇れる豪華観光列車の芽となる。それが24時間以内で完売とは心強い。モニターツアーは低料金の代わりにアンケートなどで企画協力が求められる。「お客様」ではなく「実証実験の参加者」ともいえる。参加者の皆さん、未来の北海道をおもしろくするために、ぜひ楽しんで、そして意見してください。