伊豆急行と東急電鉄は7月15日、水戸岡鋭治氏デザインの伊豆観光列車「THE ROYAL EXPRESS」の車両を公開した。7月21日から横浜~伊豆急下田間で運行を開始する。

「THE ROYAL EXPRESS」は7月21日、JR横浜駅から運行開始

さて、ここまでのニュースで、2つの疑問を感じる人もいるかもしれない。「東急線を走らない列車に、なぜ東急電鉄が関係するか」「どうして東京駅ではなく、横浜駅発着か」だ。「THE ROYAL EXPRESS」は横浜~伊豆急下田間で運行され、JR東日本の東海道本線・伊東線と伊豆急行線が経路となっている。素直に考えれば、伊豆急行と東急電鉄ではなく、伊豆急行とJR東日本が共同運行すべき列車といえる。

しかし「THE ROYAL EXPRESS」に関しては、構想発表から現在に至るまで、JR東日本の名前が出てくることは少ない。なぜなら、この列車はJR東日本の定期列車や観光列車ではなく、団体貸切のような形態だから。営業主体は伊豆急行と東急電鉄となっている。だからJR線の「みどりの窓口」ではきっぷを買えない。

「THE ROYAL EXPRESS」に改造される前の「アルファ・リゾート21」は伊豆急行線とJR伊東線を直通運転していた。「リゾート踊り子」として、東京~伊豆急下田間で運行された時期もある。これらは従来の直通運転の枠組みだ。伊豆急行線とJR伊東線は相互直通運転を実施しており、普通列車の多くが熱海~伊豆急下田間で運行される。

「THE ROYAL EXPRESS」については、JR東日本は運転業務だけ担当し、営業は東急電鉄が行う。乗車するにはツアーに参加する必要があり、申込みは「インターネットの公式サイトで必要事項を送信」または「電話で申込書を取り寄せて郵送」という形態になっている。そこで公式サイトの旅行業約款と国内募集型企画旅行条件書を確認すると、ツアー参加者の契約先は「東京急行電鉄株式会社」になっている。

つまり、「THE ROYAL EXPRESS」は東急電鉄が企画催行する団体旅行のため、独自に専用車両を用意したことになる。そこで別の疑問も生まれる。東急電鉄主催のツアーで、なぜ伊豆急行の名前があるか。JR東日本の線路を使い、伊豆急行の線路と車両を使うツアーだとすれば、JR東日本と伊豆急行に扱いの差がなさそうだ。

しかし、ここで忘れてはいけないことは、伊豆急行が東急グループであること。伊豆急行の株は伊豆急ホールディングスが100%を保有する。その伊豆急ホールディングスの株は東急電鉄が100%を保有する。実質的に、伊豆急ホールディングスは東急グループの伊豆観光部門を担う会社であり、「THE ROYAL EXPRESS」も伊豆急行の管轄となる。東急電鉄は営業窓口、伊豆急行は運営主体という形になる。だから「THE ROYAL EXPRESS」は伊豆急行と東急電鉄の共同発表になる。

東急電鉄は戦後間もない頃に伊豆の観光開発を構想し、国鉄が建設予定のまま動きがなかった伊東~下田間の鉄道建設について、1956(昭和31)年に免許を申請した。東急が全額を負担し、地元に資金を頼らないという内容で、自治体の支持も得た。鉄道免許を取得すると伊東下田電気鉄道株式会社を設立。これが後の伊豆急行になった。

当時の東急電鉄は、田園都市線沿線のまちづくり「多摩田園都市構想」と観光事業を主力としていた。東急電鉄と伊豆急行の社長を兼務した五島昇は、環太平洋構想という壮大なリゾートネットワークをめざしており、各リゾート地を行き来するための手段として、航空会社「東亜国内航空」の経営にも参加していた。

この時点で、伊豆急行の沿線開発と東急電鉄の沿線開発は別の性格を持っていた。伊豆急行建設の条件のひとつに国鉄からの直通列車の受け入れがあり、伊豆急行は東京駅から直通する急行・特急列車を受け入れていた。同じ東急グループの鉄道会社でありながら、路線が離れていることもあって、東急電鉄と伊豆急行は一体的に見えなかった。

「THE ROYAL EXPRESS」は東急電鉄路線網と伊豆急行(東急グループ)を結ぶ列車に(国土地理院地図を加工)

こうした経緯を考えると、「THE ROYAL EXPRESS」が横浜駅発着となったことには大きな意味がある。東急電鉄の路線網と伊豆急行、伊豆地域観光の橋渡しだ。伊豆方面から見て、横浜駅は東急電鉄路線網の玄関にあたる。できることなら東横線にも直通させたいところだろう。もっとも、それは物理的に無理。そこで東急電鉄は横浜駅にカフェ・ラウンジを新設し、一般営業しつつ「THE ROYAL EXPRESS」の運行日は利用者用ラウンジとする。ここが東急電鉄の路線網と伊豆観光の接点となる。

東急電鉄の沿線には、小田急電鉄グループの箱根、西武鉄道の秩父、東武鉄道の日光のような宿泊型リゾートがなかった。しかし「THE ROYAL EXPRESS」の運行によって、東急電鉄の路線網は伊豆というリゾート地とつながる。1列車あたり定員約100名だけだけど、「THE ROYAL EXPRESS」そのものが東急電鉄沿線と伊豆をつなぐシンボルになる。これは東急沿線の人々に大きな価値を提供することになるだろう。

伊豆方面といえば、昨年から小田原~伊豆急下田間でJR東日本の観光列車「IZU CRAILE」が走り始めた。特急「踊り子」は展望車両のある「スーパービュー踊り子」をはじめ、「成田エクスプレス」の車両E259系による「マリンエクスプレス踊り子」も走っている。185系「踊り子」については、4月に一部報道でE257系の置換えが伝えられており、全体的なサービス向上の流れが続いている。

鉄道ファンにとっては、2011年に復活した伊豆急行100系電車も気になるところ。鉄道で伊豆の旅、ますますおもしろくなっていきそうだ。