JR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」が運行を開始した。JR九州の「ななつ星 in 九州」、JR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」と合わせて、最高級の観光列車がそろった。これら"御三家"は「豪華列車」「豪華寝台列車」「豪華観光列車」などと紹介されている。従来の鉄道料金に比べれば高額で、庶民には縁遠いと揶揄(やゆ)する向きもある。

JR西日本「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」。6月19~20日の「山陰コース(上り)」では、出雲市駅と鳥取駅で立寄り観光が行われた(写真2枚ともオフィシャル画像)

しかし乗る機会がなくても、まずは"御三家"がそろったことを歓迎したい。価格に見合ったサービスであり、時間とお金があれば誰にでも乗る機会はある。庶民から縁遠い価格帯でもない。不動産や高級外車に手が届かなくても、ボーナスや退職金などをコツコツと貯金すれば乗れそうだ。いまは乗れないかもしれないけれど、いつか乗りたい。そのためにがんばろうと自分を奮い立たせる。この列車のおかげで、かなえたい夢が増えた。そんな人は筆者だけではないだろう。

御三家は豪華だ。しかし、その料金は虚飾や見栄の対価ではない。各社とも可能な限りの最上級のもてなしを作り、そのコストに見合った料金を設定しただけだろう。最近、「リーズナブル」というカタカナ言葉が「安い」と同義で使われる風潮があるけれど、本来は「価格に見合う理由がある」「値打ちがある」とすべき言葉である。「豪華」というと庶民目線の羨望が混じり、さらに豪華な体験をした人から失笑されるかもしれない。御三家の場合、正しい冠詞は「高級」ではないか。

御三家の料金を比較してみよう。なお、すべてパッケージツアーとして販売されるため、「乗車料金」ではなく「ツアー料金」と表記する。これも重要なところで、サービスの内容を想像せずに乗車料金としてとらえてしまうと、御三家の料金は理解できない。

「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」で最も高額なコースは2泊3日周遊タイプで料金は120万円から。これは1列車に1両しかない「ザ・スイート」を1名で利用した場合のツアー料金となる。最も低額なコースは1泊2日片道タイプで25万円。これは「ロイヤルシングル」を2名で利用した場合の1名あたりのツアー料金である。

「TRAIN SUITE 四季島」で最も高額なコースは142万5,000円。3泊4日コース(春~秋)で最高クラスの「四季島スイート」(メゾネットタイプ)を1人で利用した場合のツアー料金である。最も低額なコースは32万円だ。1泊2日コース(春~秋)で部屋数の多い「スイート」を2名1室で利用した場合の1名あたりのツアー料金である。

「ななつ星 in 九州」で最も高額なコースは155万円。これは3泊4日コースで展望室のある「DXスイートA」を1名で利用した場合のツアー料金だ。最も低額なコースは30万円。1泊2日コースで部屋数の多い「スイート」を2名1室で利用した場合の1名あたりのツアー料金(12月から2月までに出発する場合)である。

「TRAIN SUITE 四季島」(写真左)と「ななつ星 in 九州」(同右)。「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の運行開始で日本の豪華観光列車"御三家"がそろった

先に100万円以上のツアー料金を見聞きすると高いと思うし、むしろ25~30万円台の最安価格帯を安いと感じてしまう。1泊2日で25~30万円台は決して安価ではない。しかし、重要なことは価格そのものではなく、価格と価値が見合っているか、正しい意味で「リーズナブル」であるかだ。

1泊2日のツアーで高級となると、どんな価格帯だろうか。高級旅館、高級リゾートホテルで検索すると、1泊2日6万円台から高級の部類になるようだ。さらに高額なコースを探し、大手旅行会社JTBのサイトで「厳選旅館・ホテル[極上のリゾートステイ]」を検索すると、10万円台から20万円超のプランがいくつも見つかる。

高級観光列車御三家の1泊25~30万円は、これらの宿泊施設と同じ価値があるか。極上ホテルと高級観光列車の旅を単純には比較できない。もちろんホテルのほうが広いし、食事の選択肢もある。建物を出て自由に移動できる。高級観光列車とはいえ、客室の広さではリゾートホテルにはかなわない。

しかし、高級観光列車の旅は景色が動く。食事は厳選されており、途中下車する観光地で普段なら得にくい体験もできる。「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」がキャッチフレーズにしているように、まさに「美しい日本をホテルが走る」わけだ。どんなに高級なホテルであっても、部屋は動かない。

御三家の価値は、お金を出せばなんとかなるレベルではない。お金で買えない価値を観てみよう。「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の場合、岩国藩鉄砲隊の演武披露、大原美術館有隣荘の特別公開など、通常は年に数回しか観られない場所などに立ち寄る。岡山後楽園の藩主の居室「延養亭」や松下村塾の棟内は基本的に非公開の施設だ。最高級の列車のために、各地で特別に承諾してくれた内容である。

「TRAIN SUITE 四季島」は、日光東照宮で特別な拝観コースが設定され、開館時間外の朝5時台にクラゲドリーム館で有名な加茂水族館を訪れる。「ななつ星 in 九州」は特別公開・限定公開の要素は少なそうでも、広大な九州の見所を車中泊と高級旅館泊で巡る旅は、この列車でなければできない。

列車は動く。御三家のどの列車も、最も良い景色と瞬間を選んで走る。その時間、その場所にいる人は、この列車に乗っている乗客だけだ。この価値を理解できないと、御三家の良さはわからない。実際に乗った人に聞くと、乗客はいつでもクルーと連絡が取れる状態になっている。食事内容は提示されているものの、事前に苦手な食材などを伝えれば整えてくれる。ひとりひとりに対するおもてなしに価値がある。こうした価値を積み上げた上での総額だ。真の意味で「リーズナブル」である。

もうひとつ、御三家で理解しておきたいところがある。御三家の価値は乗客の体験、列車の価値だけでなく、運行する地域に誇りを与える存在になっている。たとえば、大分市のデイケアサービスセンター「ぷらす南大分」は線路のそばにあり、「ななつ星 in 九州」の3泊4日コースの運行時に通過する。入所者が手を振ると、列車の運転士も応えるそうだ。その時間を楽しみに、励みにしている人がきっといる。

この事例だけではなく、沿線の人々が、乗る機会もなさそうな観光列車に手を振る。そんな場面が各地で見られる。その理由は「日本を代表する列車が、自分の住む街をルートに選んでくれた」という喜びだろうか。高級観光列車が走ることで、自分が住む街の価値を再発見できたという感謝かもしれない。前述の特別な施設公開、通常時間外の対応なども「御三家に選ばれたことで、改めて価値に気づいたから」ではないか。

東急電鉄沿線で生まれ育った筆者は、他社に先駆けて未来的な銀色のステンレスカーが走っていることを誇りに思いつつ、小田急電鉄や東武鉄道、西武鉄道をうらやましいと思うこともあった。かっこいい特急列車が走っていたからだ。大人になってみると、今度は大陸横断列車や海外のクルーズトレインがうらやましいと思うようになった。「日本には列車の旅を楽しむ文化が育っていない」と感じていた。

しかしいまは違う。JR九州、JR東日本、JR西日本がそれぞれ高級観光列車を作り、海外に引けを取らないラインアップをそろえた。国内に3種類も列車があって、ルートも選べる。互いに切磋琢磨して、これからもっとサービスが向上していくだろう。日本は、道具としての鉄道が発展し、高速運行や正確なダイヤ運行で海外からも注目されてきた。これからは鉄道の旅を楽しむ文化としても注目されるに違いない。

そう考えると、高級観光列車御三家の存在は日本にとって誇らしい。国の宝だ。日本が成熟した鉄道旅行文化を持ったと世界に誇れる時代が来た。