8月10日、東武鉄道のSL「大樹」が営業運転を開始した。先週の一般紙誌、テレビニュースなどでも大きく扱われた。蒸気機関車は鉄道関連の観光目的として強力だ。観光客の関心も高く、地域振興の期待も大きい。しかし、SL列車にも欠点がある。それは「乗車したら機関車が見えない問題」だ。

SL「大樹」は東武鬼怒川線下今市~鬼怒川温泉間で運行される

SL列車に限らず、列車に乗ったら列車を見られない。当たり前のことだと笑うかもしれないけれど、SL列車に限れば深刻な問題といえる。たとえば、新幹線が好きという人が新幹線に乗車したら、新幹線の姿は見えない。しかし新幹線はその姿だけではなく、他の列車にはないスピード感も特徴といえる。流れゆく景色、めまぐるしく変わっていく風景。これは乗車しないと体験できない。「新幹線に乗った感」はある。

SL列車の場合、その魅力は蒸気機関車の外観に集中している。機能美と威厳にあふれた姿、もくもくと吐き出す煙、駆動音や汽笛の迫力。それが客車に乗ってしまったら、室内では見えないし、届かない。SLを楽しみにして来たのに、SLを感じられない。一般の方々は「他の列車と同じだな」と拍子抜けすると思う。

鉄道ファンにとっては客車も興味の対象となり、電車・気動車にはない静けさや乗り心地を楽しめる。マニアックな楽しみ方といえる。そんな鉄道ファンの筆者からアドバイスさせていただくなら、SL列車で蒸気機関車を感じたい人は蒸気機関車に最も近い車両、または最も遠い車両を選ぶと良い。機関車のすぐ後ろの車両であれば、客車の最前部の連結器付近から蒸気機関車の背中も見える。

SL「大樹」は蒸気機関車と客車の間に車掌車が入るため、ここは少し残念。それでも先頭の客車なら、蒸気機関車の「シュッシュッゴッゴッ」という音や、汽笛もよく聞こえる。窓から煙も見えるだろう。煙突から出た煙が車体側面にまわりやすいからだ。煙は拡散していくから、後部の客車からだと「煙に包まれる景色」を望めない。

しかし、筆者がよりおすすめしたいのは後部客車のほうだ。理由は曲線区間を走行する際、窓から前方を見れば蒸気機関車の活躍する姿を眺められるから。客車の数が多いほど、機関車も眺めやすくなる。機関車から遠くなるほど姿が小さくなるという難点もあるけれど、その点、SL「大樹」の客車は3両編成。ちょうど良い長さかもしれない。

「SL列車に乗車したら機関車が見えない問題」は、いままでSL列車を運行してきた鉄道事業者も把握しているはず。とくに蒸気機関車を楽しみに来てくれた子どもたちが、車内で退屈してしまう。大人は「こんなものか」と思うけれど、子どもたちは飽きやすい。そこで車内の演出に力を入れる鉄道事業者もある。

たとえば、大井川鐵道の車掌は「SLおじさん」「SLおばさん」と呼ばれ、ハーモニカを演奏したり、歌ってくれたりする。ハーモニカも歌声もSL全盛期の雰囲気に合う。しかし、SL列車を純粋に楽しみたい乗客からは苦情が届くという。景色の見せ場や上り勾配など、機関車が活躍する場面ではこうした演出を遠慮しているようだ。

秩父鉄道やJR東日本のSL列車は、沿線の案内放送などにとどめて、ありのままの列車の旅を保っていて、鉄道ファンとしては好感を抱く。一方で退屈そうな子どもたちの様子が気になった。どちらも子どもたちに話しかけたら盛り上がってしまい、ほとんど景色を眺めずに終わったことがある。それも楽しかったけれど、SL列車の楽しみは減じた。

筆者の過去の体験では、SL列車に流しのギター歌手や寅さんのそっくりさんが乗っていて困惑したことがあった。「機関車が見えないから乗客を楽しませたい」という気持ちはわかる。サービスの一環として実施していると思う。しかし、あまりにも騒々しく、こちらは純粋にSL列車の旅を楽しみたかったので、がっかりした。

この列車は幸いにも定員制で自由席だったため、機関車に近い1号車に逃げた。それでもサービス精神旺盛なエンターテイナーたちはしつこく追いかけてくる。せめて機関車寄りの客車だけは、エンターテイナーたちの立ち入りを禁じるなどして、純粋に機関車の息吹を感じる場所にしてほしかった。

東武鉄道のSL「大樹」の運行は始まったばかり。乗車時間は短く、乗客は退屈しないだろう。しかし「SL列車に乗車したら機関車が見えない問題」に直面し、車内でなにか演出が必要だと思ったら、他社の取組みを研究して、よく考えて実施してほしい。サービスの中には「あえてなにもしない」という選択肢もある。